私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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最近深夜投稿が多くなりつつあります。


揺れる海、その二

太陽が中天を過ぎた頃。雲はないが波は高く、冷たい風が強く吹き付ける海の上。眼前には、まだ少し遠いもののソロモン諸島の小さな島が一つ。そこから吹き付ける海風に跳ね上がった波飛沫が艤装にぶつかるこつんこつんという音をBGMに、菊月()は海を駆けていた。

 

『――いいか菊月、繰り返すが、戦力次第ではすぐに撤退をしろ。既にその海域に戦略的価値は殆どない、そこで沈まれでもされれば堪ったものではないからな』

 

無線より聞こえる提督の声はノイズ混じりで聞こえ辛い。やはり本土とこのソロモン海、これだけの距離があるのなら中継基地を二、三介そうとこんなものか、とぼうっと考えた。考えながら――

 

「グゥオォォオオァァアッ!!」

 

「……ふん」

 

右足を軸にその場で回転。真横より飛来した砲撃を回避し、そのままくるくると水面を滑る。跳躍、跳躍、接近、そして蹴撃。ダメージは与えられないものの眼前のハ級を怯ませる。そのまま胴体を踏み台に、反動で背後に跳びつつ雷撃を放てば、その一撃はちょうど振り向いた深海棲艦の顔面を吹き飛ばした。

 

「ああ、理解しているさ提督。……だが実際、想定される敵艦隊は手負いどころか沈みかけの姫級一隻に戦艦と軽巡、そして駆逐級がいくつか……だろう? それに、此方へ回してくれたのは第一艦隊の構成艦が多い。ならば、それほど恐れることもあるまい」

 

『だが、お前たち六隻の編隊は駆逐が四に重巡が一、軽巡が一だ。戦艦はおらず、空母もいない。無論私もお前――いや、全ての艦娘が、深海棲艦に遅れを取る筈はないと信じているが、そもそも姫級相手にぶつける編成でないことは理解できるだろう。加えてお前は不調、明石にも診てもらっていた筈だな?』

 

「……ああ、その通りだ。理解したさ、飛行場姫の状態……いや、敵編成次第では即座に撤退する」

 

『理解してくれたのならば助かる。今回は巡洋艦――青葉と神通を戦闘に専念させる為にお前を旗艦にしたのだ、くれぐれも気をつけてな』

 

「了解した。……まあ、私はともかく仲間たちがいるからな、心配は無用だ……。ではな、提督。交信を終わるぞ」

 

そう言って無線機のスイッチを落とせば、ノイズとともに向こう側の音が全て途絶える。聞こえるものが再び波音だけに戻った直後、不意に圧力を感じて身構えた。それは先程のハ級と同じく、島の向こう側から次第に近づいてくるようだ。菊月()は自然と、その島影の先に注意を向けた。

 

「……深海棲艦、また駆逐級か……。提督の言っていた数とはいささか違いがあるようだが――」

 

菊月()の言葉に呼応するように接近し、浮上する異形。大きく開いた口内に漆黒を覗かせるそれは先程と同じく駆逐ハ級、その後期型のようだ。此方へ向けて突き刺すような殺意を向けるそれ相手に、菊月()は単装砲を向け、トリガーを……

 

「――残念ながら、私のコンディションは何故か最高だ。運が悪かったな……むっ」

 

引く寸前、背後から飛来した砲弾がハ級の背中、その中心に突き刺さる。盛大な爆炎と破片を撒き散らし炸裂したそれを放ったのは、今回の艦隊の一員として付いてきてくれた青葉だった。

 

「ども、菊月さん。そちらはどんな具合でしょうか?」

 

「今ので最後だ。どうやら敵艦は、どれも島の反対側……いや、あの突き出た岬の向こうの辺りから来ている気がする。全艦を集めて編隊した後に接敵しようかと思うのだが……青葉、お前はどう思う」

 

「そうですねえ、そういえば私が相手をした二隻も彼方から来たように思えます。一度向かってみても良いかも知れませんね。ほら、ちょうど皆さん揃われたようですし」

 

