私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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遅刻!!遅刻ですよ!!
難産なのでした。流石に。


超番外・戦慄の亡霊編!純白の呪船、後編その三

砲撃音が聴こえる。

艦載機が交錯し合う音も聴こえる。怒号や気声、指示を飛ばす音。分かる者ならば迷うことも無い、艦娘がそこで戦闘しているということを十分に示す戦闘音が、霧の中から聴こえて来ていた。

 

「――うあ、やっぱりキツイ、です」

「あら、もう諦めたのかしら――U-511っ!?」

「何を、ビスマルク姉さん。私は、まだ諦めてませんっ!」

 

咆哮。その勢いのまま、私は勢いよく海面に飛び込んだ。青い海は薄暗く、冷たく静まり返っている。けれど――濃霧に覆われた海上よりは、よほど見晴らしが良かった。

 

「アハハ、アハハハハ……!」

「あなたにも、もう負けません! あの強い白い子に――シャルンホルストに、胸を張るんです!」

 

叫びながら、悠然と佇む潜水棲姫へと真っ直ぐに突貫をかけた。無論、それをそのまま許す奴ではないが――私だって、覚悟は決めている。

 

「真っ直ぐに突撃するなら、魚雷は全部前からくる筈。なら、それを見てギリギリで避ければ――」

 

ニタリと口の端を歪めた彼奴から放たれる、赤黒くひび割れた魚雷。一発目、二発目は私の横を掠め、三発目は直撃コース。身体の捻りだけでそれを回避。続く四発目は――当たっても腕、ならばそのまま押し通る!

 

「あ、うああっ! っ、でも――捉えました、ですっ!」

「ウウ、目障リナ……!」

 

下がりながら避けるよりも倍の速度で迫る雷撃。いくつか被弾し、手足からは大きく出血している。

けど、どこも動く。

 

「魚雷、発射ですっ!」

「ウ、サセルカ……ッ!!」

「――来ましたね、体当たりっ!」

 

潜り込んだのは敵の懐深く、異形の艤装の真正面。ここから雷撃を放てば確実にダメージは与えられるだろうが、私にも被害が及ぶだろう。しかし、それは承知の上だ。前回と同じように体当たりを敢行する潜水棲姫の艤装、しかし――遅い。

魚雷発射管から雷撃が放たれる。回避を試み態勢を崩した潜水棲姫へ、更に肉薄してもう一撃。ほぼ同時に放たれた二撃は、真っ直ぐに海を割いて潜水棲姫へ肉薄し、

 

「――アァァァッ!!? ヤメテヨォォォオォッ!!」

「う、あ、ぁぁぁあっ!」

 

――爆発。

海面下だと言うことを厭わずに膨れ上がる膨大な熱量と爆風。それを胴体にもろに受け、海上へ軽々と吹き飛ばされた。受け身すら取れずに海面を転がる。

転がって、見たものは、艤装と胴を大きく抉られ沈む潜水棲姫と、

 

「……アハァ」

 

海面に横たわる私へと砲を向けた、戦艦水鬼の姿だった。

がこんっ、と弾が装填される音がする。異形の艤装が雄叫びを上げる。此方を向いた砲身の、黒々とした威容を呆然と見つめる。

 

――ぱしゃり、と海面を蹴る音がした。

 

私と戦艦水鬼が同時に振り向く。霧の奥、仲間たちと私の中間地点、霧に覆われて何も見えない戦場のど真ん中に、自然に視線が引き寄せられる。

 

――瞬間、突風が吹いた。海面から、空へ向けて。

霧が晴れる。空へと流れる風に、髪がはためく。逆巻く風の中心、あらゆる視線を集めたそこに――彼女は赤い目を輝かせて、立っていた。

 

―――――――――――――――――――――――

 

砲撃音が聴こえる。

艦載機が交錯し合う音も聴こえる。怒号や気声、指示を飛ばす音。分かる者ならば迷うことも無い、艦娘がそこで戦闘しているということを十分に示す戦闘音が、霧の中から聴こえて来ていた。

 

「……艦娘が六隻、深海棲艦は――多いな。それも、鬼や姫まで混ざっている。戦艦棲姫に空母棲姫、潜水棲姫……む、戦艦水鬼まで。その他もヲ級改だの何だのと……全く、雑魚がわらわらと」

 

その戦場の端で嘆息する――最も、艦娘たちも深海棲艦共も正確な敵戦力を把握出来ているとは思えないが。

その根拠は彼女らの動き。戦場に蔓延する濃霧の前に照準を絞れず、そのままに放たれた砲弾が無数に突き刺さり水飛沫を吹き上げていることが理由だ。まあ菊月()くらいの場数を踏めばおおよそどの辺りに敵が存在するかは分かるし、そもそも気焔を纏ってさえいれば濃霧程度では視界を遮ることなど不可能なのだが。

 

「……まあ、その理論で言えば深海棲艦共もまた霧を見通せる筈なのだが。その様子が見えないのは、彼奴らの練度が足りぬからか……」

 

同じように気焔を纏っているにも関わらず霧に惑わされる深海棲艦と異なり、菊月()は霧を見通すことが出来る。それが霧に馴染みすぎたせいか、はたまた超えた戦場の数が幻覚を見せているだけかは分からないが、菊月()はずっとそれを生かして生き延びてきた。

そして今回は、その薄ぼんやりとした視界の端に、既に満身創痍となった艦娘たちの姿が写り込む。

 

「……行かねばな」

 

