私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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済まない……、クリスマス編ではないんだ、秋刀魚なんだ。済まない……。


ザ・秋刀魚ハンターズ、その九

秋刀魚漁、最終日。幸いながら晴天に恵まれ、吹き付ける寒風も日差しがいくらか和らげてくれる今日。菊月()は、陽炎の艦隊と並んで海を駆けていた。目的は共通、いつも狩場にしている鎮守府近海――よりも少し遠くに、謎の深海棲艦の反応を捉えたからだ。

 

「はぁ、よりにもよって最終日にこんなことになっちゃうなんてね。全く、深海棲艦ってのはどいつもこいつも空気を読めないのかしら」

 

「……そんなことを言うな、陽炎。私達の勝手で始めた余興よりも、任務の方が大切なのは決まっているだろう。……それに、この海域でも秋刀魚が獲れないと決まった訳ではない……」

 

眉間にしわを寄せてぼやく陽炎を、苦笑しつつ軽く嗜める。……が、かく言う菊月()も陽炎の気持ちは十分に分かってしまう。

 

「でも、あたし的には陽炎ちゃんの言うことも分からなくも無いけどね。だってさ、菊月ちゃんと陽炎ちゃんの漁獲高(スコア)って同点なんでしょ? せっかくここまで接戦したのに引き分けじゃ、ね」

 

「……それは、確かにそうだが」

 

菊月()と陽炎の間に滑り寄ってきた阿武隈が、陽炎の頬をむにむにとひっぱりつつそう述べる。内心で考えていたことをズバリ言い当てられた菊月()は、頷きつつも口を開いた。

 

「……だが、ある意味ではこれで良かったのかも知れないな……」

 

「そりゃなんでよ、アンタだってノリノリだったじゃない」

 

「……この勝負、目的は私の実力を見極めてふるいにかけるためのものだっただろう。ならば、少なくとも既にその目的は果たした筈だ――私も、お前の実力を十分に観察することが出来たのだから。ならば、この状況ならばもう妙なことに拘うこともあるまい」

 

「あたしは今でもこの服装に拘わなきゃならないんだけどね。――だけど、ま、そっか。あたしもアンタの実力、たっぷり見れたし。あとは今日、余分に気にするものがない状態でどれだけ戦うかを見て判断を下すことにするわ」

 

チャイナドレスの裾を風に揺らしながら、陽炎はそう言い前を向く。同じように菊月()も前を向けば、そこで会話が途切れた。耳に届く音が極端に減る。波の音と風の音、時折龍鳳と瑞鳳が飛ばす艦載機の音しか聞こえない。そのまま、太陽が真上へ昇るころまで俺達は無言で海を行き続けた。

 

「そろそろ司令官の言ってた海域ね。みんな、警戒よろしく! 艦載機組は遠くまで、残りは――」

 

「――いえ、陽炎さん。その必要はないようですよ」

 

陽炎の言葉を、神通が遮る。同時に俺達はめいめいの艤装を構え、警戒を厳にした。――その瞬間、俺達の進行方向の海が俄かに沸き立ち盛り上がる。盛大な水飛沫を上げて海底から姿を現したのは、白く丸い(・・・・)何かだった。ふよふよと空に浮き、ぐるぐると周囲を旋回しているそれを、菊月()は確かに見たことがあった。

 

「……っ、これは……!」

 

「……マ……オ……テケ……!」

 

微かな声と共に、白い球体が旋回する中心点の海面が爆発する。噴き上がる水柱が一瞬だけ太陽を覆い、俺達の顔に影が差す。それに巻き込まれるように一匹秋刀魚が吹き飛ばされているが、気にしている場合ではない。そうして、仄暗い深海から顔を出したそれは、

 

「……サンマ、オイテケ……!」

 

「――な、棲姫(ひめ)ですって!? なんだってそんなのがこんな所にっ!」

 

菊月()達駆逐艦よりも更に小さく幼い身体、それに見合わぬ気迫と戦闘能力。どこかあの飛行場姫を思い起こさせる容姿の――北方棲姫。数ある深海棲艦の中でも最上級の強さを持つそれが、そこに立っていた。その北方棲姫が両手を広げると、やにわに周囲の白い球体が此方へ殺到する。

 

「……サンマッ!!」

 

「っ、全艦散か――」

 

弾かれるように陽炎が叫ぼうとする寸前、最も速く反応したのは菊月()だった。単純に戦闘に対する心構えの問題か、それともあの『北方棲姫(凶悪な敵)』を『ほっぽちゃん(深海のマスコット)』と重ねていたからか。ともかく、菊月()は棲姫と出くわした硬直もなく真っ先に動き始める。