「なになに、何の話してたっぽい?」

 

ひょこ、と青葉の陰から姿を現したのは夕立。ついで陽炎、吹雪がそれに続いて現れる。最後に到着したのは、軽巡二隻を相手取っていたはずの神通だった。

彼女らにも了解を貰い、菊月()は舵を岬の方へ切る。六隻編成の単縦陣、その先頭で膝を曲げ、僅かな前傾姿勢を維持したまま速度を上げ、岬を回りその向こうへ目をやる。岸壁に近づくにつれ加速する風景、それが閉塞し、数瞬の後に一気に開け――

 

「……な、に?」

 

そこにあったものは、俺達の予想だにしなかったものだった。

 

屍、屍、屍。砕け飛んだ船体の破片や見慣れた分厚い黒い皮。人型を模した異形の一部、あるいは化物の部品。ばらばらになっていて詳しく判別は出来ないものの、おそらく三隻か四隻分の残骸が、ずらりと煩雑に、波の上にゆらゆらと浮かんでいた。

 

「……これは、戦闘の跡か?」

 

「いや、違うわね。この辺りに派遣された艦娘はいない筈だし、深海棲艦どもが同士討ちをするのも考え辛い。それに炎も煙も、破片からは上がってない。まるで」

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()、と陽炎は言った。

 

「しかし、これは――ッ、皆さん、あれを!」

 

神通の指差す方向へ視線を向ける。その方向に存在したのはごつごつとした岩で構成された浜。そこに仰向けに、見慣れてしまったシルエットが引っ掛かっている。

 

「飛行場姫……」

 

その身体からは岩肌を伝って、青黒い体液が未だに滴り落ちている。深海棲艦特有のその白い肌からは生気は伺えないものの、びくりびくりと痙攣している様子からまだ沈んでいないことは容易に推察できた。

 

「沈めておくべきだな。あの()()()()()()の残骸は気になるが、先ずは彼奴を……っ、これはっ!?」

 

ぞくり、と悪寒。背筋に氷柱を突き刺されたようなその感覚に全身を支配される。この感覚は、水底に対して抱いたものと同じ。艦娘の前身たる艦が沈んだその寂しい世界に対して、艦娘が等しく感じる恐怖。それに駆られて振り向けば、いつしか海面を漂っていたはずの欠片には黄金色の炎が灯っていた。

 

「……全艦、戦闘の用意を。なにやら嫌な予感がする……っ!?」

 

その、水面に揺れる黄金色の炎の向こう側。俺達から最も遠くのそこに、ぼこりぼこりと泡が立った。そこから静かに、しかし海面を突き破るようにそれは現れる。

 

――片側で結んでいた髪はほどけ、色素の抜けたような髪は真っ白なロングヘア。被っていた帽子は何処かに消えている。

 

――黒い制服はところどころが焦付き破れ、しかしその原型は留めている。襟元に巻き付けられていたセーラー服のスカーフは、どこにもない。北上達の魚雷(・・)の命中で抉れたであろう右脇腹には、ぽっかりと大穴が穿たれている。

 

――元々存在しなかった両足は、水面に這い上がる現在、進行形で形成されている。まるで飛行場姫の片手、鱗のような異形で構成されたその足は、遠目には黒いスカートと変わりない布地のようにも見える。

 

――そして、その両目には黄金の炎を。吹き飛んだであろう右腕に、異形の小手と……その手首のあたりから。見間違えるはずもない、錆一つない、かつて『菊月を、睦月型を護る』と願いをかけた刀の、折れたその刃先をすらりと生やし。

 

「……っ!」

 

腰まで伸びる髪も、背格好もすべて。元になったものは違えど、まるで鏡を見ているかのように見覚えのあるそれ。そして何よりも『菊月』が雄弁に、その中に欠片を感じると鳴動している深海棲艦。

 

「……ココガ、オマエタチノハカバダ……!」

 

全身から気焔を滾らせて、『菊月』の深海棲艦が黄金色の炎に揺れる海に現れた。




次回まるっと戦闘回!

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