私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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今回も夜温泉。つまり伏線ですね。

そして皆さま、今回はぜひあとがきまで読んでください!


艦娘御一行様三泊四日温泉旅行、その十一

吹き抜ける風が髪を撫で、火照った身体を鎮める。ふう、と息を吐いて目を開ければ、そこに浮かんでいるものは月。冷水で冷やしたタオルを桶から取り出し、岩肌と首の間に挟むように置いてそれにもたれかかれば、息だけではなく声まで漏れた。

 

「ふぅ……」

 

加賀との買い物から戻り、全員での夕食――今夜は立食形式のバイキングだった――を済ませ、長い夜の入り口を姉妹達と遊び、大浴場でその汗を流す。それが済めば姉妹達と共に、第六駆逐隊の部屋まで出かけてパジャマパーティー。第六駆逐隊の面々だけでなく吹雪や陽炎型の数人、秋月達まで加えたそれは『俺』の贔屓目を抜きにしても華やかなものだったと言えよう。

 

「……贅沢にも程があるな……」

 

そして、最後の夜更かし勢もみんなが寝静まったこの午前二時過ぎ。菊月()は一人部屋を抜け出し、旅館の裏手で汗を流した。旅行と言えども二日以上のサボりは実力の低下を招く、と取り組んだ訓練で、持ってきたジャージは汗でびしょ濡れになる。故に、菊月()はそのままジャージを旅館備え付けのランドリーに放り込み、こうして二度目の風呂に出向いたという訳だ。

 

「二度風呂、三度風呂こそが温泉の醍醐味だろう。……ふむ、一眠りしたら朝風呂に入るのも良いかも知れぬな……」

 

言って、こてんと頭を後ろに倒す。結ってもいない髪が石畳の上に広がるが、それを咎める者は誰もいない。昨日の夜こそ陽炎と遭遇したが、やはりこの時間は人が来ないものだなと実感する。そうして、ふっと笑みを漏らした時、徐に露天風呂の扉が開かれた音がした。

 

「あら、やっぱり菊月ね。今日はあなたと縁があるのかしら」

 

「……もう今日ではないぞ、加賀。しかしどうしたこんな時間に、重巡に空母、戦艦組は今日も酒盛りではなかったのか」

 

「今日はそこそこでお開きよ、明日に備えてね」

 

入ってきた艦娘は、昨日一日をほぼ一緒に過ごした加賀。その加賀の方へと視線を向けると、彼女は抜群のスタイルをタオルで隠しながらシャワーの前へと腰を下ろす。湯の流れ出す音が聞こえると同時に、菊月()はそこから目を逸らして月を見上げた。

 

「隣、失礼するわね」

 

何をするでもな暫く月を見上げていると、シャワーの音が止む。そのまま足音と共に此方へ近付いてきた加賀は、タオルを脇の桶に置くとゆっくりと菊月()の隣に腰を下ろした。

 

「……別に、わざわざ隣に座る必要は無いと思うが」

 

「ええ、そうね。けど、話を聞きたくなって。こんな旅館にまで来て、夜遅くに一人で訓練してるあなたの話しをね」

 

「……なんだ、見ていたのか」

 

「部屋の窓からだけれど。だから私は露天風呂に来たのよ」

 

「声を掛けてくれれば良かったものを。……で? 露天風呂にまで出張って、何が聞きたいのだ」

 

「大したことでは無いのだけれどね。なんで、こんな旅行にまで来て訓練をしているのか気になって」

 

隣に座り込んだまま、此方へ顔も向けずに問いかける加賀の言葉に黙り込む。質問の意図を考え、どう答えるべきか数瞬悩み、

 

「何故、と言われても……何も。ただ訓練せねばならぬからするだけだ」

 

結局、考えていることをそのまま口に出した。

 

「しなければならないから、するだけ。そう――でも、私は数日息を抜くくらい大丈夫だと思うのだけれど」

 

ともすれば「怠けてもいい」という意味にすら取れそうな加賀の言葉。だが、これだけ長い付き合いをしているのだ、彼女が言わんとしていることは分かる。即ち、それは心配。ただ単に偶には休んでいいのではという意味でなく、こんな時にまでたった一人で訓練をする菊月()のことを気遣ってくれているのだろう。

 

「……その気遣いに感謝する。だが、やはりそう簡単に休めはせぬのだ」

 

「それは、何故かしら」

 

「ふむ……では、逆に少し質問させて貰う。加賀、お前は私のことを強いと思うか?」

 

向けられる質問を質問で切り返す。そのことに少しばかり面食らった様子の加賀であったが、表情を少しも動かすことなく口を開く。

 

「ええ、強いと思うわ。私の主観としても、いままであなたが挙げた実績を鑑みても」

 

「……そうか。なら、二つ目だ。お前は、私の強さとは何だと思う?」

 

「――そうね。誰よりも真っ先に敵陣に突っ込む勇猛さと、深海棲艦の攻撃に対する対応性、あとはやはり、剣戟による大物食いかしら」

 

「まあ、そんなところだろうな。では、三つ目だ。――加賀、お前なら、『菊月(わたし)』の性能(スペック)はどう評する?」

 

「そうね。駆逐艦、それも最新型でもないにも関わらず、その戦技で以って多大なる戦果を――ああ、成る程。あなたはそれを気にしていたのね」

 

加賀の言葉に首肯する。

 

