私が菊月(偽)だ。   作:ディム

230 / 276
でもまだ今回では旅行に行きません。今回は導入です。


間章
艦娘御一行様三泊四日温泉旅行、その一


ざわざわと声が響く講堂の一角。時刻は午前八時、朝の日差しが窓から斜めに差し込んでいる。天気は晴天、風は少し。海に出たならばさぞ気持ちの良いことだろうと想像させる気候だった。

 

「……しかし、なんの集まりだろうな、これは」

 

「はい、どうしましたお姉ちゃん?」

 

「いやな、三日月。こうして集合しなければならない予定などあったかと思ってな。私には心当たりは無いのだが……長月、卯月、お前たちは何か知っているか?」

 

「いや、私も知らんな。しかしこうも集合をかけるとなれば、只事では無いだろう。そうだな、例えば――先日の作戦のように、またどこぞで深海棲艦の大群を発見した、とかな」

 

「それならうーちゃん達にも何かしらの情報は入ってるはずっぴょん。それに、作戦が終わってから二週間ちょっと経ったけど、最近の出撃も巡回もほっとんど戦闘無かったしそれは考えにくいっぴょん」

 

「いや、どうかな。敵は深海棲艦だ、私達の都合など考えてはくれまい? ――だがまあ、言っておいて何だが私もそれは無いと思うさ。一体何なんだろうな」

 

ああでもない、こうでもないと議論を交わし始めた卯月と長月。それを尻目に見ていると、不意に後ろから肩を叩かれた。振り向く――と同時に、頬を突かれる感覚。

 

「……あまり幼稚なことをするな、如月」

 

「あら、幼稚じゃないわよ。ちょっと菊月ちゃんの頬っぺたを触りたくなってね」

 

一人だけ別用で遅れていた如月が、菊月()に悪戯を仕掛けていた。その姿はいつも通りの改二制服。その紺の袖を掴み手を下ろさせると、如月は楽しげにくすくすと笑った。

 

「あ、如月お姉ちゃん。どうしたんですか? なんだか楽しそうですけれど」

 

「うふふ、内緒よ。でも、きっともう直ぐ分かると思うわ」

 

「……まあ、お前がそう言うのであれば聞かんが――おっと」

 

言いかけたところで、講堂内のざわめきが少しずつ収まっていることに気付く。視線を動かせば、壇上に金剛の姿を見ることが出来た。それはつまり、もう直ぐ提督が姿を表すということである。

 

「しかし、時間から五分遅れか。提督にしては珍しいことだが――っ、来たな。口を噤まねば」

 

果たして、提督はゆっくりと壇上に姿を表した。いつも通りの軍服軍帽姿、しかしその目にはなぜか濃いクマがあるように見える。眠たそうな顔とは裏腹にいつも通りに艦隊の点呼を取る提督。欠席は、勿論ゼロだった。そうしてそこまでを確認した後に、提督はおもむろにマイクを取り、機材のいくつかのスイッチを入れ、

 

「諸君、改めておはよう」

 

放たれた言葉は講堂のスピーカーから拡声され――同時に、()()()()()()()()()()()()()()()から流れ出した。艦娘向けの連絡を全館に流す行為は珍しく、整列した艦娘達が少しだけざわついた。

 

「この時間帯の連絡は艦娘用だと事前に周知しておいたが、放送は全館に流している。また、現時間にどうしても必要な仕事をしているスタッフもいないと把握している。全員、手を止めて放送を聞いてくれ」

 

そう言って、提督は息を吸い込んだ。

 

「まずは君達全員に感謝を。先日の二面作戦は、君達のお陰で無事完遂された。これは我が麾下の艦娘、優秀な作業員、スタッフ、そのすべての尽力のお陰である。何度言ったか分からないほどだが、もう一度感謝を重ねておきたい。――さて、その二面作戦についてだが、ちょうど今日であれから二週間が経過した。そのうち一週間ほどは君達と南方方面の各基地の艦娘達とで哨戒に当たってもらっていたが、その際に普段との差異を感じた者もいた筈だ。艦娘ならば索敵や接敵に関して、作業員やスタッフならば彼女らの被弾率や修繕箇所等でな」

 

提督はそこで一度言葉を切り、水を飲んだ。一度大きく喉を鳴らし、再びマイクを手に取る。

 

「失礼した。先ほどの差異についてだが、恐らくは全員感じたことは同じだろう。即ち、予想される敵の規模・分布に比して、接敵回数が極端に少ないとな」

 

提督が言葉を切る。その合間、艦娘達は顔を見合わせてざわめいた。聞こえてくる内容はどれも、提督の話に頷くものばかり。かく言う菊月()も、内心で『菊月』と頷き合う。

 

「現在の南方海域方面は、敵の練度こそほぼ変わらないもののその数と分布域が極端に減少している状態にある。これについて、大淀と大本営はいくつかの討論を重ね一つの結論を導き出した。全員、よく理解しろよ――」