 

「……喰らえっ!」

 

連装砲を背部艤装にマウントし、空いた両手を両足の魚雷発射管へ伸ばす。そこから魚雷を掴み取ると、飛翔し此方へ狙いを定める浮遊球体へ向けてそれらを投擲した。空に咲く爆発。その中へ、間髪入れずに爆雷を投げ込む。

 

「……サンマ、オイテケッ! サンマッ……アキノミカクッ!」

 

「いやに詳しいな、貴様は……っ!」

 

爆炎の中から黒煙を上げ墜落する幾つかの浮遊球体。それを見て、菊月()は更に警戒を強くした。その予想通り、所々にキズを負ってはいるものの未だ健在の砲台が姿を表す。撃ち落そうと連装砲を構えた――瞬間、背後から飛来する幾つもの砲弾が、それらへ命中した。

 

「初動こそ遅れたけど、アンタにゃ負けないわよ菊月っ!」

 

「そうですね、菊月。この対応は見事ですよ。――ですから阿武隈さん、私達も」

 

「そうよね! さあ、雷撃よーい――発射ぁ!」

 

阿武隈の掛け声と共に、三人から一斉に雷撃が放たれる。海面に走る白い雷跡の目指す先は、北方棲姫。慌てて浮遊砲台で魚雷を迎撃しようとするも、それらは全て龍鳳・瑞鳳の艦載機に阻まれた。

 

「よっし、命中っ!」

 

ぐっ、と握り拳を作る阿武隈。しかし、

 

「――コナイデ、カエレッ!」

 

ぴょん、とその場で飛び跳ねた北方棲姫の生み出す、小さな錆鉄の盾で防がれた。……あれにも見覚えがある。規模は違えど、同じ陸上型深海棲艦である飛行場姫と同じものだ。だが、だからこそ。

 

「……予想の範疇だ、深海棲艦ッ!」

 

抜き打ちに『月光』を振りかぶり、全力で跳躍。北方棲姫の生み出した盾を足場に加速し、彼奴の頭へと思い切り振り下ろす――手応えは、鉄。どこからか生み出された錆鉄の盾が、彼奴の頭のほんの手前で菊月()の刀を止めていた。

 

「……っ、このっ!」

 

「……ム、オマエ……シロイ、クチクカン?」

 

「何……? 貴様、その物言いは――ぐうっ!?」

 

『白い駆逐艦』。飛行場姫が『菊月』へ向けて繰り返していた呼称。それを問いただそうとした瞬間、菊月()は槍のように突き出された錆鉄の盾を腹に喰らい吹き飛んだ。海面を転げつつ態勢を立て直し顔を上げれば、北方棲姫は此方をじっと眺めていた。

 

「……っ、よくもやってくれたな……!」

 

「ンー……。サンマ、イイヤ。ジャアネ、バイバイ!」

 

そしてそのまま、あろう事か呆然としている俺達へ向けて手を振り、じゃぼんと水底へ消えてゆく。気を持ち直した時には、北方棲姫の姿は何処にも無かった。

 

「――なんだったの、一体」

 

「さあ、分かりません。けれど、損害がごく僅かで済んだことは喜ぶべきではないでしょうか。提督の仰っていた深海棲艦の反応というのも、あの姫級のことでしょうし」

 

どうやら、北方棲姫は完全にどこかへ去ったらしい。背後で、神通と阿武隈が話し込んでいる。思い切り突きを食らった腹を抑えれば、けほっ、と小さな咳が出た。痛みに耐え、片膝をついた状態から立ち上がる。振り向けば、

 

「あ、菊月。お腹大丈夫?」

 

――一尾の秋刀魚を抱えた陽炎がいた。

 

「……なっ、陽炎お前……っ! それは、先程吹き飛ばされた秋刀魚ではないのか!?」

 

「あ、やっぱ菊月も気付いてたんだ。いやー、流石に放っておいても良いかなって思ったんだけど、近くに落ちてきたからつい、ね?」

 

「つい、ではない!」

 

「ま、これであたしの勝ちってことで! いやー、良い勝負だったわね? 流石に私の勝ちは見えてたけど、アンタも結構やるじゃない!」

 

てへっ、とばかりにウインクをする陽炎。その笑顔に菊月(俺達)は、青空を見上げて溜息を吐くしか無かったのだった。

 

 

 

――秋刀魚漁一本勝負。

菊月漁獲高三十対陽炎漁獲高三十一で、陽炎の勝利。




というわけで、ルートが違えば菊月の唯一の仲間になるほっぽちゃんが出ました。
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