「ああ。菊月()――あるいは睦月型駆逐艦は、純粋な性能で言えば駆逐艦の中でも下の方だ。そればかりは、泣こうが喚こうがどうにもならない。なら、私にできることはただ誰にも負けない技術を身につけることと、それを忘れないようにすることだけだ」

 

「なら、さっきの訓練は自分の感覚が鈍らないようにするためのものだったのね」

 

「うむ。……これで良いか?」

 

ちらり、と横目で加賀に問いかける。視線の先にいる加賀は湯に上気し、白く滑らかな肌をほんのりと桃色に染めている。控えめに言って非常に艶やかと言わざるを得ない――なお、『菊月』はそのスタイルと色気に内心羨ましさを抱いている――などと内心頷いていると、不意に彼女は此方に顔を向けた。そして、そのまま口を開く。

 

「ええ、そうね――本当にそれだけだったのなら良いけど」

 

「……本当に、とは?」

 

「訓練の内容と量が不自然よ。身体に染み込ませた動きを忘れないようにするなら、型や素振り、軽い運動だけでも問題ない筈。けれど、あなたは海に出た(・・・・)わね? それも、一々きちんと提督に許可まで取って」

 

「……そこから見られていたとはな」

 

「まあ、本当にそれを疑問として捉えたのはあなたの言葉を聞いてからだけど。――あなた、自分で思ってる以上に隠し事が下手よ。特に、私達みたいに長い付き合いなら直ぐに見破れるわ」

 

口角を上げながらそう断ずる加賀に、つい笑いが漏れてしまう。彼女に対して散々分かりやすいと言っておきながら、その実此方も同じだったとは。『菊月』と二人で苦笑し合い、彼女の方が一枚上手だったかと息を吐く。そうして、

 

「……ふ、お互い様だったということか。ああ、その通り隠し事をしているよ――そして、この後に及んでもう隠す気はない」

 

「なら、聞かせてくれるということ?」

 

「どうしても隠すほど、高尚なものでもあるまい。……そう、だな。まあ、端的に言うとだな。……負けたくないんだ」

 

零したのは、『菊月』と『俺』が共通して持つ思い。

 

「どういうことかしら」

 

「そのままの意味だ。……私達睦月型は性能が低い。それは否定しようがない。だが、お前も知っているだろう? 如月と皐月、あと面識は無いかも知れぬが睦月もだな」

 

「――『改二』」

 

加賀のその言葉に、こくんと頷く。頷いて、垂れた前髪を掻き上げた。

 

「そう、『改二』。それを果たした睦月と如月、そして皐月は基本性能からして今までとは別物になった。特に皐月などは顕著だな、あの対空性能は技術だけでは賄えない高みにある。――そして、そんな『改二』を果たした艦娘は他にもいるだろう? それも、古参から最近目覚めた者まで幅広く、な」

 

「羨んでいる、のかしら」

 

「そんな気持ちが無いと言えば嘘になる。が――こればかりは、私にはどうしようも無いからな。だが、だからと言って諦めたくはない。改二駆逐艦娘だけに前線を譲り、のうのうと後方で遠征や防衛だけなど堪ったものではない。だから、鍛えるのだ。戦うためにな」

 

「――」

 

加賀は静かに此方を見据えている。その双眸から読み取れる感情は――納得と理解だった。

 

「……無論、身の程は弁えている。私は駆逐艦で、菊月()は睦月型。性能は低い。逆立ちをしようと空母や戦艦に、あるいは最新型の駆逐艦娘に敵わないことは理解しているさ。最近は剣戟の通り難い深海棲艦も増えてきたし、そうなれば私に出来ることは砲雷撃だけ。大物食いを狙うことも出来なくなるだろう。……だが、だからこそ、駆逐艦娘として最高の機動と戦闘をすることと好機を確実にモノにすることだけは譲れないのさ。ただ、前線で戦う為にな」

 

言って、加賀の方を見遣る。普段はサイドテールに結っている髪を一つ纏めに下ろした彼女は、いつもよりも僅かに目を見開いていた。この感情は――聞かずとも分かる、驚きだ。

 

「驚いたわ。まさか、最も『艦娘』らしくないあなたが、誰よりも艦娘らしく純粋に戦うことだけを望んでいたなんて」

 

「さあ、どうかな。……自分でも分からんが、もしかすると私の戦う目的は俗物的かも知れぬぞ。基本的に姉妹を守りたいだけだしな、私は」

 

そう言って、俺は腰を上げる。身体にまとわりついた湯が音を立てて落ちてゆき、水面に幾つもの波紋を立てる。

 

「……私はもう部屋に帰るが、お前はどうする」

 

「私ももう上がるわ。少し涼んだら、一緒に(・・・)上へ上がりましょう」

 

「……うむ」

 

――結局のところ、菊月(俺達)は加賀も酒盛りの後だと言うことを忘れていたのだろう。冷水のシャワーを浴び、髪と身体を乾かし、扇風機で涼み、浴衣を着――そしてそのまま、ほんのりと全身を赤らめた加賀に小脇に抱えられるようにして空母部屋まで連れ込まれる。

そしてそのまま、菊月()は朝まで加賀の抱き枕としてその腕と胸に拘束され、睡眠を取ることになったのだった。




はいっ!!

今回もですね、いつも大変お世話になっている海鷹様より挿絵を頂きました!
シーンはキクヅキvs菊月(偽)のところ、下記にURLを載せておきます!

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=57721108

もちろん挿絵として追加させていただいています!
ではでは皆さま、小説なんか放っておいてURLへゴー!!

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