私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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五月五日なので、何もしないわけにもいきません。
最近週間だったけどやれば書けることに気づきました。


『閑話』

ゆるやかに駆動する艤装から生み出される推力で、穏やかな海を駆けてゆく。周囲に敵影はなく、そもそもこの海域から敵は消え去っているはずだ。装備は単装砲が一門と、左腰に提げた『月光』。そして酸素魚雷と背部艤装、極めてオーソドックスかつ菊月()にとって最小限。

 

――波もない。風もない。いつもこれだけ穏やかならば良いのだが。

 

口に出すことなく独りごちる。優しく照りつける太陽に目をやると、一瞬だけ吹いた南風が髪と頬を撫でた。

 

――五月五日。世間ではこどもの日、正確には端午の節句と称されるこの日には、もう一つ重要な意味がある……俺たちにとっては、だが。その重要な意味のために、朝から浮き足立った鎮守府を離れて菊月()は一人海を進んでいた。目指すべき場所は、もう近く。

 

「……ん、葉っぱが浮かんでいるな。そう言えば何度か似たものを見かけたが、珍しい潮の流れでもあるのだろうか」

 

足元から沸き立つ白波で、海面を漂う木の葉を揺らす。波間に揺れたそれはしかし沈むことなく、潮に導かれて北へ流れて行った。

 

「……しかし、海を征くのも慣れたものだ。こうも周囲に何もなくとも、方角と距離と波が手に取るように分かるのだから」

 

これは艦娘としての機能だろう。基本的なそれを強化、補助するためには様々な機械やら電探やら、あるいは地図やらを使う必要はあるが。今回も、万一に備えて地図と方位磁針は艤装に格納しておいた。

 

そして、その中にはもう一つ。

 

「……さて、そろそろ見えてきたな……」

 

水平線の彼方に浮かぶ島々。生い茂る緑が海の青によく映えるそれら――言わずと知れたツラギの島々。次第に近づいてくるそれらに感傷を抱く『菊月』の感情を、『俺』は細かに捉えた。そうして、艤装からひと抱えの花束を取り出す。

 

そう、五月五日は駆逐艦『菊月』の戦没日。菊月()は、今日この日にこの島に花束を供えに来たのだ。

 

「……よっ、と。明石に取り替えて貰った新しい背部艤装も、中々良く馴染む。今まで背負っていたものが試作型だとは聞いていたが、あれよりも安定性が増した気がするな」

 

ここに来ることを明石に告げれば、いい機会だからと交換させられた背部艤装。皐月以下の睦月型駆逐艦が装備する為のそれらだが、菊月()が使っていたのはその試作型だった。いずれ制式採用のものに取り替える予定だったのが色々と(・・・)立て込んだ都合で慣らしも出来ず、ずるずると試作型を使い続けていたのだが、今回深海棲艦の姿が無くなった海に出るということでようやく交換されることになった。そうして背負った制式型は、他の姉妹のものと同じ色をしている。

 

「私個人としては、あのマットな白色の艤装も中々センスが良いと思うのだが……。あれは、試験用に回されるのだったか」

 

波の音以外何も聞こえないからか、自然と口を注いで出る独り言。誰に咎められる訳でもなく喋り続け、耳を癒しながら海岸を歩く。そうして、しばらく歩くとそこが見えてきた。

 

「…………」

 

浅い海。

何かを引き摺ったような跡。

錆の欠片の残る砂浜。

そして――脳裏に強く残る寂寞の記憶と合致するその場所。

 

「……ほとんど残っていないか。まあ、当然と言えば当然だが……ふっ、ひどい姿だな」

 

雨風に晒されただけではなく、リコリス――もとい、飛行場姫だった頃のあいつに良いように弄ばれ沈められたかつての船体は、もうほとんど残っていなかった。僅かに残る船首部分と砲身、そして海面から突き出した胴の一部分だけがその面影を残すのみ。分かっていたことだったが、やはり大きなショックを受けた。

 

「……慰霊碑でも建てたい、か。私も同感だ、『菊月』。――彼らには、随分と世話になったからな」

 

