私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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神通さんを登場させるに当たって、その訓練の詳細な資料が欲しかったために件の陽炎抜錨を一巻だけ買ってみました。神通さんについては分かったものの、その訓練内容は菊月には参考にならず。

よって、『私が持っているとあるライトノベル、海兵式ないし軍隊式訓練が詳しく載っているとあるライトノベル』を参考にしながら本話を書きました。

神通さんと川内さんがとても厳しいことになっているので、教官神通さんが好きではない方は閲覧注意でございます。




菊月(偽)修行する、その二

「駆逐艦の、他の艦種に無い取り柄は何ですか?そう、足の速さですね。あなたは睦月型で、新進気鋭の新造駆逐艦ではありません。それでも、出来ることはありますね。何ですか、菊月さん?」

 

「……はい、走ることです、教官っ……!」

 

「はい、その通りです。砲を撃つにも、雷撃戦を仕掛けるにもあなた達はその足で駆け、近付かないといけません。揶揄する積りなど毛頭ありませんが、睦月型は古強者。威力が足りないのなら、走り、躱し、攻撃をする。―――どうしました、航行速度()遅くなっています(動いてません)よ?」

 

「……いいえっ、すみません、教官っ……!」

 

―――――――――――――――――――――――

 

かの軽巡洋艦、神通に訓練の約束を取り付けてから丸一日。二回の遠征を終え夕食を摂り、揚々と神通との訓練待ち合わせ場所に出向いた俺を待っていたのは、満面の笑みを浮かべた神通と懐かしきドラム缶だった。

 

「菊月さんのように、自ら望んで訓練を受けてくれる駆逐艦は珍しいですから。私も張り切って訓練内容を考えてしまいました。川内型軽巡洋艦『神通』の名に賭けて、あなたを一人前に育ててみせます」

 

余程嬉しいのか、昨夜よりも饒舌な神通。しかし、そのドラム缶は一体何に用いるのだろうか。考えられるのは仮想敵、砲雷撃戦の的にすることだが。

 

「……神通さん。その、脇のドラム缶は一体……」

 

「そうね。川内とも話し合ったのだけれど、あなた達駆逐艦は足が命でしょう?何をするにも走って、切り込まなければならない。まずは、そこを鍛えましょうって」

 

「……確かに、その通りだ。ならば、ドラム缶でどうやって……?」

 

俺の疑問に、神通は変わらない笑顔でさらりと答える。

 

「このドラム缶に海水を一杯詰めて、背負ってください。訓練は全て、それを前提として行います」

 

―――――――――――――――――――――――

 

それからどれぐらい経ったか、今もなお菊月()はこの重りを背負って暗い海上を駆け回っている。『神通』の逸話に倣ってか、勿論明かりなど月しか無い。更に少しでも足を止めると、真後ろを駆け付いてくる神通から模擬弾での砲撃を頂けるという有難いオマケ付きだ。

『睦月型は背負い物が無いからドラム缶を楽に背負えるね』とは、彼女の姉の川内の言葉らしい。

 

「駆逐艦は敵艦隊へ切り込む先駆け、槍の穂先です。その中でも、特に速い最新の駆逐艦にも劣らない為に、何が出来ますか。―――あ、菊月さん?どうかしましたか、顎が上がっていますよ。もしかして私、指導を忘れていましたか?ごめんなさい、それでは走り辛いですよね」

 

「……はいっ、気を付けます、教官っ……!」

 

神通からの注意に顎を引く。彼女の『ごめんなさい』はおかしい所を指摘する際に使われる。そう言わせた時、間違ったことをしているのは自分である。それはこの数時間で嫌というほど学んだ。

 

「はい、その方が凛々しい顔が良く見えますよ。砲撃の基礎、雷撃の基礎。数はありますが、それも艤装を自由に扱えてこそです。疲れた時こそ、艤装は重く感じるもの。しかし、それで艤装を重く感じていては深海棲艦を撃滅することなど出来ませんね」

