私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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投稿に速さが足りない。


ザ・秋刀魚ハンターズ、その三

見間違えようの無い陽炎型の制服に、ツインテールと黄色いリボン。勝ち気そうな表情と声に笑みを乗せた陽炎が、揚々と此方を向いていた。

 

「……陽炎か、何の用だ?」

 

「用が無けりゃ顔を見せちゃいけないのか――なんて、馬鹿なことは言わないわよ。アンタの顔を見に来たのよ、菊月」

 

実際は伝言もあるけどねー、などと呟く声が菊月()の耳へ届く。伝言があるのなら顔を見に来ただけでは無いのではないか、などと考えてしまうが、口を出す間もなく陽炎は言葉を続ける。

 

「まずは――というか、もう聞いたわよね? あんたが第一艦隊の、四人目の駆逐艦娘になるってこと。仲間入り、歓迎するわ」

 

「……感謝。だが、まだ正式にそう(・・)なった訳ではない……今回の……その、なんだ。この秋刀魚漁で私は第四艦隊の旗艦となり、指揮を執ることになるが、それを最終判断の材料とするらしい……」

 

「なーるほど、試験は要るとは思ってたけどそうなった訳ね。ま、心配ないでしょ。余程大きな失敗をしでかさない限り問題は無いでしょうし、そもそも第一艦隊の艦娘候補として名前を挙げられる艦娘がそんな程度の実力な訳ないし、ね」

 

「……言われるまでもない、私は全力を尽くすだけだ……。で、先程言っていた伝言の方を早く話せ」

 

「何よ、聞いてた雰囲気と違って随分せっかちじゃない。でも、ま、そうね、アンタの言う通りだわ。じゃあ伝言だけど、明石から。『睦月型駆逐艦用の新しい艤装の試作機が完成したからテストに来てくれ』だそうよ」

 

「……艤装?」

 

はて、と首を傾げて陽炎から視線を外す。『俺』も『菊月』もそんな話は聞いておらず、内心二人で首を傾げた。引き渡したドイツの艤装のことかとも考えたが、昨日の今日で完成するはずもないだろう。むぅ、と思わず声が漏れるほどに考え込んでいると、陽炎が苦笑しながら声をかけてくる。

 

「――訂正、やっぱ聞いてた通りかも。分からないならあたしに聞けば良いじゃない」

 

「……だが、もし私が聞いていたのを忘れていただけならばお前に迷惑をかけるだろう?」

 

「あっはは、たった一言じゃない! もう、教えたげるわよ。ちなみにこれはまだあんた達には伝えてない事らしいから、菊月が一度聞いた事を忘れたって訳じゃないわよ」

 

「……そうか、ありがとう」

 

「で、艤装のことだけどさ。睦月型――ええっと、私は見た事ないけど五番艦以降の睦月型だっけ? それには、背部接続の艤装が開発されてないらしいじゃない。で、菊月、アンタなんかは不便だから規格外のウェポンラックを背負って戦闘してるとか」

 

「……ああ、間違いない。とすると……今回用意されたというのは、その?」

 

「ええ、『睦月型駆逐艦用の背部艤装』よ。もともとは菊月(アンタ)が第一艦隊に編入されるからその戦力の向上の為にってことだったらしいけれど、どうせならデータ取って量産しちゃえってことらしいわ」

 

「……そうなのか。ようやく、私達にも背部艤装が……。ありがとう、陽炎。直ぐに明石の元へ向かわせて貰う……!」

 

新しい装備、それも菊月()達睦月型用の新型となればこんな所で足を止めている場合ではない。陽炎へ礼を言い、足早にその横をすり抜けようとして――

 

「おーっと、ちょっと待って」

 

――がしり、と腕を掴まれた。

 

「…………? どうした、何か?」

 

「いやまあ、用事っていうか頼まれたことは終わったんだけど――こっからは私の用事かな。ま、大した用でも無いんだけど」

 

「……ふむ、何だ」

 

菊月()の向ける訝しげな視線に、陽炎はニヤリと口角を上げた。朗らかで親しげな笑みから、快活で不敵な笑みへ。『俺』の主観かも知れないが、後者の笑みの方が彼女には似合っている気がする。そんな笑みを浮かべつつ、彼女は口を開く。

 

「じゃ、言うけど。あんたはこの作戦の後、第一艦隊に編入される訳だけど、あたしはあんたの実力を知らないじゃない? 当然、あんたもあたしの実力を知らないでしょうけど。で、聞きたいんだけど――あんたは、どれだけ戦えるか知らない相手に、ろくに背中を預けられると思う?」

 

「……いちいちまどろっこしい言い方をするな、お前は。……要するに、私の実力を試そうと言うのだろう? 望むところだ、私としても戦力を把握して貰っていた方がやり易い……」

 

「もう少し正確に言うと、『 あんたの実力を試させろ』ってのじゃなくて『勝負しよう』って言ってるんだけどね。お互い旗艦同士、張り合って勝ち負けはっきりさせれば実力なんて把握できるでしょ。――まさか、かの睦月型は嫌だとか怖いだとか言わないわよね?」

 

言いつつ、ふふんと胸を張る陽炎。見るからに挑発という悪役を買って出ている、というか演技しているのが丸わかりなのだが、それを差し引いても憎めない、惹きつけられるところがあるのは彼女が『陽炎』であるが故なのだろうか。ともかく、話を向けられた菊月()もそれに応えて口を開く。

 

――好意ゆえ、純粋な興味ゆえだとしても、挑発されて黙っていられる訳がない……!

 

「中々面白いことを言う。だがな、挑発などされずとも申し出は受けていたぞ? ……何せ、負ける要素が見当たらないのだからな」

 

「――へぇ? 言ってくれるじゃない。なら、何か負けた方にペナルティでも付けましょうか。間宮は当然として、何か恥ずかしい格好でもして貰おうと思うんだけど、どう?」

 

「ふん、格好だと? そんなもの、態々ペナルティにする程のものでもあるまい。私はアイドルだぞ? 何ならば、私はその格好で秋刀魚漁に出てやっても良い。まあ――私はできるが、陽炎には出来ぬと思うがな」

 

意趣返し――と言うには幼稚に過ぎるが、陽炎に向けられた挑発と同じレベルの挑発を返す。ぱちりと瞳に真紅の雷光を光らせて鼻を鳴らせば、案の定陽炎は食いついて来た。

 

「かっちーん、上等じゃない! な、ならあたしだってあんたと同じ格好で秋刀魚漁に出てあげるわよ!」

 

「――言質は取った、違えるなよ。衣装は追って伝える。……良い勝負になるといいな、陽炎?」

 

「くうっ、無口なタイプだって聞いてグイグイ話しかけたら乗せられちゃった感じが否めないけど――あたしだって陽炎型駆逐艦ネームシップ『陽炎』よ。女に二言は無いわ」

 

陽炎が言い終わるのと同時に、何方ともなく視線をぶつけ合わせる。そのままじっとにらみ合い、気勢を巻き上げ……同時に相貌を崩し、ふふっと笑みを漏らした。

 

「……ではな、陽炎。私は明石のところへ行く。戦場では、宜しく頼むぞ」

 

「此方こそ、お互い沈まないようにしないとね。じゃあね、菊月」

 

陽炎の言葉を背に受け、菊月()はくるりと踵を返す。向かう先は明石の工廠、俺は逸る足を諌めることなく歩き出したのだった。




陽炎。

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