私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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今回割と色々とショッキングです。


閑話、割と深刻な提督の事情、その二

 ――艦娘とは、実に()()に出来ている。

 それは幸いにして、彼女らの肉体が鋼のような硬さを誇る、という意味では無い。滅多なことでは喪失しない、という意味だ。

 例を挙げるならば、深海棲艦との比較だろうか。深海棲艦は一般的に艦娘よりも強大に思われがちであるが、それは間違っている。

 何故なら、彼奴等は容易に沈むからだ。戦艦の砲撃が命中して沈む。雷巡の雷撃でも構わないし、潜水艦の奇襲でも倒し得る。あるいは――あの妙な駆逐艦の広めた軍刀で首を掻っ捌いてやることでも、沈めることは出来る。

 対して、艦娘は()()()()()()()()。戦艦の砲撃を受ける、雷撃に土手っ腹をやられる、艦載機に滅多打ちにされる、陸上型深海棲艦の物理攻撃を受ける――そのどれを、どれだけ受けようと、彼女らは一定以上の被害を受けない。まるで、そういう存在であるかのように――否。彼女らは実際に、『そういう存在』なのだ。

 深海棲艦は艦娘と比較して強大であるというのは間違っている、それは彼女らの戦力に関しても言える。

 深海棲艦と比較して艦娘は個々の戦力が小さい、それはある意味では正しい。実際に一般的な艦娘と同艦種の深海棲艦を比較しても、およそ匹敵しうるのは上級(élite)程度まで。旗艦(flagship)まで行くと、及ばなくなるものが多数だ。

 では、なぜそれが間違っていると言えるのか。答えは、彼女ら(艦娘)は成長するからだ。

 戦闘を重ね、経験を積み、それをフィードバックすることで経験的にはおろか物理的にすら強くなる。また、大本営から齎された情報によるとその強くなった艦娘の上限を更に取っ払うことすら可能だ。大本営はそれをケッコンだのと言っていた――俺は金剛とケッコンしたが、実際に更に強くなった――が、呼び方はどうあれ更に成長することは間違いない。

 その上、彼女らは『条件を満たさない限り』沈まないのだ。沈まないと言うことは、得た経験を確実に持ち越しフィードバック出来るということ。それはつまり、彼女らは確実に深海棲艦よりも強くなれるということ。正に、一騎当千の強者であるということだ。

 それを踏まえた上で――

 

「大淀、轟沈が確認された艦娘は三隻と言ったな? その各々の轟沈時における状況、説明してくれ」

「はい――と言っても、全て()()です。防衛か戦線の押し上げかの違いはあれど、艦隊に強大な深海棲艦の群れを当て、複数艦を大破状態にまで追い込み、撤退を選択したところで多方面から襲撃をかけ、疲労させた状態で()()()()()()()()()()()。どれも同じ、そこで誰かがしんがりを務め、その誰かが沈むんです」

「……そう、か。それは、三ケースとも同じなんだな?」

「三ケースどころではありません。今まで轟沈した艦娘のデータを分析すれば、故意かそうでないかはともかくとして全て同じ形で発生しています」

「それは、つまり?」

「ええ。大破状態――戦闘不可能に追い込まれた状態で、更に新しく戦闘に入ること。これが共通しています」

 

 ――轟沈というのは、その一騎当千の彼女らを唯一破滅させる事象である。読んで字のごとく、轟き沈む。時に華麗に水上を舞い、時にどっしりと波間に立つ彼女らは、まるでそれが嘘であったかのようにあっけなく沈んでゆく。こうなったが最後、彼女らは眠り続けたまま動かなくなる。その眠りを覚ます手段は、今のところ我々にはない。

 

「そうか。それで、その沈んだ彼女らの船体(からだ)は回収したのか?」

「はい、当地の潜水艦娘によって引き揚げられました。今までのものも含めてすべて、大本営の方で保管しています」

「……そうか。なら、大本営に通達してくれ。また詳しい書面を作成するが、大まかな内容はこうだ。『大本営からの要請を受け入れる。工作艦・明石による轟沈状態解消のための研究施設を新たに増築する故、完成次第彼女達の船体(からだ)を送るように』とな」

