私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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遅くなりました。感想返しは少し待ってください。

あ、あと長月(偽)を書いてくださってる萩鷲さんの本業、そちらとネタ交換をして書き始めた『Kikuduki is not your Collection』の二話も更新しましたので良ければそちらもどうぞ。

あっちはまだ菊月出てきませんけど。


第十章
菊月(偽)の猛特訓、その一


空は青く晴れわたり、そこから小さな雪がぱらぱらとちらついている。容赦なく吹き付ける風は冷たく、それに巻き上げられる波は高い。そんな中、菊月()達は海を見渡せる出撃港の桟橋に並んで立っていた。

 

「しっかし、アンタ達もよくやるわね。あたしはこんな寒い日に、わざわざ濡れに行くなんて真っ平だわ」

 

「私達から頼み込んだことだからな。それに、そんなに悪ぶらずともお前がそんな性根をしておらぬことは理解している……」

 

「ったく、やりにくいわね。まあいいわ、アンタ達の面白い格好、しっかりと見せてもらうわよ!」

 

言って、陽炎はその視線を俺の隣――皐月に向ける。皐月は、軽く頭を掻きながら口を開いた。

 

「面白い格好、って。いやまあ、確かにそれはそうなんだけどさぁ。にしても、これ? まさか輸送任務以外で装備することになるとは思わなかったよ」

 

そう言って、皐月は自身の背負った(・・・・)装備を揺らす。鈍く鉄色に光る、大きさだけでいえば新規開発された睦月型用の背部艤装と同じ程度の大きさのそれ――資源輸送用タンク、もといドラム缶。ちなみに、菊月()の背にも全く同じものが装備されている。

 

「……しかし、有用だ。確かにこの装備ならば飛んだり跳ねたりは出来んだろう。……『動きを阻害し、近接戦闘の挙動を取れなくした上で砲雷撃戦の軌道へ矯正する』。中々どうして、その通りになりそうだ……」

 

「うーん。元々ボクはそれなりにどっちも出来るからね。実戦形式じゃなくても良かったんだけど――ま、神通さんの訓練も兼ねてるらしいし良いか!」

 

「良いか、などと言う気構えでは痛い目を見るぞ皐月。やるからには、神通を沈める気概で臨め。さもなくば、水底に叩きつけられかねん。神通自身はリハビリだのと言ってはいるが――」

 

「おっと二人とも、そこまでよ。神通さんの準備ができたみたい、二人とも艤装持って出撃してって、無線が入ったわ」

 

「りょーかいっ! それじゃあ皐月、出撃するよっ!」

 

飛び出す皐月を眺めつつ、振り返り陽炎と目を合わせた。一つ頷き、無言で皐月の後に続く。桟橋から飛び出す際に感じる、ふわりとした浮遊感。スカートのはためく感覚は、慣れたとはいえ不思議な感じがする。その一瞬の感覚のあと、身を切るような冷たさが全身に襲い来た。奥歯を噛みしめ、そのまま前進。しばらく進み海面に停止している皐月の横に並べば、少し離れたところに立っている神通に目をやった。

 

「こんにちは菊月、皐月さん。今回はあなた達と同じ条件になるように、私もドラム缶を背負って演習をします。それ以外は――説明は不要、ですよね?」

 

背負ったドラム缶を此方へ見せつつ、神通が声をかけてくる。その表情は穏やかで、俺達を見て微笑んですらいた。今から演習を始めるとは思えない神通だが、しかし菊月()に出来ることはない。掛けられる言葉に対し、俺達は並んで首を縦に振った。

 

「そうですか。今回は私も全力を尽くさせて貰います、くれぐれも気を抜く事のありませんように。良いですね? それでは――はあっ!」

 

言い終わると同時に雷撃を放つ神通。その数は一。感じたものは……違和感。神通にしては妙な、なんの意味もないただの雷撃。回避を始める皐月を尻目に逡巡し、菊月()が取る手段は――迎撃。連装砲の照準を魚雷へと向け、トリガーを引く。放たれた弾が海面下を滑る魚雷へ命中し、

 

「――なあっ……!?」

 

「えっ、ちょっとぉっ!?」

 

