ぴん、と張り詰めた空気。まさに一触即発と言うより他はないその状況下で、
「――お姉ちゃん。いくら菊月お姉ちゃんといえど、その言葉だけは見過ごせませんっ! 訂正、してください!」
「流石のうーちゃんも擁護できないっぴょん。――ね、如月、長月」
三日月と卯月の言葉に、その後ろで腕を組む長月と如月が厳かに頷く。普段ならば『菊月』に向けられるはずも無いその視線、それを、俺は軽く受け流す。……全くもって馬鹿馬鹿しい。ふん、と鼻を鳴らし、
「――サンタさんなんて、いるわけがないだろう」
……十二月二十五日、クリスマスの昼の出来事であった。
「いーまーすーっ! サンタさんはいるんですーっ! ね、如月お姉ちゃんっ!?」
「ええ、三日月ちゃん。サンタさんはちゃんといるわ。でないと、誰がプレゼントを持ってきてくれるのか説明がつかないでしょう? 菊月ちゃんも、あんまり我儘言わないの。そんなこと言って、もしサンタさんが怒ってしまったらどうするの」
「いや、我儘ではないのだが……」
「菊月、サンタさんは確かに居るんだぞ。去年だって如月も卯月も三日月も、私達はみんなプレゼントを貰ったんだ」
頑として言い張る姉妹達。だが、
――提督の多忙。言葉にしてしまえばそれだけの事なのだが、じっさいこれは由々しき事態だった。何せ、姉妹達や他の艦娘にプレゼントを配っている――と思われる――提督が、ここ一週間、プレゼントを買いに行く暇すら無かったのだから。当然、提督の執務室や倉庫にもプレゼントの影はない。ゆえに、
「……まあ、どうでもいい。私は単に、お前達がサンタさんに何をお願いしているのか聞きたかっただけだからな……」
彼女達の望みを聞き出し、自ら買いに行くかである。
「……ではな。私はこれから明石に呼ばれている。お前達は、サンタさんに褒めてもらえるように良い子にしているといい」
「もうっ!お姉ちゃんの強情!プレゼントを貰えなくても知らないんですからっ!!」
三日月の言葉に返事を返さず、
「……如月が、姉妹みんなで使えるだけの化粧品。卯月は確か、今テレビでやっているアニメの玩具だったか。で、長月が自転車で三日月が大きなテディベア……全く、買いに行く時間が足りるかどうか」
ぶつぶつと呟きながら、その内容をメモする。無論、姉妹に伝えた『明石に呼ばれている』というのは真っ赤な嘘で、姿が見えずとも工廠に篭っていると判断して貰えそうだという理由からのもの。
「……しかし、これではプレゼントを貰えるのは姉妹だけだ。聞くところによると他の艦娘もサンタを信じている者がいるらしいが、そこまでは手が回らぬ。……くっ、口惜しいが――あ?」
がくん、と首根っこを掴まれた。何事かと振り向くと、そこに仁王立ちしていたのは陽炎。どことなく嬉しそうな表情をしている。
「お、良いところに居たじゃない。アンタ、今日は暇でしょ? 任務は無いって聞いたから、しらばっくれても無駄よ。ちょっと演習、付き合いなさいよ」
「っ、陽炎っ! いや、私にはプレゼントを買いに行くという大事な用事が――」
「プレゼントぉ? サンタさんじゃあるまいし、そんなの買いに行く必要なんて――あ、分かったわ。アンタ、サンタさんに感謝の贈り物をする気でしょ! ふふん、意外と優しいんじゃない。でも、サンタさんはそんなことしなくたってみんなにプレゼントをくれるわよ!」
「いや、違う! は、離せ陽炎……!」
「照れない照れない。ほら、ぐっすり寝るために身体を動かしに行くわよ! ――カモン、武蔵さん!」
「うむ。菊月、久し振りに艦隊を組んで戦おうではないか。仲間と研鑽をする善行を積めば、サンタクロースもきっとプレゼントをくれるに違いないぜ」
「お前まで信じているのかっ!?」
陽炎ならばともかく、武蔵に抱えられては抵抗は無意味。
――――――――――――――――――――――――
「散々な目に遭った……!」
