ただまあ、今回は久しぶりに艦これしてないです。
燃え盛る黄金の気焔を纏い、此方へ叩きつけるような敵意を向ける目の前の深海棲艦。それが出現し、此方へ視線をくれた瞬間、敵味方の中で最初に動いたのは『俺』だった。
「――くうっ!!」
抜き打ちに単装砲を構え、引き金を引く。
今回の艤装に連装砲でなく単装砲を持ってきた理由は幾つかある。そのうちの一つが、命中精度だ。単装砲とはその名の通りに砲が単数の艤装、連装砲に比べて威力も命中範囲も劣るそれだが、唯一『正確な射撃能力』に関してだけは連装砲よりも秀でている。砲が一つの形状は『艦』に積む武器としてはイマイチだが、人型である艦娘が運用するならば、そして――『人間』である『俺』が運用するならば、より感覚に馴染むものとなる。特に、大雑把に狙いをつければ良い駆逐級でなく、飛行場姫のような人型の深海棲艦を相手にする際には。
ゆえに装備した単装砲。使い慣れたその艤装に、構え撃つという慣れ親しんだその行為。砲身の角度も攻撃のタイミングも、咄嗟のことにしては上出来。それらは、『俺』に攻撃の命中を確信させる。
「……なっ、んだと……!?」
「……ッ、ハァッ!!」
しかし、その確信は覆された。白髪矮躯の深海棲艦、その右手から伸びる白刃の閃きによって。――放った砲弾は、一刀の元に両断されて海面へ突き刺さる。深海棲艦の振るったそれは、まるで鏡写しのように見覚えのある一刀。それを見た瞬間、
「菊月、ひとつ聞きます――
「……ああ、間違いない。あれは私だ、
「この作戦群の緒戦で、あなたはあれと戦ったと聞いていますが」
「そうだ。沈んだ筈のそれが何故ここに、今立っているのかは分からぬ。……だが、今のあれは、かつて戦ったモノよりもずっと
むしろ余分なものが抜けたようだ――より純粋な、深海棲艦としての菊月となったようだ、とは口に出さない。しかし、神通はそれを承知であるかのように此方へ視線を向けてくる。
「あなたは知らないかも知れませんが、菊月。私もこの作戦で自らの偽物――いえ、映し身と交戦しました。非常に、やりにくい相手だったことを覚えています。戦力的にも、そして心情的にも。――菊月、あなたは逸っていませんか?」
その言葉に、ちらりと前を向く。黄金の気焔を纏ったまま不気味に佇む深海棲艦を見て、
「正直に言えば、止められるまでは逸っていた。私の欠片のようでありながらもどこか違和感のあった、緒戦で戦ったものならばともかく、より私に近くなったあれならばな。……だが、もう心配は要らぬ」
言って、
「私の望みは仲間を、姉妹を護ること。ただそれだけだ。勝手はせぬ――何より、私は旗艦だからな。……全員、行くぞっ!!」
気声を上げる。同時に海面下から次々と顔を出すのは、またも黄金の気焔を纏った駆逐級と軽巡級。そのうちのいくつかには見覚えがある……大井と北上の魚雷に焼かれた痕が見えるあたり、あの時倒さず見逃したという深海棲艦だろう。それらへ目を向け、俺は声を張る。
「――神通、青葉! 残りの面々を率いて周囲の駆逐と軽巡を頼む。……私は、彼奴をやる」
「出来るのですか――いえ、愚問ですね。あなたにしか出来ないでしょう。任せましたよ、菊月」
「無論だ。私の映し身と言えど、『
菊月の喉が震え、俺の意思を放つ。同時に両足の推力を爆発させ、艦隊から一歩抜きん出た。此方に殺到するいくつもの殺気を、更に加速することで躱す。一歩、二歩、そして三歩。深紅の気焔と金色の燐光を靡かせ、飛び交う砲弾をステップで回避し突撃する。目標は言わずもがな――
「……はあぁぁあっ!!」
「……クウゥゥウッ!!」
――『菊月の偽物』。抜いたままの護月を袈裟懸けに振り下ろせば、全力の力を込めたそれは甲高い金属音とともに停止する。僅かに飛び散る火花は、
「……そこだっ!!」
刃を返し、胴に一閃。防がれる。次は背後へ跳躍し距離を取り、すかさず突撃し突きを繰り出す。ぎゃりっ、という耳障りな音が、またも攻撃の失敗を俺に伝える。返す三撃目――を繰り出そうとした俺へ、彼奴の白刃が迫った。上から、横から、前から、もう一度前から。振るわれる度に鋭くなってゆく剣先を、同じ剣先で以っていなしてゆく。その砲弾に勝るとも劣らない刺突を防ぐたび、全身に軋みが走った。
「く……っ、流石は
「タワゴト、ヲ……!」
振り抜いて一合、返して二合、斬り上げ斬り降ろして四合。斬り結ぶ度に火花が飛び散り、火花が飛び散る度に眼前の深海棲艦の意思――その中に渦巻く、無念が伝わってくる。
――情けない。
突いて一合。
――不甲斐ない。
払って一合。
――戦果も残せず、仲間の盾ともなれず、
返され繰り出される深海棲艦の刃を防いで二合。
――ただ一人無様に生き長らえ、仲間の死を見続けた……!
