私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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秋刀魚編の難易度が高すぎて終わらないし進まない。
つ、次がラストになるはずです……!



ザ・秋刀魚ハンターズ、その八

暗く染まった海を窓から見つつ、蛍光灯の明かりに照らされた廊下を進む。背負った艤装が小さく小刻みに金属音を立て、蛍光灯の光を受けて鈍く光った。そのまま廊下を駆け抜け、船渠で弾薬を補給する。準備は出来た。出撃のための桟橋に繋がる扉の前で、ふうっと息を吐く。どんな時、どんな戦闘であろうとやはり出撃の瞬間は緊張するというものだ。

 

「よし、駆逐艦菊月、出撃す――」

 

気持ちを切り替え気合いを込め、言葉を紡ぐ。そのまま出撃すべく勢いよく扉を開けた瞬間――菊月()は思い切り水を被った。

 

「――!? っ、ぷはっ」

 

思い切り全身に降りかかる冷たさに面食らう。口元に垂れてきた水の味からすると、これは海水らしい。おそらく、この暴風のせいでここまで波が届いてしまったのだろう。そう判断し、顔を拭い長く綺麗な髪を掻き上げる。

 

「……帰還すれば、もう一度風呂に入らねばな……。如月に叱られてしまう」

 

塩水に濡れたせいで少し軋んだ髪を背中へ回しつつ、改めて荒れる海へと目をやった。……この調子では、おそらく深海棲艦も海面には現れないだろう。むしろこれならば、今必死に帰還の一途についているという艦隊の方を心配するべきかも知れない。よし、と気分を再度切り替え、足を踏み出す。

 

「……まあ、彼女達が無事に帰還する為にも、私達がきっちりと鎮守府を警戒していなければな。……よし。駆逐艦菊月、改めて出撃――ぬおぁっ!?」

 

踏み出した足に力を込め、転がるように身を逸らす。一瞬遅れて飛来した何かが真横の船渠の鉄の壁に叩きつけられ、耳を塞ぎたくなるようなけたたましい音を立ててコンクリートの地面に落下した。わりと薄い壁の向こう側からは、山積みにされてあった艤装や資材が崩れる音が聞こえてくる。

 

「……っ! ……っ!! ……なんなのさ、一体……!」

 

びちびちばたばたと地面を打ち付け暴れるそれから咄嗟に飛びのいた菊月()は、腰のベルトに提げていた探照灯のスイッチを入れ、音の方へ向ける。……照らし出されたのは、未だコンクリートの地面の上でのたうち回っている巨大な秋刀魚だった。

 

「……う、打ち上げられたのか……? と、ともかく一匹確保だ。網を掛けねば……」

 

背部艤装にマウントしてある秋刀魚漁用の艤装を引き抜き、未だ跳ね回る秋刀魚へ向けてトリガーを引く。銃声にしては軽い音を立てて、銃口から鉄の網が飛び出す。それは瞬く間に秋刀魚の全身へ被さると、自然と窄まり秋刀魚を捕獲した。そのまま網ごと秋刀魚を引きずり、船渠の中へとりあえず放り込む。終われば探照灯の灯りを消し、居場所を視認されないようにする。降りしきる雨にぐっしょりと濡れ顔に張り付いた髪を掻き上げれば、何度目か分からないその行為にため息を吐く。視認する限り、海には敵はいない……ように見えた。

 

「……も、もう大丈夫だな? よし。気を取り直して、駆逐艦菊月、出撃――」

 

瞬間、不規則に荒れ狂う波が規則的に盛り上がる。殆ど真っ黒の海から現れるのは、どうやら駆逐艦イ級と思わしき深海棲艦。その巨体が鎮守府のそば、ギリギリで醜悪な口を大きく開き、

 

「――わひゃぁあっ!?」

 

放った砲弾を、間一髪で横っ飛びに躱した。黒くひび割れた砲弾が、船渠の壁をばらばらに吹き飛ばす。膨れ上がる爆炎に掠った髪が、数本焦げたかもしれない。慌てて砲弾の飛来した方向に探照灯を向けると、照らし出されたのはやはり駆逐イ級。その周囲に敵影は無く、たった一体のみがそこにいた。

 