脳裏に閃く『菊月』の声と、呼応するように会話する。会話して、菊月()はその船首の部分に腰掛けた。錆びた甲板の名残が、ぼろぼろと崩れ落ちる。そうして、そこから目にした海は、

 

「……ああ、なるほど。お前は、お前はずっと独りでこの海を見続けていたんだな……」

 

寂しい。波の音だけが響き渡るこの海岸に、それ以外の言葉は見つからないだろう。どこまでも透き通る海は果てしない距離を感じさせ、澄んだ空はそこに何もないことを否応なく実感させる。そうして少しずつ錆びゆき朽ちゆく寂寥に、どうして耐えられるだろうか。今まではイメージでしか感じたことの無かったそれを、菊月()は実感として強く抱いた。

 

「……」

 

何か言おうと口を開くものの、そこから溢れる言葉は見つからなかった。陽のあたっている、しかし冷たい甲板を撫でる。ざらりとした手触りが、菊月()の指を擦った。

口を噤み、花束から抜き取った花を船体に供えてゆく。その一つ一つ、束ねられた花たちには『菊月』の想いが篭っている。

ありがとう。寂しくないか。私はここにいる。

そんな温かい気持ちを同時に感じつつ、献花をおよそ半分ほど供えたところで、大きな風が吹いた。

 

「む……」

 

風に煽られて空に舞った花たちは、遠く海面に落ちる。流されてゆくそれらの行方が気になった菊月()は、しばしその姿を見つめ続けた。向かっているのは北、流されていた木の葉の向かうのと同じ方角。

 

「……まあ、一日分の休みは貰っているからな。見に行ってみるか」

 

なんとなく気になった行き先を追うように、艤装を震わせ海に出る。それほど速くない花の流れに追いつくことは簡単だったが、よく見れば木の葉や枯れ木が点々と遠くまで続いている。まるで道標のように連なるそれらを追ってぐんぐんと海を駆ければ、遠くに開けた一つの島が見える。それは、『俺』にとってなんとも縁のある場所だった。

 

「……はは、まさか。……おいおい」

 

それなりに生い茂った木々。狭い島の中央にある綺麗な泉。そして海岸に流れ着いているいくつかの鉄屑――そして、今も横たえられたままの半壊した駆逐イ級の亡骸と、ランドセル状に加工された錆び付いたドラム缶。

 

ここは、『俺』の目覚めた島だった。

 

「……まあ、皐月たちの脱走ルートからおおよその位置は把握していたが……まさかここに繋がっていたとはな。面白いこともあるものだ――む」

 

苦笑しつつ海岸を歩き、島の外周をぐるりと巡る。その過程で、どこがで見たような何かが打ち上げられているのが分かった。それは錆鉄の破片だったり、深海棲艦の残骸の欠片だったり、あるいは――

 

「……う、腕……」

 

ツラギ沖でかつて斬り飛ばした、リコリスの片腕だったりした。

 

「潮の流れの関係で、あの海域で沈んだものがここに流れてくるのならば、まあ可笑しなことではないが……いや、一体これはなんなのさ」

 

顔を引き攣らせながら、とりあえず献花。手を合わせておく。一通り拝んだ後、菊月()はイ級のところまで戻ってきた。

 

「……そういえば、お前にも苦戦させられた。遠い昔のような気がするよ……安らかに眠れ」

 

残った数本の花を、その亡骸に捧げる。しっかりと手を合わせた後、振り返らずに島を後にした。点々と続く道標を逆に辿り、ツラギの菊月のもとへ。一息ついて船体に腰掛け、おにぎりを口に運ぶ。

 

――今日、やりたいことは全て終わった。『菊月』へ花を供えられたし、これで明日からもまた頑張れる。心に力が漲るようだ。面白い経験もしたしな。

 

俺は空想する。

 

だが、そうだな。もし、この海で沈んだものが全てあの潮に乗り、あの島に流れ着くのであれば、あるいは――

 




なので、とりあえず伏線っぽいものをやたら入れてみました。

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