呟き、足に力を込める。

行かなければ。そこに居るのが誰であろうと、『菊月』はその横で戦うのだ。それが彼女の願い。

 

「――くっ、なんてこと。以前より、敵が――ううっ!?」

 

ゆっくりと、両腰の骨刃を抜く。

霧の中を一足で駆け飛び、戦場の中心へ。周囲を飛び交う砲弾を切り裂き、中空で爆発するそれらの爆風を返す刀で霧散させる。生まれる一瞬の間隙。深海棲艦と艦娘、そのどちらもが硬直したタイミングで、全霊の力を込めて右手に握った骨刃を空へ突き上げ――

 

「彼女らと肩を並べたい。ならば、もう霧などに頼ってはいられぬな……!」

 

――突風が吹いた。海面から、空へ向けて。

 

「――な、これはっ!?」

「一体なんなの、きゃあっ」

 

やったことは単純、ただの筋力で以って上空への空気の流れを作り出しただけ。強引も強引、呆れるほどに情けないただの力技。しかし、それ故に……効果は覿面だ。

 

「…………」

「あ、あなたは――」

 

U-511がつぶやく。丁度彼女からは太陽を背にした逆光となっている筈なのだが、どうやら問題では無いらしい。なら、先にカタをつけようか。

つい、と視線を上げる。その先にいたのは、憎しみを瞳に宿した戦艦水鬼。彼奴はU-511へと向けていたその砲を、怒りのままに此方へと向け――

 

「まずは一つ」

 

そのまま胴体を両断され、唖然としたままに海面へと倒れ伏した。

 

「――シャルンホルスト。シャルンホルスト、さん!」

「何ですって? アレが――あの? けど、確かに白いし、霧の中から――いえ。今はそんな事どうでもいいわ。全艦、この機を逃すな! 突撃っ!!」

 

金髪の艦娘の号令で、それに指揮された艦娘達が動き出す。戦艦一、重巡一、正規空母一、潜水艦一、そして駆逐二。平均的に高練度と見られる彼女らは、成る程確かに実力はあるのだろう。だが、それを無為に空回りさせてしまっている。

 

「残念……いや、私が手本を見せれば良いだけか。おい、そこの駆逐艦」

「っ!? 君、あれだけ離れた場所から一瞬で? いや、それより――」

「戦場でべらべらと会話する気はない。お前の対になる駆逐艦と共に、私を見て、私から学べ」

 

言い捨てて、菊月()は海面を『蹴った』。そのまま海面を駆け飛び、正面に展開した戦艦棲姫の首を跳ね飛ばす。屍を蹴り、そのままUターン。見れば、敵艦隊の最奥には艦載機を発艦させようという体勢に入った空母が目に入った。

 

「指導その二。邪魔な艦載機の処理の仕方。空母は艦載機を発艦させる前に倒すか、艦載機の発艦した瞬間に一網打尽にする……例えば、こんな風に」

 

右手の骨刃を腰に戻し、倒れ伏した戦艦棲姫の艤装の残骸へと手を伸ばす。その鉄塊を肉からちぎり取り――投擲。轟音を立てて飛翔するそれは、目論見通りにヲ級改の顔面を破砕した。

一瞬のうちに騒めき出す深海棲艦。

 

「続いて指導その三……いや、うむ。そんなに無い、な。あとは倒せ、だ」

 

その深海棲艦の群れの中心へ突入し、もう一度右手に骨刃を握り振り抜く。それだけで、彼奴らの半分は壊滅する。故に――左手の骨刃も振るえば、それだけで事足りるのだ。

 

「な――なんなのよ、あれ」

「分からない。学べ、と言っていたけれど」

「あんなこと、出来るわけがないわよ! ――けど、走ったりとか、空母を先にやるとか、その辺りなら――って、来た!?」

「……お前達は強い。が、もっと練度を上げられるだろう。叶うならば、日本の艦娘や鎮守府に演習の申し込みをすれば良いだろう」

「え? あの――ってどこ行くのよ!」

 

吠える声を無視しながら、嘗て此処を訪れた際に通った海へと向かう――その菊月()の前に、U-511が飛び出してきた。

 

「あ、あの! ありがとうございました!」

「……構わぬ」

「やっぱり強い、です。流石は戦艦、シャルン――」

「……私は『それ』ではないぞ」

「――えっ?」

 

ぽかん、と惚けるU-511。まあ、彼女には俺の――俺達の名前を言って居なかったのだ、無理もない。

 

「勘違いしていたようだが、放っておいただけだ。あの時は、いずれ別れる相手に名前を言ったところで意味がないと思っていたのでな」

「あの時は――と、言うと、もしかして」

「ああ。ありがとう、お前のお陰で色々と吹っ切れた。礼と言っては足りぬが、私の名を受け取ってくれ」

 

目の前の、ほぼ同じ身長をした彼女に微笑みかける。今は別れるが、また会うこともあるだろうという予感を持って。

 

「睦月型駆逐艦九番艦……私が菊月だ。共には行けぬが、お前の武運を祈っている」

 

 

 

――この後、白い亡霊は日本の姉妹達と邂逅することとなる。そうして鎮守府の一員となった菊月の最初の任務が出向であり、その行き先がドイツであったことは……今回に関しては、全くの余談であった。




これで、亡霊編は完結っす。強すぎて戦わせられないという辛さを存分に思い知りました。
本編ではもっと苦戦して貰おうと思います。さあ苦しめ。

次回はまた番外編で、提督の一日でも書こうかと思ってます。
感想返しはちょっと待ってください。

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