憎悪の籠った刃を、護月を横にすることで防ぐ。その憎悪の向かう先は
――無念だ、無念だ、私はまだ、私はまだ戦いたい……!
幾度目かの斬り合い。憤怒に身を焦がし暴走する彼奴の腹を真正面から蹴って距離を稼いだ
「……くうっ!」
「――クウッ!」
鎬と鎬がぶつかり合い、けたたましい音を立てて二振りの刀が鍔迫り合う。欠けて弾けた刀の欠片が飛び散り、頬に薄い傷を作った。
「――貴様はっ」
護月を両手で持ち、
同じように顔を上げた『菊月の偽物』の、金色の瞳の中に映る
「……っつ、ぁあっ!」
「ガ、フ……ッ!?」
――その瞬間、『俺』の脳裏に閃いたのはいくつもの鮮明な感情。寂寥、孤独、隔絶。たった一人、物寂しい島に取り残される絶望。刃に乗せられていた自責と、自身に向けられた憤怒と憎悪。戦うことへの渇望。
そして、そんな荒涼とした魂の奥底に秘められた、かつての乗員達の暖かな言葉と思い出。それらが、眼前の『菊月の偽物』から伝わってきた。
「――ッ」
思わず息を呑んだ。それらは紛れもなく、『菊月』の持つ感情。
「……貴様は」
彼奴もまた、
「……いや、今はただ戦うのみだ。行くぞ、『深海棲艦』……っ!」
深紅の
彼奴は菊月だ。それは分かった――いや、分かっていた。いつからか。そう、『菊月』がその存在を感知した時から。偽物ではないことも分かっていた。偽物なのは、その外身だけ。その魂は菊月そのもの。ならば、どうして気付かないふりをした?
「……私は、」
――決まっている、『俺』が菊月でないからだ。俺が偽物だからだ。外身は偽物の『眼前の菊月』と、外身だけ本物の『俺』。本来ならば目の前の彼女に対して、こうして対峙することすらなかった偽物――いや、偽物以下。
なんと情けないことか。菊月を愛していると言いながら、事実からすら目を背けるとは。あまりの情けなさに、笑いも漏れるというものだ。
「……ふ、ふふ」
――偽物以下は偽物以下らしく、俺がその身体を使ってた方が良かったかもな。
そんな言葉を噛み潰し、『俺』は刀を横薙ぎに振り抜いた。彼奴に合わせて振るっていた刀の軌道を強引に変えたことで、刃がその腹を掠める。
「……お前は菊月だ。だがな、だとしても、俺にだってもう、守りたいものがある――『護月』とは、そんな願いを込めた名なんだ」
仲間の誰にも聞こえない声で呟く。
思えば眼前の『
「故に――行くぞ、菊月。さあ、構えろ……!」
大きく数歩、後ろへ跳躍。およそ十メートル余りの距離を取り、両手で『護月』を八双に構えた。彼奴の武装は『護月』のみ、ならば――
「――私が、菊月だ……!」
声を張り上げ、思い切り駆ける。速度を乗せ、力を乗せ、そして『俺』の魂を乗せて。真正面から迫る俺へ向けて刀を振り上げる
「……ちぇすとぉぉぉぉぉおっ!!」
戦場に響き渡る、ばきり、という音。ぶつかり合った『護月』と『護月』、そのどちらもが鈍い音を立ててひび割れ、砕け、海面下へと沈んでゆく。
「――ナ、オマエハ」
手を伸ばし、その冷たい身体を抱きしめた。『菊月』の望むとおりに、それ以上に『俺』のやりたいように。だって、それは当たり前。――菊月を抱き締められるとか、最高だろう!
「……ア、あ」
「……しれい、かん。あなたに、かんしゃを……」
冷たい身体の菊月の欠片が、その偽物の身体で本物の微笑みを浮かべる。その言葉が向けられていたのは――他でもない、『俺』に。それに応えて彼女の身体を手放せば、この世界でただ一人俺を司令官と呼んだそれは、静かに海面下へと沈んでいった。
「……すぅっ、はぁっ」
身体の奥底で脈動する二つの魂を鎮めるように、大きく深呼吸。欠けていた『菊月』の魂は、遂にその欠片を取り戻した。同時に、その足りない部分に嵌っていた『俺』の魂も自由になる。
一つの身体に、完全な二つの魂。その秘める力は、今までの比ではない。現実離れした不思議な感覚に、俺たちは少し戸惑った。
「こっちは終わったわよ。そっちも――大丈夫みたいね」
背後から陽炎の声。仲間達の気配も感じる。どうやら全て終わったようだ。俺は彼女達に向き合うように、くるりと振り返る。
「……ああ。任務完了だ」
息を呑む仲間達をよそに、微笑んでみせる。
アルティメット菊月(偽)、完成である。
・剣戟
・菊月抱きしめ
・レベルアップ
全部盛り込めたので満足ではあります。その戦闘能力に関してはまた今度。