「くう、ううう……! 何というか、如月たちの言う通りに大人しくしているべきだったかも知れないな……!」

 

降り注いだ瓦礫や埃を払いのけつつ、マウントした連装砲を両手に一つずつ持つ。腰の探照灯はまっすぐ正面に固定し、照射させ続ける。二発目を放とうと口を開き、砲門をせり出す駆逐イ級へ向けて――

 

「……くうっ!」

 

砲撃。戦艦や正規空母には殆ど通用しない駆逐艦(俺達)の砲撃だが、相手が同じ駆逐艦だと言うのならば効果もある。闇夜を切り裂いて飛ぶ砲弾は、イ級の鼻面に命中し海を照らし出す。そこを目掛けて、菊月()は思い切り跳躍した。

 

「そこだっ!」

 

大きく跳躍しながら前方へ宙返り。頭が真下を向いた時点で、そこにいるであろうイ級へ両手の連装砲のトリガーを引く。放たれた四発の砲弾は全て炸裂し、異形(イ級)の背を抉り焼く。咆哮をあげ苦しみに悶える彼奴の背後へ、菊月()は着水した。

 

「……悪いが、貴様に構っている暇は無い――」

 

黄金の炎を噴き上げたイ級が、絶叫とも咆哮ともつかない叫びをあげながら菊月()へ迫ってくる。がばりと開かれたその大口からは、青黒い体液が血のように滴っている。彼我の距離は然程離れていない、距離が近過ぎて回避もできない。一跳ねで菊月()を喰い千切ろうと迫るその異形の口へ、

 

「――秋刀魚を、集めねばならぬのだ……っ!」

 

両腕と、連装砲を突き入れ、口内の主砲を強打する。痛みと苦しみに暴れるイ級の歯が、菊月の白くきめ細やかな肌に赤い傷を刻んでゆく。痛みはある、堪えて引き金を引けば、二つの連装砲の四つの砲身から質量が放たれた。

 

「グゴゴォォォ!!?」

 

「……く、ううっ……!」

 

爆風を利用し、イ級から距離を取る。同時にその巨体の側面へ回り、両足の酸素魚雷の照準を合わせた。

 

「……無様。護月も月光も無いと、イ級ごときにこうも傷を負うか。だが、まあ――私の勝ちだ」

 

魚雷を放つ。砲身を折られ歯を砕かれ、もがくイ級の横腹を酸素魚雷がばらばらに引き裂いた。真っ二つになったイ級から黄金の炎が消え、静かに沈んでゆく。

 

――陽炎の真似事をしようと刀を置いてきたが、これでは洒落にならんな。

 

そんなことを考えつつも、菊月()は静かに無線機のスイッチをオンにする。数秒もないノイズの後、明石の声が聞こえてきた。

 

「明石か。取り急ぎ報告だ。駆逐艦菊月、深海棲艦駆逐イ級旗艦(flagship)と交戦、撃破。戦闘前に、ギリギリまで接近していたイ級からの砲撃により第三船渠の壁が半壊」

 

『あちゃー……、それは大変ですねえ。それにしても、菊月さんが居て良かった、ということですか。敵の残存艦隊はいませんか?』

 

「探照灯を向ける限りでは確認できない。……提督は?」

 

『少し待ってくださいね。――返信来ました。残存艦見えず、艦隊も帰投を始めた、とのことです』

 

「成る程、ありがとう明石。……私も、働いた分は好きにさせて貰うことにする。――明石、大型探照灯の操作を頼む。私はその光に釣られて浮かび上がる、秋刀魚を一網打尽にする……!」

 

腕の傷から垂れる血もお構いなしに、菊月()は秋刀魚漁用の艤装へ持ち替える。連装砲よりも幾分か軽いそれは、スイッチを入れられた大型探照灯の光に照らされて鈍く煌めいた。足元、海面下には徐々に視認できるようになって来た沢山の秋刀魚。菊月()はそれらへ向けて艤装を構え――

 

「菊月、秋刀魚漁に出撃する……!」

 

――翌朝。眠たげな目を擦りながら艤装の準備をしようとした陽炎が目にしたのは、一夜で逆転された秋刀魚の漁獲高と、正座で如月に説教される菊月の姿だったという。




どっちが勝つか。

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