私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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明石さんの登場回数がズバ抜けてるような気がするけど仕方ないよね!



二段作戦、終了!

息を吸い込めば肺に流入する、少し乾燥した空気。それに乗って漂ってくる薬品の匂いが、ここを慣れ親しんだ医務室だと菊月()に理解させた。両手を組んで軽く伸びをすれば固まっていた筋肉が解され、痛痒いような感覚と共に微妙な快感を全身にもたらした。

 

「……ん、っ……くぅ、ふぁ……」

 

大きく息を吸えば、反り返る身体のラインと同時に少しだけ浮き上がるなだらかな胸。これまた見慣れた入院着に覆われたそれらは、半ばお約束じみた今の菊月()の現状を正確に理解させ得る要素だった。

 

「あら、起きていましたか。おはようございます、菊月さん」

 

「明石か。……分かってはいたが、また眠りこけていたようだな、私は……」

 

自嘲するように言えば、明石はくすくすと含み笑いを漏らす。何となく気に障ったことを示すように鼻を鳴らせば、明石は更に笑みを深める。実に恥ずかしい、と菊月もぼやいていた。

 

「ふふ、今回はそう大した怪我はしていませんよ。どちらかと言えばおそらく疲労――になるのでしょうか、それが原因です。まあ、寝ぼすけさんだったことに変わりはありませんけれど、ね」

 

「……むう」

 

「苦しそうな顔じゃありませんでしたし、存分に頰っぺたも突っつかせて貰いました。いやー、皆さんの寝顔は元気の源ですね!」

 

胸を張ってそう言う明石に一抹の不安さを覚える。彼女もこの二段作戦で心労が溜まっていたのだろうか。少しの懸念を感じる『菊月』に頷きつつ、『俺』は口を開く。

 

「……そろそろ、この寝ぼすけにも現状の説明をしてくれると有り難いのだがな」

 

「ああ、すいません。――と言っても、それほど重要な連絡事項は無いんですよ」

 

「と、言うと?」

 

「ええとですね。まず、二段作戦に関しては終了しました。南方の敵艦隊、海域最深部の敵艦隊旗艦隊を撃滅し、今は後詰めや他の鎮守府、他の基地の艦娘達が海域の掃討・警備を行っています。完全勝利、私たちの勝ちですよ」

 

「……そうか、良かった。姉妹や仲間達は?」

 

「菊月さんの姉妹や、第一艦隊を始めとした皆さんもそれなりの損傷をしていましたが、今はいずれも修復は完了しています。大破している幾つかの艤装の持ち主の方が出撃できない以外は、概ね問題ありませんよ――あ、艤装と言えば」

 

明石の言葉に、菊月()は小さく頷いた。彼女の口から出る言葉がどんなものか、理解していたからだ。

 

「……ああ。済まない明石、お前に鍛えて貰った『護月』を喪失してしまった」

 

「そうですね。ですが、艤装とはやはり使われる為にあるものです。最期のその時まできちんと使って貰った結果の喪失ならば、『護月』も無念を抱いてはいないでしょう」

 

「……そう、か。そうだと、有難いな」

 

俺と明石の間に、暫しの沈黙が訪れる。窓から吹き込む冷たい風が、カーテンをふわりと舞い上げた。そこから覗く海は、いつもと変わらずに青い。風に吹かれてぶるりと身体を震わせると、明石が布団を掛けてきた。そしてそのまま彼女は、

 

「それで、菊月さん。『護月』は喪われてしまいましたが、あなたはいつも二刀を提げて出撃していました。新しいものを鍛つならば、またお話を聞くことになりますけれど、どうします?」

 

明石からの問いかけに、少し黙り込む。頭の中で巡らせるのは、二刀を使うことの利点。深海棲艦の現状や自身の練度、仲間との足並み、砲雷撃と比較しての戦術。それらを思考し『菊月』と向き合う。向き合った上で、俺達の用意していた結論は全く同じだった。

 

「いや……不要だ。これからは一刀で構わない」

 

