私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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ご報告がございます。
先日、2016年7月23日をもちまして、
当作品『私が菊月(偽)だ。』のUAが100万を突破致しました!

これも全て、読んでくださっているみなさまのお陰です!
短くはありますが、ここで皆様に感謝をさせて頂きます!

本当に、本当にありがとうございました!
※終わるみたいな挨拶だけどもうちょっと続きます


艦娘御一行様三泊四日温泉旅行、その十四

――晴れ渡った青空に提督の声が響く。点呼の声だ。

 

「よーし、忘れ物は無いなぁ!?」

 

「全室チェックは終わってるネー!」

 

「土産も買ったなぁ!?」

 

「もっちろんぴょん、他の鎮守府のみんなの分も購入済みっぴょん!」

 

「自分の乗るバスは分かってるなぁー!?」

 

「全艦、それぞれの号車前に整列は済んでいます!」

 

わいわいがやがやと楽しげに、しかし何処か名残惜しそうに騒ぐ艦娘達。彼女らにとっての日常とは戦い、それを嫌うことは無いにしてもこの穏やかな非日常は恋しいものらしい。まあ、菊月()の中にいる『菊月』も似たようなことを思っているしな――などと思いつつ、

 

「うーん、ちょっと頭痛い、かも」

 

「……まあ、昨日の舞台の影の功労者だとは思うが。それでも飲み過ぎたか――明石」

 

菊月()は、明石の所有する草色の軍用バギーの助手席に腰掛けつつ、微妙に顔を顰めつつ座席にもたれる明石へ向けて溜息を吐いたのだった。

 

昨夜のステージは大盛況のうちに幕を下ろした。

各々の舞台も、最後の加賀withダンサーズの催しも、そのどれもが喝采を以って受け入れられた。当たり前だ、これだけの美女や美少女による高品質なパフォーマンスなのだ。それが不評な訳がない。そして、案の定発生したアンコールに時間を取られて自分達だけの宴会の時間を削られた俺たちに――旅館側は、宴会の時間を延長することで報いてくれた。

向こう側も、無事に一席を終えられて助かったらしい。延長分の時間や料理代については無料で構わない、という好意に甘え、二次会と称して艦娘と提督だけで飲み、食べ、騒ぎ明かし、疲れ果てて泥のように眠り――

 

「……艦娘が二日酔いとはな。お前、昨日はどれだけ飲んだのだ……?」

 

「ほんのちょっとなんですけど、多分疲れてたから変に作用したんだと思います――っあたたた」

 

眉間に皺を寄せて唸る明石に一抹の不安を覚える。菊月()は明石と共にこのバギーで帰る予定だと言うのに、

 

「……全く。運転は出来るのか? 私は無理だぞ」

 

「ああ、ご心配なく。そんなに辛くはないですし。それより、菊月さんこそ良いんです? ()()()()とは言っても、鎮守府に帰ってからでも良いんですよ」

 

「……いや、話は早い方が良いだろう。帰還すれば私もお前も任務なのだ、済ませておけるならばその方が良い」

 

「まあ、そんな大したことでもないんですが――おっと、バスが発車しましたね。ちょっと待ってて下さい、続きは走りながらと言うことで」

 

そう言うと、明石は俺から目を逸らしアクセルを踏み込んだ。同時にエンジンの周り出す音が響き、バギーはゆっくりと動き出す。荷台に括り付けられた艦娘達のライブ衣装を詰めた段ボールががたがたを音を立てる。

 

「しかし……バギー、それも軍用の物とはな。見た感じ、日本のものでは無さそうだが、どうやってこんな物を手に入れたのだ。いや、ハンドルは右にあるからそれっぽい見た目のただの車かも知れぬが」

 

暫く走りながら風を受け、ふと『菊月』が思い立ったことを口に出す。明石は運転に集中している、言葉が返ってくるとは思っていなかったが、予想に反して彼女は口を開いた。

 

「ああ、これですか? 正真正銘、アメリカの軍用バギーですよ」

 

「……冗談か?」

 