「――分かりました。あと、書面は私が作成します。提督の考えられる文章は、あまり大本営宛には向きませんので」

 

 大淀の言葉に苦笑を返す。まあ、俺に文才が無いのは今に始まった事ではない。笑い飛ばし、俺は更に口を開いた。

 

「で、だ。――三隻の内訳、教えてくれないか」

「私の個人的な判断ですが、提督はお聞きにならない方が宜しいかと思います」

「俺が聞かないで誰が聞くんだ。大丈夫、こちとらそういうのには慣れてる」

「そうですか。では、報告します。正規空母、翔鶴。同じく正規空母、飛龍。そして――航空巡洋艦、熊野。以上です」

「そう、か」

 

 椅子にもたれ込み、溜息を吐く。翔鶴は他所のエースだったから見たことは無いが、飛龍は見た事がある。そして、熊野も同じ――いや、ある程度作戦をこなした仲だ、親しくもあった。

 

「やはり落ち込みましたね、提督」

「お前こそ、悔しさが滲み出てるぞ大淀」

 

 つい、と横を向き、部屋の隅の帽子掛に掛けられた一つの航空帽子へ眼をやる。眼をやって、もう一度溜息を吐いた。

 

「見知った仲間が死ぬのに慣れるというのは、経験したく無いものだ」

「――そう言えば、提督は」

「そう、『元空自・深海棲艦対策部隊』。彼奴等が出現してからお前達が現れるまでの数年間、戦闘機乗りをやってたのさ。まあ、最も通用したことなんてほぼ無い上に仲間はばんばん堕とされて死んだがな」

「すいません、提督。嫌なことを思い出させました」

「構わないさ。それに、そうそう嫌な事ってわけでも無い。確かに適性がどうとかでいきなり空から海に配置転換されて、その上いきなりお前達の指揮を取らされた時はついに日本のお偉方も頭がおかしくなったと思ったが――そのお陰で金剛とも出逢えたし、彼奴等に対抗出来ているんだ。退職金代わりに骨董品の戦闘機をかっぱらって来れたし――」

 

 神妙な顔をした大淀へ向けて笑いかけてやる。そのまま机の端をとん、とんと二回叩き掌を広げれば、

 

「――それに、お前達に従う()()()()の操る艦載機を見るのも、勉強になるしな」

()()()()、ですか」

 

 その掌の上に飛び乗った愛らしい小人が、ぴんと背筋を伸ばして敬礼した。

 

「そ、妖精さん。提督と艦娘にしか見えないってのもまた可笑しな話しだよな」

「まあ、そうですよね。それで提督、まだ話し合うべき事柄が残っていますので妖精さんと戯れるのも程々にしてほしいのですが」

「あー、それなんだが、残りは夜からで構わないか? 少し、疲れてしまってな」

 

 そう言うと、大淀は暫し考え込む態勢を取った。そのまま数秒後、彼女は口を開いて許可を下す。多分、俺の内心を汲んでくれたのだろう――自分とて、同種である仲間の艦娘が沈んで悲しいだろうと言うのに。

 

「ありがとう、大淀」

「構いませんよ、執務自体に影響は無いわけですし」

 

 そう言って、俺を見送る大淀。その視線を背に受けつつ扉を開く時に、思わず俺の口から言葉が漏れた。

 

「似てるよなあ」

「――? どうされました、提督。似てる、とは?」

「ああ、済まないな大淀。ただの独り言だ。似てるというのは――こう、空気が似てるような気がしてな」

「空気、ですか」

「ああ。あの時、深海棲艦が出てきて対抗手段の無い俺達人間が徹底的に追い詰められた――その時と、空気がさ」

 

 口走ってすぐに、何を馬鹿なことを言っているんだ、と頭を振った。馬鹿なことを言った、と大淀に詫び、そのまま執務室を出て扉を閉じる。

 その瞬間に響いた扉の軋む音が、何故だか俺の心に深く響いたのだった。




轟沈艦娘の選定ですが、僕の特に好きなキャラから選択するようにしています。キャラを知っていて、愛着があるキャラを。具体的には今更新が止まっている二作品で提督のジュウコン先に据えたいぐらいの好き度です。そうでもしないと、轟沈ってものを扱う上でダメかなあと。

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