 

提督は大きく息を吸い、口元をにやりと歪めながらマイクに声を吹き込む。

 

「――即ち、『南方海域方面は現在、深海棲艦の主勢力圏から脱している』というものだ。どうだ、朗報だろう」

 

途端、艦娘達の動きがぴたりと止まった。告げられた事実は余りにも単純明快なもので、だからこそ信じ難く受け入れ難い。困惑しているのか、講堂外の他のスタッフ達の動きも……いや、鎮守府内のあらゆる者の動きが止まっているように、俺は感じた。それを受け止め、提督は嬉しそうに笑う。

 

「おいおい、伝わらなかったのか。なら、もう少し分かりやすく伝えるぞ。――我々人類は、深海棲艦との開戦以後初めて一つの海域を奪還した、とな」

 

「な……」

 

思わず零れた声を掻き消すように、鎮守府が揺れた。それは講堂の外、働いていた沢山の人間の歓声だった。空気を揺るがし此方まで伝播する歓喜に、艦娘()達のテンションも上がって行く。そうして誰かが歓喜の叫びを上げるのと同時に、講堂も大きく揺れた。湧き上がる喜びの声、隣の者と抱き合い喜びあう者。めいめいが喜びを感じている中、菊月()は『菊月』と向かい合っていた。

 

――やったぞ、菊月。

 

返事は無い。しかし、脳裏に閃く菊月の感情もまた、紛れも無い歓喜だった。手を握り締め達成感に浸っていると、不意に提督の声が聞こえた。ゆっくりと視線を上げる。提督は再び、マイクを手に握っていた。

 

「――おっと、気持ちは分かるがまずは話を聞くように。この結論はあくまで仮説ではあるが、それなり以上の信頼性がある。諸君らにはこの取り返した、人類の希望の一歩である海域を再び奪われないように鋭意奮闘して貰いたい。また、今回の奪還の直接的な原因となったのはやはり二面作戦において敵主力、敵旗艦艦隊、並びに後方奇襲部隊の全てを完全に撃破したことであるが、その立役者となった決戦艦隊――その旗艦、戦艦『大和』には大本営より特別に勲章が授与される。その打ち合わせは後日だが、今ここで伝達しておこう」

 

提督から伝えられる事実に、誇らしげに胸を張る大和。張り切っている姉に対し妹である武蔵も苦笑してはいるものの、彼女もやはり嬉しそうだ。

 

「そして、ここからが本題なのだが、今回の我が艦隊、我が鎮守府の活躍に免じて、大本営が全艦に一週間の休暇を与えてくれる。いいか、『全艦まとめて一週間の休暇』だ。また、作業員やスタッフらは半数ごとに交代で同じく一週間の休暇だ」

 

「な、それは本当デースか!? ワタシも聞いてないネー! 早く知ってたんなら、テイトクと二人きりの旅行を予約したのにーっ!」

 

「金剛、驚いたのは分かるが今は静かにしていろ。で、金剛が驚くのも無理は無いがこれは本当だ。――そして、旅行の方も抜かりないぞ金剛よ」

 

「――What's?」

 

「――諸君、よく聞きたまえ! 我々はこの一週間の休暇のうち三泊四日を使い、温泉旅行を決行することを宣言する!」

 

大歓声が巻き起こる。戦艦は目を輝かせ、軽巡重巡は飛び跳ね、駆逐艦は提督コールを発している。それを受けている提督は実に満足そうだが、菊月()は流石にこの流れには乗り切れない。なんてったって俺は『菊月』だし。

 

「艦娘以外のスタッフ達は交代制だから、前後二班に分かれて温泉旅行! 艦娘達は俺の引率で、スタッフ達とは別の温泉旅行!! と言うわけで、既に行き先は抑えてある! 日程持ち物行き先その他はこの私謹製の旅行のしおりに全て記載してあるぞ!」

 

「Hey,heyheyテイトクゥ! もしかしてテイトクが一昨日から徹夜して仕上げてた書類って、もしかしてこのしおりなんデスかーっ!?」

 

「はっはっは、その通り! お陰で最初、真面目な話をするのが苦痛で仕方がなかったぞ! ――それでは諸君、各自一部しおりを取り旅行に備えるように! では解散っ!!」

 

提督の勢いに同調するかのように、壇上に置かれたしおりの元へ殺到する艦娘達。その表情はどれも明るく朗らかで、彼女達が海を駆ける戦士だと言っても信じる者が居ないだろうと言うほどに美しい。それ故にその笑顔は尊い――尊いはずなのだが。

 

「……全く……」

 

何故だか菊月()は、盛大に脱力してしまったのだった。




温泉ッッ!!!

つまりッッ!!!

温泉旅館特有の備え付けのちょっと薄い温泉浴衣を着て遊んでちょっと裾とかはだけた菊月ッッッ!!!!!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。