私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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卓球してるだけ回。

Q:なんでこんなに日常回ばっかり続くのさ。

A:それはね、この温泉編が終われば戦闘戦闘アンド戦闘だからだよ!


艦娘御一行様三泊四日温泉旅行、その七

――神経が研ぎ澄まされ、一瞬が永遠に引き伸ばされる。はじまりはごく小さな音、たった一つのそれをきっかけとして菊月()へと向かって音速の弾丸が放たれる。

 

「……くうっ!」

 

左に小さくステップし、弾丸の軌道から身体を退避させる。片足を軸に身体を半身にすれば、疾走する弾丸の軌道と並行になるように体位を変えた。一秒、二秒、三秒――好機を待ち、敵の動きを読み、最高のタイミングで、

 

「……喰らえっ!」

 

一閃。意趣返しのように、此方を睨む敵へ弾丸を撃ち出した。飛翔する弾丸を弾き出すイメージは単装砲のトリガーと砲口から吐き出される砲弾、しかし動かす腕のイメージは刀を握り、深海棲艦を斬り捨てる時と同じもの。外側から内側に、撫で斬るように滑らせるように、軸足とした右足から左足に体重を移動させながら、手首を捻り右腕を加速させ――

吐き出される砲弾、しかし動かす腕のイメージは刀を握り、深海棲艦を斬り捨てる時と同じもの。外側から内側に、撫で斬るように滑らせるように、軸足とした右足から左足に体重を移動させながら、手首を捻り右腕を加速させ――

 

「……ドライブショットだ……っ!!」

 

「なあーーっ!!?」

 

浴衣の袖と裾がふわりと舞い上がり、オレンジ色のピンポン球が疾る。海のように青い卓球台の上でバウンドしたそれは不規則に加速し対峙する長月の横をすり抜け、小気味良い音を立てて板張りの床に落着した。

 

「はいっ、問題ありません! お姉ちゃんに一点です!」

 

審判役を務める三日月のジャッジで菊月()に一点が入る。ゲームの内容は、言わずと知れた卓球である。

 

風呂上がりの夕食も済ませた――ちなみに今日の夕食は和食バイキング形式だった――菊月()と姉妹達は、食事場所である大広間からの帰り道でプレイルームを発見した。一足先にそこで卓球台やビリヤードに興じていた艦娘達によると、提督と旅館の許可を取れば使用して良いとのこと。やりたいと昂ぶる卯月に引き摺られる形で許可を取り、しかし結局開始三十分ほどで卯月の興味はビリヤードに移り――

 

「くっ、菊月! 次の一点は私が取らせて貰うぞ――せいっ!」

 

「……ふん、お前に私の技が見切れるか……!」

 

「ドライブショットか、それならっ!」

 

「甘い、カットだっ!」

 

「なあーーっ!!?」

 

――残された俺達はこうして延々と、入れ代わり立ち代わりで総当たりのワンオンワンを繰り広げているという訳だったりする。

 

「これで十点めですね。お姉ちゃんの勝ちですっ!」

 

だがまあ、そんなに本格的なルールでやっている訳ではない。十点先取で勝ち残り、負けたら別の姉妹と交代。今回は五点あたりまでは結構な接戦を繰り広げていた菊月()と長月だったのだが……

 

「……それにしても長月。お前、搦め手に弱いようだな」

 

「ぐぬっ――う、うるさいっ。そもそもなんだ、その打ち方は! 卑怯だぞっ!?」

 

「卑怯も何も、これは歴とした技術だ……予想以上に打球が変化するとは思うが、な。何だったら、お前も同じことをしてくれて構わぬが……?」

 

「私が出来ないから言っているんだっ!」

 

「長月ちゃん、こういう細かい手業に関しては不器用だものねぇ」

 

菊月()と長月の言い争いに、如月が苦笑しつつ口を挟む。

如月の言った通り、実は長月は小技や細かい作業の類を苦手とする。こと戦闘に限ればそうではないあたり、やはり艦娘の存在意義とはそういうこと(・・・・・・)か、などと思ってしまう。そうやってつらつらと考えを巡らせていると、不意に長月が咆哮を上げた。

 

「菊月っ! もう一回だ、もう一点だけ頼むっ!」

 

「……そう言われてもな。私でなく、次に交代する予定の三日月と如月に聞いてくれ」

 

「三日月ぃっ、頼む! 私に、菊月に一矢報いる機会をくれっ!」

 