深海棲艦の装甲が刃を通さなくなって来ている現状、重視するべきは本来の砲雷撃戦だ。駆逐艦の本分は高機動戦闘だとは言っても、接近するのは雷撃距離までだろう。ならば二刀を構えるよりも、砲と刀を片手ずつに持つ方が状況に対応もし易い。そして何より、

 

「色々と理由はあるが、あれは……『護月』は、私の意志、私の願いを名に冠したものだからな。折れたからと言って変える訳にも行くまい……」

 

「――はい、分かりました。それでは菊月さんの艤装の修復は、背部艤装のみをさせて頂きますね」

 

「ああ、頼む。……報告は終わりか? もしそうならば、私は部屋に戻りたいのだが」

 

「そうですね、報告は以上です――っと、ごめんなさい。もう一つ報告、というよりお伝えしたいことがあります」

 

慌てた風に言葉を繋げた明石に、「なんだ」と問い返す。問い返せば、明石は少しだけ表情を険しくして口を開いた。

 

「ええと、その前に一つお願いしても良いですか?」

 

「……別に構わんが」

 

「ありがとうございます。――その、報告に上がっていました、黄金の気焔(オーラ)。それを今、見せて貰いたいのです」

 

「分かった。何故そんなものを見たがるのかは分からんがな……」

 

「ああ、出来れば立ってお願いします」

 

明石の言葉に、無言でベッドから這いずり出る。すとんと裸足で着地すれば明石も椅子から立ち上がり、対等だった目線が彼女の顔を見上げるものへと変わった。

 

「……では行くぞ――っ、ふっ!」

 

全身に力を込め、魂を燃やす。全身に広がった『俺』の意志がどんどんと押し出されるように、金色の気焔が全身から立ち昇る。

 

「……これで良いか?」

 

「はい、ありがとうございます。それでは収めてください」

 

「ふむ……。実際のところ、何が何やらなのだが――あ、?」

 

気焔を収める――と同時に、がくんと、ふわりと、全身から力が抜けた。糸の切れた人形のように床に倒れ込……む寸前、しゃがんだ明石に身体を抱きとめられる。そのまま抱き上げられ、菊月()は再度ベッドに寝かせられた。

 

「試すような真似を、というか実際試してしまったんですが。すみませんでした、菊月さん。そして、やっぱり菊月さんが眠っていた原因が分かりましたよ」

 

「……あ、あ?」

 

意識ははっきりとしている。が、何故か思うように声が出せない。まるで身体だけが、俺の意識から外れているような感覚。だが、明石の言う原因とやらは容易に推察できた。態々こんなことをされれば当然だろう。

 

「今回目立った損傷も無かった菊月さんが寝込んだのは、やはりその金色の気焔が原因です。何故そうなるのかの原理は分かりませんが、間違いないでしょう。恐らくは、症状から見て極度の疲労とエネルギーの喪失、と思いますが。燐光(キラキラ)を纏い燃料を燃やし尽くした大和さんが一気に動けなくなったのと同じ――少なくともそれと似たものではないか、と。違うのは、その燃費ですかね。あなたのそれは、異様に燃費が悪い」

 

「……ん、あ。……ふ、睦月型駆逐艦に対して、燃費が悪いとは。面白い冗談だ……」

 

「ええ、全く。そして、これで理解したと思いますが、くれぐれも戦闘であの金色の気焔を使わないようにして下さい。理由は言わずもがなでしょう?」

 

「……ああ、理解したさ」

 

たった数秒纏い直立するだけで、纏い終わった直後に崩れ落ちるような代物ならば、纏ったまま海を駆ければどうなるかは想像に難くない。それどころか一度体験しているのだ。……しかし、必要があれば俺はまた使うだろう。これも言うまでもないことだが。

 

「よし! それでは、本当に伝達すべき事は全て終わりです!」

 

「ああ、世話になったな明石。今度また、間宮でも奢るさ」

 

明石に礼を言い、ベッドから降り立つ。休憩したからか足元がふらつくこともなく、問題なく立つことが出来た。そのまま制服に着替え、扉を開く。

開け放った南の窓から吹き付ける風に背中を押されるように、菊月()は部屋を後にしたのだった。




次回から日常回だー!

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