爆発。吹き上がる水柱と押し寄せる熱風が、菊月()の身体を後方へ押し流した。咄嗟に片手で顔を覆い、降りかかる水を弾く。爆風が収まり少し離された皐月が菊月()の横に戻ってきたあたりで、ようやく飛沫が収まる。

 

「――あら。少しはマシな顔になりましたね、二人とも?」

 

そこに居たのは、『神通』だった。

 

嘗てかの二水戦を率い、数多の海を駆け抜けた(ふね)。数々の武勲を挙げ、身体が二つに裂け炎に呑まれようとも敵を撃滅する闘志を秘めた猛る魂。その魂を宿した(ふね)が――燐光(キラキラ)を纏いながら、そこに立っていた。

 

「言い忘れていましたね。本日の演習は、この実戦に近い模擬弾で行います。きちんと炸薬が装填され、被弾すれば破片と爆炎で傷を負う、轟沈はしないように造られていますが、当たれば勿論死ぬほど痛いですよ。それでは――と言いたいところですが。ひとつ、演習を始める前に指導をしましょう」

 

神通の表情は、初めと変わっていない。穏やかに此方を見据え、微笑みを浮かべている。しかし、その瞳の中に燃え盛る魂は先程までとはまるで違った。皐月の方を向いて少し苦笑し「皐月さんは別の泊地の所属ですが、参考程度に勉強して下さいね」と言いつつ、こほんと咳払いをして神通は口を開く。

 

「菊月。あなたが配属される第一艦隊にとって最も必要なこと、何だか分かりますか」

 

「それは……『勝つこと』か?」

 

「いいえ。『必ず勝つこと』です」

 

『必ず勝つ』、そう口にした瞬間、神通の纏う燐光が一際大きく揺らめいた。

 

「私達第一艦隊は、鎮守府の最高戦力です。各分野ならばともかく――いえ、各分野の専門家と比較しても遜色無いほどの実力を備えた、汎用部隊。その第一艦隊が運用されるのは、先陣か殿。何方の場合においても、私達の前には敵しか居らず、私達の後ろには全てがあります。共に戦う仲間も、守るべき民も」

 

神通の言葉に、菊月()と皐月は静かに頷く。

 

「私達の敗北は、士気に直結します。それは、私達が第一艦隊以外の艦隊に組み込まれた時もです。私達は、まず何よりも、敵の前に屈してはいけないのです」

 

そこまで言うと、神通は目を瞑った。どことなく、耐え難い何かを思い返しているような、苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 

「けれど、私達は敗北した。あの剣を振るう深海棲艦、飛行場姫に。許されるものでは、ありません。『私』のプライドではありませんよ? 私達を信頼してくれる仲間に、私達を求めている人々に、そして何より、かつて人々を護るために戦ったこの魂に、顔向けが出来ませんでした」

 

神通はそう言って目を開いた。

 

「――すみません、脱線しましたね。言いたかったことは、第一艦隊は必ず勝たなければならないということです。そして、その為に私達はもう一度自分達を鍛え直しました。わたしはともかく金剛さんや、大和さんなどは見違えるほど強くなりましたよ」

 

「……そして今日は、その有難い実力を存分に見せ付けてくれるということだな?」

 

「ええ、その皮肉が言えなくなる程度には」

 

「皮肉ではない、話が長いという文句だ」

 

口元だけを歪めてそう言い放つと、菊月()はゆっくりと単装砲を構えた。装填されているのは、実弾に極めて近い模擬弾。殺気すら乗せることが出来そうな弾薬だ。それを構え、横に並んだ皐月をちらりと見る。

 

「神通さん、有難う。ボクは確かにこの鎮守府の所属でも第一艦隊でも無いけどさ、その覚悟はきっちり学んだよ。どこだろうと同じ、ボク達の後ろには守るべきものしか居ないってこと、思い出せたしね」

 

「……ああ、それについては私も同じだ。肝に銘じておこう……」

 

「ふふっ、学んでくれたのならば話した甲斐がありました。――こほんっ。それでは、随分長くなりましたが、演習を始めます」

 

神通は、全身に力を込めた。燐光が、激しく瞬き舞い上がる。

 

「――軽巡洋艦『神通』、参りますっ!」




次回、強化された神通とバトルです。

神通もそうですが、大和や金剛がスーパー強化されてるので早く出したいところ。

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