「いえ、本気です。これ、かつて私達がこの世界に出現する以前に使われていた陸上戦力の一つなんですって。海岸まで侵攻してきた深海棲艦に、この後部荷台に載せていた火器で攻撃していたらしいです。まあ勿論、深海棲艦に効果は無かったんですが。で、私たちの登場で活躍の機会の無くなったもののうち一台を譲ってもらったんです。あ、ハンドルは自分で改造したんですよ」

 

あはは、と笑いながら明石は言う。

 

「だが、それなら尚のこと手に入れ辛いものなのではないか? 使わなくなったとはいえ軍用、それも他国の軍の物なのだろう」

 

「まあ、経緯をご説明しますとですね。艦娘がこの世界に出現した最初期のことなんですけど、この国以外は出現数がごく少なかったんです。日本なんかは戦闘艦に加えて工作能力に特化した私と作戦立案能力や参謀能力に秀でた大淀の二人まで揃えてまあ盤石だったんですけど、他の国――特にアメリカなんか出現数が酷く少なかったんですよ。最初期は戦艦一隻とか、確かそんなのじゃなかったですか」

 

今はどうやら違うみたいですけど、と注を入れて、明石は話し続ける。

 

「で、最初期の私たちの仲間のうち数名がアメリカまで援護に行ってたんです。練度向上と――あと、救援の対価としての資源の確保目当てにね。それで、その資源を持ち帰る際にタンカーに荷物を運び込んだこのバギーも一緒に譲って貰ったって訳です。なので、正確にはアメリカから日本に譲渡されたバギーを私が貰ったという形ですね」

 

「成る程な……。それならまあ、納得も出来るが。それにしても、態々こんな車を貰うとは……趣味か?」

 

「あはは、いえいえ。そんなことは無いですよ。ただこの車、元々軍用に設計されている分頑丈なんです。色々と物を載せたり運んだり出来るので頂いたんですよ。というか、趣味が高じておかしなものを貰ったというなら提督の方が変ですよ」

 

「ほう、提督がか?」

 

「ええ。あの人、自前の戦闘機貰ってますから」

 

「――は?」

 

ぽかん、と口を開けて呆ける。慌てて顔を取り繕うも、明石はくすくすと口元を押さえて笑っていた。少しだけ顔が熱くなる。羞恥を誤魔化すように、菊月()は明石へ問いかけた。

 

「戦闘機とは、あの?」

 

「ええ、空へ飛ばす武装した飛行機です。提督、適性を見込まれて此方へ異動する前はどうやら戦闘機乗りだったらしくてですね。その関係と、あとは趣味とで手に入れたのが何かの記念に作られた零戦の復刻モデルだとか聞きましたが――まあ、この話は別の機会に取っておきましょうか」

 

「……聞きたいことが増えたが、まあいい。今は、今しか出来ない話をすべきだからな。……で? 私と二人きりになってまで、そうして他人の耳の届かないところで話す内容とは何なのだ」

 

そう質問を向けると、明石は此方へ向けていた視線を逸らした。顔は真っ直ぐ前を向いており、前を走るバスと道路を見ながらハンドルを握っている。小さく呼吸をし、意を決したように明石は口を開き、

 

「――菊月さん。あなたの中に、何かありますよね」

 

そう言った。

 

「……どうしてそう思ったのだ?」

 

「まあ、色々と理由はあるんですけれど。そのうち一つが――何度か、大きく負傷したあなたの治療をしている際に全身計測をしました。その際に計測したデータと、あなたが不調から回復した際に採ったデータ。そして、あなたが自らの現し身足る駆逐棲姫を下した際に採ったデータと、駆逐棲姫の気焔を取り込んでいるように見えたという複数人の艦娘の証言からです」

 

明石は早口でそうまくし立てる。対する『俺』はその話を聞きながらも自己の内面に深く埋没した。『菊月』と、言い訳を考える為だ。

体感時間が引き延ばされ、その間に菊月と意見を交わす。

 

「……で、出した結論は? お前のことだ、私の中に何があるのかの検討は付いているのではないのか」

 

『とりあえず相手の出方を窺わないことには答えられない』……菊月と俺で導き出した結論。その結論通りに相手の回答を求める。

 

「――はい」

 

「教えてくれ」

 

「あなたから採取したデータを纏め、推量し、大淀と議論を交わして導いたのは――あなたが、深海棲艦の力、あるいは魂をその身に取り込んでいるのでは、という仮説です。間違っていますか、菊月さん」