 

「……はいっ、教官っ……!」

 

真後ろに付けたまま、あるいは偶に横へ出て絶えず声を掛けてくる神通。流れる汗を拭い足を止めようものなら、『無理をさせ過ぎましたね』と言われる。此方を値踏みしているだけのその言葉は、『菊月』を愛する俺にとっては『所詮は睦月型か』という意味の失望と同義である。そんなことは許される訳がない。

―――しかし、俺も菊月として辛いことは散々経験したと思ってはいたが明確な意図を持って課される苦難がこれほど厳しいものだとは想像していなかった。それでも諦めることは許されない。『菊月』は弱音を吐かないだろう、なら俺がそれを覆す訳にはいかない。

 

「なら、どうしますか。疲れ切った時、大破し、沈みそうな時。そんな時、艤装が重く感じるから走るのを止めて、雷撃戦も辞めますか?辛いから、諦めて深海棲艦の餌になりますか?」

 

「……いいえっ、教官っ!」

 

「そうですね、極限状態で何が最も大きく作用するかは菊月さんなら知っているでしょう。意思、気合、ガッツです。『沈んでなるものか』『あと一撃は入れてみせる』、菊月さんもそうやって生き延びてきたでしょう?」

 

「……はいっ、教官っ……!」

 

当たり前だ。『菊月』に無様をさせる訳にはいかない、『菊月』を沈める訳にはいかない。俺の心を奮い立たせるのは、いつだってそのガッツだ。もう足ががくがくと震えていようと、腹から込み上げる気持ち悪さがあろうと、『菊月』に泥を塗る訳にはいかないのだから。

 

「なら、走りなさい。どんな状況でも肉薄して雷撃が出来るように、沈めてやるという意思を常に持ち続けられるように。二水戦の駆逐艦達を超えられるくらいの雷撃戦を行えるように―――走りなさい」

 

「―――……はいっ、教官っ……!!」

 

答えて、全力を振り絞る。目の前に想像する深海棲艦の幻、その懐へ潜り込み魚雷を直撃させる為に。そうして走り続けて、部屋に戻ったのはおよそ丑三つ時に差し掛かった頃だった。

 

―――――――――――――――――――――――

 

それから翌々日。毎夜部屋を出る度に三日月に泣いて引き止められたりはしているが、漸く走り続けることにも慣れた頃。集合場所へと向かった俺は、更に度肝を抜かれることになった。

 

「やあ、この間ぶりね。川内型軽巡洋艦一番艦『川内』よ。神通が、見所のある駆逐艦がいるなんて嬉しそうに話すものだから私も来ちゃったわ」

 

軽巡洋艦『川内』。確かに、夜戦のエキスパートである彼女に教えを請えるならば、同じく夜戦を主眼とする駆逐艦としてはこの上ない経験になるだろう。

 

「……かの三水戦旗艦に教えを受けられるとはな。私も幸運なことだ……」

 

「これからは私もあなたの訓練に参加するわ。神通が来れない時は私が、そうじゃない時は交代か二人で監督。だから、私も教官って呼んでね!」

 

「……はいっ、川内教官っ……!」

 

以前神通に教えられた通り、『菊月』として可能な限り声を出して返事をする。無論、教官呼びもそれとなく要請されたものだ。

 

「うんうん、神通にちゃんと教育されたみたいね。私は神通ほど厳しくはないけど、その分口も綺麗じゃないわ。それでも良い?」

 

「……はいっ、川内教官っ……!」

 

「よろしい。じゃあ、ドラム缶を背負って、今日は砲も持って来なさい」

 

ドラム缶の重さに加え、常に砲を抱えた状態でいつものように駆け回らされる。常に腕を胸の高さに掲げ、その状態で砲を持ち続けるというのは非常に辛い。しかし、それを終えた後に待っていたのは神通のものに勝るとも劣らない最高の(過酷な)訓練だった。

