けど菊月が可愛い!!
坂道を登り切り、バスがゆっくりと停車する。小さな反動。前のめりになった身体をそのまま立ち上がらせれば、隣で寝ている三日月の肩を揺さぶった。
「んん〜っ、なんですか、もう」
「……寝ぼけているのか。まあいい、着いたぞ三日月……」
それだけ言って椅子から降りる――と同時に、寸前まで寝ていた筈の三日月が飛び起きてバスから駆け下りていった。思わず呆然とする――間も無く、後ろの席からずいずいと押しくる艦娘達に思い切り押し運ばれた。振り返れば、先頭に居たのは黒いリボンをぴこぴこと揺らしている戦友……島風。
「おっそーい!」
「いや、おっそーいではなくお前が速いのだ……ぬおっ!?」
三段四段ほどのタラップを転げ降りる。思わずたたらを踏み、押しのけてくれた島風に文句の一つでも言ってやろうかと背後を振り向く。しかし、そこに彼女の姿は無かった。
「……なん、だと」
というか、誰もいなかったし何も無かった。そこにあったのはただ一つ、
「おや、遅いな菊月。他の子達はみんなもう自分に割り当てられた部屋に行ったぞ?」
「速くないかっ!? いや、もしやこれは私が遅いだけなのだろうか……」
「なんでもいいが、お前も早く部屋に行ったらどうだ。ほれこの通りそれなりに大きな旅館だ、海と山だが景色も良いはずだぞ? それに、露天風呂も捨て難いな。そこから見える景色は昼は当然ながら、夜は対岸の夜景とそれを写した海がとても綺麗らしい。無論、お前達がそれなりに詰めても大丈夫な広さも魅力的だな」
「……提督の場合、その露天風呂が混浴だという点にこそ魅力を感じていそうなのだが。まさか、図星では無いだろうな?」
「い、いやいや。あはは、そんな筈ないデース」
「いつから金剛になったのだ、提督は。……まあいい、私も部屋に向かう。提督もここまでお疲れ様だ、しばらくゆっくりと羽を伸ばすがいい……」
談笑を交わし、荷物を持つ。長い紐を肩にかければ、様々な物資の詰め込まれた鞄はずっしりとした存在感を放っていた。それを引き連れ、自動ドアをくぐって館内へ。やはり貸切ではない旅館のロビーには、艦娘でない人たちがまばらに立っていた。
「……さて、部屋は六階だったな。まずは荷物を置いて、一息ついてからどうするか決めるか……」
「それよりも、先に浴衣選んどかないと駄目よ菊月」
不意に掛けられた声。見知ったその声の主の方を向けば、ツインテールがひょこりと揺れた。勝気な声、陽炎だ。半袖のシャツにベスト、ミニスカートの活発そうな私服がよく似合っている。
「浴衣、か。忘れていた、備え付けの物があるのだったか……?」
「そうそう、この棚。ほら、サイズ別に色々あるけど――菊月の場合、チャイルドサイズよね」
「……むう。かく言うお前も似たようなものではないか」
「あたしはアンタよりもう少し大きいわよ。ジュニアサイズ。ま、殆ど変わらないってのは否定出来ないけどね。で、柄はどれにするのよ。やっぱり菊月だからこの青の矢絣模様?」
「……それは男性向けだろう」
男性向けを着ないということに一抹の複雑さを覚えつつ、手に取ったのは桜吹雪。淡い水色の生地に桜花の散っている模様のそれは、涼やかさを思い起こさせた。それを片手に持ちつつ、陽炎と歩きエレベーターに乗る。俺が押すのは六階、彼女が押すのは二階だ。
「私はこれにする。やはり日本の誇りを背負った艦娘たる者、桜花を選ばねばな……」
「ふぅん、ま、良いんじゃない。あたしは別に何も気にしてないけど。じゃ、先にお風呂行ってるから気が向いたら来なさいよね」
「うむ……」
揚々と駆けてゆく陽炎を見送れば、エレベーターの扉が閉じる。お世辞にも広いとは言えないその空間に一人、静まり返ったそこに響くのは機械の駆動する重低音だけ。その音に、何故だか無性に楽しさを掻き立てられた。
――どんな部屋だろう?
――どんな景色だろう?
――みんなと、どんなことが出来るだろう?
菊月から伝わってくる好奇心が臨界に達する。それとほぼ同じようにして、エレベーターの扉が開いた。一歩踏み出せば、そこには柔らかいカーペットが敷かれていた。オレンジ色の暖かい照明に、似た色の壁と長い廊下。どことなくドイツのことを思い出し、懐かしさを覚えた。
「そう言えば、マックスやレーベ達は元気だろうか。U-511と揃いのディアンドルも、また着ねばなるまいな……」
独りごちながら廊下を歩く。目指しているのはロクマルハチ号室、廊下の端の方にある部屋。
「――お姉ちゃんっ!!」
……開くと同時に、三日月に腕を掴まれた。急いで靴を脱ぎ、引き摺られるままに室内へ。
「ほら、とっても綺麗!」
「部屋も広いぞっ!」
「すっごいわくわくするっぴょん!!」
そこには、部屋の中を興奮した様子で跳ね回る、めいめいに旅情を満喫する姉妹達がいた。その様子を見ているだけで、『菊月』も釣られてテンションが上がってゆくのが手に取るように理解できた。
「……おい。まあ、そのはしゃぐ気持ちは分からなくもないが少し――」
「――やっと来たっぴょん! 遅いっぴょん、待ちくたびれたっぴょん!! さ、ぐずぐずしないで行くぴょんよ!」
「な、な……!? おい卯月、何処へ行くつもりだ……!?」
三日月が離したばかりの手をぐいっ掴まれ、扉の方へ引っ張られる。あまりの勢いに鞄を床に落とす。たたらを踏んで引き摺られれば、卯月は正に耐えきれないとばかりに叫んだ。
「どこって、そんなの勿論決まってるっぴょん! 温泉なんだから――露天風呂っぴょぉぉぉおん!!」
卯月の言葉に姉妹達が雄叫びを上げる。いつのまに姉妹はこんな子たちになってしまったのかと嘆息すれば、『菊月』がぎくりと冷や汗を掻いた。その様子に更に肩を落としつつ――
「……ふふっ」
気づかれないようにくすりと笑い、
つまり
次回は
露天風呂