日が完全に水平線に没してから数刻。既にすっかりと暗くなった空には星や月が眩くきらめいている。そう言えばこの世界の星はどこにいても綺麗に見えるな、なんてことを考えながら曳航されていると、瞬く光の中、水平線に一際大きな灯りが見えた。そして、それを背に立つ幾つかの人影。
「ありゃ、みんなお揃いで。なになに、出迎えに来てくれたの?」
「ええ。艦隊先鋒が見事その仕事を果たして帰還するとのことでしたので、機関の調子の点検も兼ねて。お陰様で、問題が無さそうです」
「それは明石さんに言いなって。それよりも、あなたの出撃は大規模作戦方面の第三段階以降でしょ? 随分念入りなのね――大和」
そう問いかけられた人影……大和は、光を背にして少し首を傾げ、微笑む。そのまま鎮守府へ向かって滑り、
「それほどでもないですよ。必要なことを必要な時にしているだけです。今回はたまたま、ドックの出撃港で行う慣らしとあなたたちの出迎えが重なったのでそう見えるだけですよ。――ああ、そうそう菊月さん。あと他の方も、今は
「……そうか。伝えてくれてありがとう、大和……」
「いえ、礼には及びません。それより菊月さんは中規模作戦の方、頑張ってくださいね。私達大規模組とは別の戦線になりますが、お互い奮起奮闘し、護国のために戦いましょう」
「うむ、勿論だ……と、気がつけばもう帰還出来ていたようだな。川内、ここまでの曳航に感謝する……」
言いつつ、ふうっと大きく息を吐き、川内と繋いだ手を離す。そのまま彼女は跳躍し、海面より五十センチほど高い船渠のコンクリートの上に着地して見せた。その川内が此方へ伸ばす手に掴まり、床の上へと引き揚げて貰う。コンクリートの地面に立った瞬間、がくりと膝から力が抜けて思わずふらりと足を縺れさせた。
「良いって良いって。それより菊月は、他のみんなとさっさと入渠してきなよ。――あ、北上。良かったら菊月を
「……おい、川内。部屋の場所も分からない新人ではないのだ。流石にそこまで世話を焼いてもらう必要は――」
「ん? まあ、別にいいけど」
そう言うと、北上は
「っ、あまり世話をかけるつもりはない。子供ではないのだ、離してくれ……」
「いやいや、駆逐艦とかどう見ても子供じゃん。足縺れさせてるのに意地はる菊月もそうだけど、ほとんどが騒がしいし妙に纏わりついてくるしさ。大井っちの方が面倒見いいんだからさ、あたしじゃなくて大井っちのとこ行けよなーっての」
「……そうだ、そもそも北上は駆逐艦嫌いだろう! 無理をしないでくれ、大破しているからと気を使うな……」
「んー? 別に駆逐艦が嫌いってわけじゃないよ、あたし。ってか、そんな風に見られてんだね――おっと」
此方を向いてどこかからかうように話していた北上の足が、ある一つの部屋の前で止まる。扉をノックし、出てきたのは明石。そのまま北上と二、三の会話を交わした明石は、
「んじゃ、菊月。あたしは軽傷だから別んとこだし。北上さまが恋しくても泣いちゃダメだよー」
「……ふん。だがまあ、連れてきて貰ったことには感謝する……」
言うと、北上は手をひらひらと気怠げに揺らせば扉の向こうへと消えてゆく。それを見送ってから――と言っても数秒ほどだったが――
「おや、北上さんはもう行かれたんですね。多分もう寝てらっしゃるでしょうから、後で軽く処置をしないと。まあ、それより」
そう言うと、明石は
「いやー、わりと酷くダメージを受けたみたいですね、菊月さん。こう言ってはなんですが、少し珍しい気がします」
「運が……というのは違うだろうな。恐らく狙い撃ちにされたのだろう」
「敵艦隊最後方から頭に一撃、でしたっけ。あ、ごめんなさい、傷口をちょっと失礼しますね。痛いかも知れませんが、我慢してください」
「ああ……」
言えば前髪を掻き上げ、傷口を明石に晒す。身長差から此方を覗き込むようにした明石はガーゼや綿で血を取り、あるいは頭の各所を抑えたり撫でたりする。手の触れたところか染みるように痛む。暫く拳を握り締めて耐えていると、不意に明石の手が頭を離れた。それを感じ、明石の顔を見上げる。
「……終わったか?」
「ええ。やっぱり内部にダメージが響いていますね。きっとまた駆逐級と近接戦闘をしたのでしょう? 砲弾の直撃以外にも、それによる全身の軋みがある筈です。それと頭の傷、そして爆風による全身の軽い火傷。紛れもなく大破ですね」
「そうか……まあ、そうだろうな」
「何を納得してるんですか、こんなに怪我をして。勿論即刻入渠、修復に入ります――と、言いたいところですが」
明石は何故か言葉を切り、そしてすぐに次の言葉を紡ぐ。
「今回出現した駆逐棲姫。何かこう、おかしなところとかありませんでした?」
「……言っている意味がよく分からん。おかしな、とは具体的にどういうことだ?」
「いえ、その。私もよく分からないのですが」
「……なんだそれは。まあ、そうだな、挙げるとすれば……私への攻撃以外には殆ど動きを見せなかったことや、川内や北上たちの攻撃を回避する素振りも見せなかったところか」
「ふむ」
「単に虚を突かれ、回避も出来なかったのだと思っていたが、違和感と言えば違和感だな。……ああ、もう一つあった。これは違和感というより個人的な感覚だが、なんとなく消化不良なのだ……」
「と、言いますと」
「……
とりあえず心に残っていたいくつかを吐き出せば、明石は何事かを考え込む素振りをする。三十秒ほど待たされた後、彼女はおもむろに此方を向き、
「――いえ、結構です。お時間を取らせてすみませんでした、入渠に移りましょう」
「……まあ、お前がいいと言うならば良いのだが。……で、入渠期間はどの程度になりそうだ?」
「そうですねえ、高速修復材を投与するかどうかはまだ決まっていませんので、少なくとも一日二日はかかるでしょう。その間、くれぐれも安静にしておいてくださいね」
明石に連れられ、北上が入った部屋とは別の部屋へ。頭に包帯を巻かれ、服は脱ぎ捨て入院着へと着替える。そのままベッドへ横になり、目を瞑れば入渠用ベッドの作動する鈍い音が耳に届いた。
「……明石、何かあったなら起こしてくれ……」
「はいはい、おやすみなさい菊月さん」
それを最後に意識が暗転する。
次に目が覚めたのは二日後で、そこで聞いたのは二面作戦の進行状況。大規模作戦は
「――ん、大丈夫そうだね。ま、菊月の分までボクが頑張るからさ!」
――紺の上着に白い制服。堂々と白鞘の軍刀を携えた皐月……屈託なく笑う、
というわけで。
皐月ちゃん、改二改装おめでとう!!