武蔵と陽炎に引きずられて、駆り出されたのは五対五の実戦式の演習。武蔵に対応するかのように配置された大和の、プレゼント欲しさに全力が込められた砲撃を脳天に喰らい目が覚めたのがついさっき。時計を見れば、時刻は既に夜の十二時――サンタが来るべき時間だった。
「……っ、予定が狂ったが、仕方あるまい。こうなれば、最終手段だ……!」
周囲を見回せば、どうやら
「……このまま、屋根を伝い街まで跳んでやる……!」
夜だから店も閉まっている、そんなことは関係ない。もしかすると、どこかに、プレゼントを買えるところがあるかもしれない。姉妹達を悲しませる訳にはいかない、そう決意し屋根に飛び乗り――
「ほっほっほ、メリークリスマス」
「えっ」
――サンタさんと、出くわした。
「い、いやいや。……いや、なんなのさ、一体」
「ほっほっほ、どうしたのかねお嬢ちゃん。どうやら君も艦娘のようだが、夜更かしはいけないよ」
「あ、ああ済まない……ではなくてだな!」
「ほっほっほ、元気なお嬢ちゃんだ。――さて、君とこうして話しているのも良いが、私はプレゼントをみんなに配らなければならない。提督さんには話は通している、良ければ、案内してくれないかな?」
そう言ってサンタクロースが懐から取り出したのは、入館許可証。提督のサインが入っていることから、偽物でないことは見てわかる。
「……サンタクロースも、入館手続きをするのだな。……まあ良い、ついて来い」
サンタクロースを背後に従え、窓から鎮守府の中へと戻る。そのまま宿舎の部屋を巡り、サンタクロースの供をする。戦艦宿舎から駆逐艦宿舎まで、静まり返った廊下を二人で歩く。全てを配り終えたサンタクロースが向かったのは、正面玄関だった。
「……サンタさん、何故此処へ?」
「約束をしているからじゃよ。――ほら、来た」
ちょっと待っていなさい、と言い残し、ゆったりと歩いて行く老人。視線の先に居たのは、誰あろう提督だった。会話の内容は、俺には聞こえない。ただ、提督が非常に畏まっていることだけは見て取れた。話し終えた提督の敬礼を穏やかに受け、此方へ歩き寄るサンタクロース。
「待たせたね、菊月」
「……いえ。それよりも、何故私の名を……」
「何を言う。君達の名を、
サンタクロースから渡された包みは二つ。それの意味することに思い当たり、はっと顔を上げ――ぽん、と頭を撫でられる。その大きな、しわがれた手から伝わる感触……いや、『感情』は、かつて
「……やはり、あなたは」
「ほっほっほっほ。君達の行く末に幸あらんことを。この国の未来、君達に任せたぞ」
そう言うと、彼は――彼らはうっすらと消えてゆく。あたかも艦娘が纏うような燐光となって。まるで夢だったかのように消え去ったサンタクロース、その残滓に惚けていると、声を掛けられる。提督だった。
「気は済んだか、菊月。――夜も遅い、もう寝なさい」
「……了解した、提督。……あの、その。サンタクロースは、やはり?」
「君達を指揮する者として、いや、それ以上にこの国を護る軍人として。あの燐光に恥じぬように、ありたいものだな。――良い夢を」
くるりと振り返れば振り向くことなく去って行く提督。その姿が見えなくなった後、
「――ほら! お姉ちゃん起きてください! プレゼントですよ!」
翌朝目を覚ました――起こされた、とも言う――俺が目にしたのは、プレゼントを抱えはしゃぎ回る姉妹達の姿。きゃっきゃと喜ぶ彼女達のプレゼントこそが、夜の出来事は夢ではなかったことの証拠となる。勿論、
「ほら、お姉ちゃん! サンタさんはいたでしょう?」
「――ああ、そうだな。サンタさんはいる、信じるさ」
「……律儀なことだ」
彼女達にとってのサンタクロースって誰だろう、と思い、僕なりに考えて出したのがこんな感じですね。なので、戦艦だろうが誰だろうがみんなプレゼントを貰えてます。