 

そうして伝えられた仮説は、理に適った、そしてある意味では『俺』のことを言い当てたかのようなもの。頷いてもいいが――それが元でどうにかなってもいけない。故に、『俺』は『菊月』と決めた言い訳を用いる。

 

「……少し違う」

 

「と、言いますと?」

 

「私がこの身の内に秘めているのは、深海棲艦の魂ではなく、深海棲艦の魂と成り果てた『嘗ての人間の意思の残滓』だ。分かりやすく言うと、嘗て私を――駆逐艦『菊月』を駆った数多の英霊達の意思の欠片だな。その意思を秘め、その意思が私に力をくれるのだ」

 

――嘘ではない。中にいる『俺』という存在こそぼかしてはいるが、そして表に出ているのが『菊月』でなく『俺』であるというこそ黙ってはいるが、それ以外に関しては正しく有りの侭を伝えた。

 

「では、あなたが私の眼の前で発現させたあの紅い気焔は」

 

「英霊の意思と言っても死人の意思、深海棲艦の怨念と似通ったものなのだろう」

 

「駆逐棲姫から力を吸い取ったように見えたのは」

 

「あの駆逐棲姫も私の片割れ。その中にあった、『菊月()』を想う気持ちを受け取っただけだ」

 

「最後の確認です。菊月さん――あなたは、それらの影響で、深海棲艦に魂を侵されてはいませんか」

 

……成る程、結局はそこを聞きたかった訳か。確かにこんな質問、余人に聞かれる恐れのあるところで行う訳にはいかない。誰に聞かれようと、妙な噂や疑惑が生まれかねないからだ。それを考えても――明石には感謝しか出来ない。そう思うと、自然と笑みが零れた。

 

「……ああ。私は、嘗て私を駆ったあらゆる英霊に誓って、深海棲艦の仲間などではない――ありがとう、明石」

 

そう言って微笑みかけてやると――明石は、心底安堵したように大きく息を吐き、座席にもたれ込んだ。強張っていた彼女の身体から、緊張が抜けて行くのが分かる。バギーのスピードが落ちる。それをそのままに、彼女は漸くこちらを向いて口を開いた。

 

「――まったく、本当に。良かったですよ、菊月さん」

 

「お前と大淀には迷惑を……いや、心労を掛けたようだな。済まない、ありがとう」

 

「別にいいですよ。菊月さんに振り回されるのには慣れてますし。それに――嘘はついてないみたいですし」

 

「……? 分かるのか?」

 

「ええ。菊月さんの座ってる座席と締めてるシートベルト、合わせて艦娘用の嘘発見器になってますから」

 

「な……っ!?」

 

驚いた。驚いたが、なるほどそう考えると納得もゆく。ステージ用の衣装をわざわざ自ら取りに帰ったのは、この車を――あるいは、嘘発見器を搭載した何かを持ってくる為だったのだろう。

 

「……まあ、それだけ心配を掛けていたと考えれば何も言えんさ」

 

「あはは、ごめんなさい。でも、本当に良かった。あなたが、ちゃんと私達の知る菊月さんで良かった」

 

「ちゃんと……か。まあ、私は深海棲艦の味方ではない。姉妹と仲間を守る為だけに戦う存在だ……」

 

そう言って笑えば、彼女も明るい笑みを返してくる。その瞳の中にあるのは安堵と強い信頼。こうして向けられる信頼を、どうして裏切ることが出来るのだと思いながら――

 

「ところで菊月さん、帰還したら明日から任務ですけど大丈夫です? もっと温泉旅館に居たかったりとかしません?」

 

「……む。いや、私は平気だ」

 

「嘘ですね、速度メーターの横の嘘メーターがちょこっと揺れましたよ!」

 

――和気藹々と、仲間らしく騒ぎながら。

日常へ向けての帰路を進んで行くのだった。




感激して字数が伸びちったぜ。
いやあ、那珂ちゃんと菊月と青葉のアイドル編で100万UA行けて嬉しいんですよ。アイドルをやる、ってのがやっぱりこの作品の特徴の一つですし。
本当にありがとうございます。

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