私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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久々に自作を始めの方から読み直したら、昔の方が勢いやテンポがあったんじゃないかと少し悔しくなりました。あと、「駆逐艦が戦艦相手に無双できるわけねえだろ(要約)」みたいなことも後書きに書いてあったりして苦笑い。

でも確かにその通り、初心忘れるべからず。私も菊月(偽)と同じように、一から鍛えなおしましょう。

要約:接近戦とか余裕こけるレベルじゃねーことにしてやるからな!


菊月(偽)の猛特訓、その三

夕日が水平線に沈もうかという時刻、菊月()は疲労困憊した身体を引き摺りつつ鎮守府に帰還した。神通に叩きのめされた後も演習――途中からただの訓練と化してはいたが――は継続し、結果、腕も足も筋肉が痙攣し骨が軋み艤装は弾切れ。ほとんど大破に近い中破に追い込まれ、それでようやく今日の訓練を終えられたという訳だ。

 

「艤装の片付けオッケー、使用した弾薬と燃料の申請オッケー。よっし、これで全部終わりかな? ふわー、()っかれたーっ!」

 

「……よくそんなにも声が出せるな、皐月。情けないが、私はもうへとへとだ……。……はやく、風呂に入りたい」

 

「あはは、菊月ったら神通さんに滅茶苦茶されてたもんね。ま、それを差し引いても体力面ではボクの勝ちってことで。さ、着替え取りに行ってお風呂行こうよっ!」

 

皐月の言葉に力なく頷き、船渠に干してあった予備Tシャツだけを羽織り廊下を歩く。途中すれ違った三日月と長月に、先に風呂に入る旨を伝えたのち、菊月()達は自室へ辿り着いた。

 

「それにしてもさ、神通さん。凄かったよねー、ボク軽巡であんな強い人初めて見たよ」

 

「……そうだな。神通は強い。実力だけでなく、その精神も。その辺りは、私はよく分からんのだがな。同じ武勲艦のお前なら、彼女の考え方にも触れられるんじゃないか、皐月?」

 

「うーん、どうかな。ボクは武勲艦だから精神が強い、って訳じゃないと思うよ。だって、ほら、ボク達ってみんな、何だかんだみんな強いじゃん?」

 

「そういう問題ではないだろう……。まあ、いい。お前がそう言うのならな。……さ、準備は出来た、風呂へ行こう」

 

肩をすくめ、皐月の背を押し部屋から出る。着替えの詰まった柔らかい手提げ鞄の中には、それ以外にも如月に半ば押し付けられるように与えられたシャンプーやコンディショナー、ボディソープが詰め込まれているためそれなりに重い。疲れきった腕には連装砲よりも効くな、などとぼやいている内に、気が付けば俺達は風呂の前に辿り着いていたようだ。引き戸を開け、脱衣所に入る。破れた服を所定の場所へ置き、生まれたままの姿になって風呂へ突入した。

 

「おっふろー、おっふろー! なあ菊月、髪の毛洗ってあげよっか?」

 

「……いや、いい。髪の洗い方を如月に指導されているのでな、それを守らなければ何をされるか分かったものではない……」

 

広い大浴場の洗い場には、菊月()と皐月以外の姿はない。がらんと広い浴場に、シャワーの音が反響していた。そこへ、皐月の大声が割り込んでくる。

 

「あ! そういえば菊月、神通さんから受けた攻撃ってどんな感じになってる? あれ、だいぶ痛かったんじゃない、アザとかなってない?」

 

「そう言えば、見ていなかったが……うむ、どうにもなっておらぬようだぞ。ほら、綺麗なものだ……」

 

ばしゃばしゃと水の滴る音を立てながら駆け寄ってくる皐月の方へ向き直る。顔と目線は皐月の方から逸らし、彼女の身体を直視しないようにしながら、俺は菊月()の腹を見せた。鏡で確認し、また菊月()の目でも見たそこに痛々しいアザはなく、美しく柔らかい純白の肌があるだけだ。

 

「……ほら、どうということはないだろう」

 

「へー、ほんとだ。な、本当に痛くない?」

 

「……無論だとも。痛みが残るようならば、きちんと明石のところへ行って――」

 

皐月の方から目を逸らしたまま、皐月の言葉に答える。だからだろうか、菊月()は皐月のその(・・)致命的な動作を見落とすことになる。

 

「……ひゃ、うっ!?」

 

「へー、思ってたよりすべすべだねっ。ふーん、ちょうど良く柔らかい感じー。あ、ちょっと癖になりそうかも」

 

「こ、このっ……! はな、離せ皐月――んうっ!」

 

菊月()の脇腹を、皐月の小さな手が撫で回す。摘み、摩り、時にひっかくそれはこそばゆさとむず痒さを同時に菊月()へと叩き込んでくる。抵抗しようと突き出した手を掻い潜られ、皐月の身体が密着する寸前のところまで近づいてくる。不意を打たれ、菊月()は大きく仰け反った。

 

「あははっ、楽しーっ! 望月は首とか弱かったけど、菊月はどうかなーっと!」

 

「やめ、ろ……っ、ひゃあっ!?」

 

仰け反った勢いを利用されるように、水の流れるタイルの床に押し倒される。ちょうど四つん這いになった形の皐月に下敷きにされる。その、おさげを解いた髪が垂れ、菊月()のほほをくすぐった。わきわきと動かされる、菊月()の全身をくすぐる手。それが脇腹を通り、背中や二の腕を通り、首と胸元に向かおうとしたところで――

 

「――なにやってんのよ、あんた達」

 

がらりと音を立てて扉を開いた陽炎が、心底呆れた風な顔で此方を見ていた。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「で、あんた達。今晩あたしの部屋に来る?」

 

皐月との一悶着のあと、身体と頭を念入りに洗い湯船に浸かったところで陽炎がこう切り出した。何が「で」なのか全く分からないが、とりあえず続きを促すことにする。

 

「いや、あんた達が訓練してるのって駆逐艦としての戦い方なんでしょ? なら、座学――というか、理論? そんなのも一緒に知っといた方がいいでしょ。艦隊行動する時に何を気をつけるか、とか」

 

ふむ、と内心で一つ頷く。首を動かして横を見れば、皐月は目を輝かせて興味深げにしていた。

 

「で、どうせならそのついでに戦い方の打ち合わせもしちゃおうってこと。菊月は第一艦隊で組むから言わずもがなだけど、皐月の方もこっちにいる間は組む機会あるでしょ? なら、どんな動きをしてどう連携するかって基本だけでも詰めとけばだいぶ楽よねって話。どう?」

 

何も問題はない。それどころか、本来俺の方から頼まなければならないところをこうして声をかけてくれたのだ。願ってもない、菊月()は即座に口を開く。

 

「ああ、頼む。私は邪魔させて貰う事にする。……皐月、お前はどうする?」

 

「もっちろん! ご飯食べたら菊月と行くよ、よろしくなっ!」

 

立ち上がる皐月から降りかかる水を手で防ぎつつ、話は終わったと湯船から出る。菊月()だって腹も減っているのだ、疲れが取れたのならば早く食事にしたい。

 

だからだろうか、菊月()の背後で小声で交わされる悪意に満ちた盟約を見抜けなかったのは。

 

「ね、皐月。今度二人であいつくすぐらない?」

 

「合点承知!」

 

そんな声に気づかないまま、菊月()は一人リラックスしきって風呂から上がったのだった。




皐月はこんな感じがあるんじゃないかな、と。
あ、感想返しは少し待ってください。

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