「もうっ。そんなに頼まれちゃ断れないじゃないですか。一回だけなら良いですよね、如月お姉ちゃん?」

 

「ええ、構わないわよ。頑張ってね、長月ちゃん?」

 

「勿論だ! さあ、菊月――来いっ!」

 

帯が緩み裾が肌蹴た浴衣を靡かせ、鼻息荒く長月が向かいのコートに陣取る。『俺』的にはその緩んだ胸元や腰から色々と見えそうなのが心配というか期待というか複雑な心境なのであるが、ムキになってしまった長月は居住まいを正せと言っても決着が着くまでは此方の話を聞かないだろう。ならば、やるべき事は一つ。

 

「……ふん、ならば長月。流石にそれほど着崩れていると品が無いのでな。この一点が終わればさっさと着付け直せ。いいな?」

 

「ああ、分かった。――が、それを言うならお前の服装も酷いと思うぞ。胸元がほとんど肌蹴ているし、太ももも丸見えではないか」

 

「な……っ。よし、ならばこの一点が済み次第何方もきちんと居住まいを正す。いいな?

 

「うむ、そうしよう。今は女しかいないとはいえ、他のお客や提督が入ってこないとも限らんしな」

 

「さっさと済ませた方が良い、か。――サーブはやろう。返す一球で仕留めてやる……!」

 

出来る範囲で襟を正す。胸元は隠れたが太ももは見えたまま、けれどそれが『俺』的にはご褒美だったりする。

高揚する精神のままに余裕の笑みを浮かべながら、左手に持ったピンポン球を投げ渡す。同時に投げかけた陳腐な挑発は効果を発揮せず、極めて集中した様子で長月はラケットを握った。一瞬の硬直。次の瞬間、高く投げ上げられる橙球が気迫と共に打ち出された。

 

「どうだ、純粋な球威なら私が一番強いんだっ!」

 

「力が全てでは無い。身体の使い方と技こそ極意……喰らえ、ドライブ――」

 

菊月()は右腕を大きく肩を回すように動かす。握ったラケットを前方へ倒し、腕全体を稼働させる。腕も身体もピンポン球へ向けて一直線に狙いを定め、全身運動の反動で直した胸元が再度肌蹴る。そうして全力で腕を振りかぶった瞬間、

 

「――読んでいるぞッ、菊月っ! 肩を大きく回すその動きこそドライブショットの証左――」

 

集中し切った長月の鋭い双眸が、菊月()の挙動を捉えた。ドライブを見切ったと宣言し、返球の為に一歩下がる。彼女はそのままラケットを大きく振りかぶり、全力を込める態勢を取った。

その一連の動きに、菊月()は堪らず笑みを零し――

 

「――と見せかけてのカット」

 

「うなぁぁぁぁぁぁあっ!!?!?」

 

返球の瞬間に脱力し、手首を十全に機能させて小さくカット。艦娘の動体視力と身体能力を以ってすればこの程度は容易いことで、フェイント気味に放った一打はこれ以上無いほど完璧に決まった。

 

「敵艦撃破……完全勝利S、だな」

 

ネットを越えてすぐのところに落ちたボールにしがみつこうとした長月は、崩れた浴衣の裾を踏んでコートに顔面から倒れこんで沈黙する。コートに突っ伏したままぴくぴくと震える長月にとどめの一言を投げかければ、彼女はそのままずるずると崩折れた。

 

「うわー、菊月ちゃん酷いわねえ」

 

「何を言う。勝負ごとで手を抜くのは相手に対する侮辱だろう。……それに、先程長月にはバイキングセットで私が一番綺麗に作れたソフトクリームを食べられたからな。この程度は仕方が無いだろう」

 

内なる『菊月』の猛りのままに暴れてしまった形になったが、良いスキンシップになっただろう。特に最近は長月とあまり遊ぶことも出来ていなかったし、『菊月』も姉と戯れることが出来て満足のようだ。

 

「ぐ、ぐぬぬ――菊月っ! 明日は、明日は勝つからなっ!」

 

ぐぬぬと悔しがる長月に和まされながら、菊月()は次の三日月と如月の対決を観戦するべく卓球台のそばの椅子に座ったのだった。




長月もかわいいね。
ちなみにこのあと、来襲した武蔵の圧倒的パワーでもって菊月たちは蹂躙されたようです。

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