 

「どうしたのっ、腕が下がってる!そんな下を向けて撃っても深海棲艦には当たらないわよっ!腕を上げて、脇を締めなさいっ!」

 

「……はいっ、川内教官っ……!」

 

水に濡れて深海棲艦や提督を誘惑したいのか、と檄が飛ぶ。死んでも御免だ。ただ、深海棲艦と同列に扱われる提督もどうかと思うが。

 

「足を止めないっ!!狙いをつける時に一々足を止めてたら良い的よっ!深海棲艦に食われたいのっ!?」

 

「いいえっ、川内、教官っ……!」

 

左後ろに川内、右後ろに神通。少し距離を空けて付いてきながら、しばしば二人で何やら話している。内容が気にならないと言えば嘘になるが、そんな事を気にして居る暇があるのなら訓練に集中しなければ倒れてしまう。

 

「どこを狙っているのっ!!艤装のバランス?砲が旧式?そんな事で深海棲艦は待ってくれると思うっ!?あなたも艦娘なのだからきちんと撃てる筈!それをっ、今日っ、今っ、ここでっ!身体に叩き込みなさいっ!!」

 

「はいっ、川内教官っ!!!」

 

半ば絞り出すように、ヤケになって叫ぶ。馬鹿みたいに大きな声は出たが、そうして奮い立たせなければ動かないほど身体は困憊している。ただ走るだけと、走りながら何かをすること。その差はとても大きい。

 

「いい声が出るようになったじゃない。でも、身体がブレているわよっ!そんなにお尻を振って、私を閨の夜戦に誘っているつもりっ!?」

 

「あら、川内姉さん。菊月さんが誘っているのはきっと私ですよ」

 

「いいえっ、川内教官っ、神通教官っ!!!」

 

無我夢中に否定を返し、飛びそうになる意識を抑えつけ延々とメニューをこなす。ああして、所々意地の悪い茶々を入れてくるあたり神通も良い性格をしていると思う。両教官へ肯定、または否定だけを返しながら走り撃ち続け、これ以上振り絞れるものが無くなった頃に漸く静止がかかった。

 

「よぉーし、そこまでっ!確かに神通が言う通り、見所があるみたいね。二人掛かりで扱いて、訓練中に倒れなかったのはあなたが初めてじゃない?」

 

「そうよね、このまま続ければ二水戦の駆逐艦にも劣らない練度になると思うわ」

 

嬉しげに会話する軽巡姉妹。恐ろしい事を言うものだが、しかし菊月が活躍する為と言うならばへばっている暇は無い。

 

「……菊月、に……無様は、晒せ、ません……」

 

息も絶え絶えに絞り出すと、その笑みを深める二人。ゆっくりと近寄ってくると、両脇を支えてくれる。

 

「うん、よく頑張ったわね菊月。正直期待以上よ、明日からも頑張りましょうね」

 

「本当ですよ。あなたのガッツがどこから来ているのかは分かりませんけれど、とても頼もしく思います」

 

掛けられる労いと評価に、『俺』も『菊月』も嬉しくなる。耳まで真っ赤にしたことを姉妹からからかわれながら、二人に支えられながら俺は宿舎へ戻った。

 

 

―――その次の訓練から、彼女達の纏う衣服が所謂『改二』になっていたのを見たときに死を覚悟したのは秘密である。




Q.菊月が殆ど『はい』か『いいえ』しか喋っていないんだけど?

A.訓練中に余計な事を喋る暇があるなら走れ。

神通さん編と川内さん編、二話分を合わせて一話にしました。流石に参考元のように汚い言葉は使わせておりませんが、それでも大分と濃ゆい内容になったかと。『神通』という軽巡洋艦のことを思えば軽いものかとも思いますが。

追記。
川内さんと菊月が前話で会っていたにも関わらず『はじめまして』と言っていたミスを修正しました。

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