私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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菊月ってば可愛いですね!


暗雲、その二

 敵襲を告げる警鐘に、菊月()は直ぐさま飛び起きる。誰よりも早く船渠に辿り着くことが出来たのは、予め制服を着、座椅子に座って睡眠を取っていたからだろう。寝転んでいないからか、身体もあまり強張っていない。軽く伸びをすれば、コンディションはいつも通りに落ち着いた。

 

「――ッ、うるっさいわね人が気持ち良く寝てる時に――って、早いわね菊月」

「そう言うお前は遅かったな、陽炎。それと、我々は人では無いぞ」

「言葉の綾よ、そういうのっ!」

 

 船渠の鉄扉を勢い良く開いた陽炎はどうにも熟睡していたようで、寝癖の目立つ髪をそのままに、併設された工廠の蛇口の水で二、三度顔を洗っている。それを横目に――

 

「では、先に行くぞ」

「え――わぷっ!? こんの、菊月ッ! アンタ後で覚えてなさいよ!」

 

 出撃港に飛び降り、足で思い切り水を跳ね上げ、陽炎へとひっ被せてやる。一気にわめき出す彼女を尻目に、菊月()は機関を回転させた。両足に推力が集まり、艦艇そのものと同じ馬力が発揮される。風を纏いながら、菊月()は前線基地正面の海へと躍り出た。

 

 ――二面迎撃作戦を開始して、早一週間。俺達中部攻略艦隊は前線基地を拠点としつつ、着実に戦果を重ねていた。此方の戦力は大和を中核とした高練度艦隊。ちなみに、もう一方を迎撃する艦隊は武蔵が指揮を執っている。言わずもがな、此方も彼方も精鋭揃いだ。鎮守府としても大和と武蔵を並行運用し、かつ十全に戦わせられるようバックアップの輸送艦隊も高頻度で前線基地を訪れている。バックアップという意味では、入渠明けの艦娘が身体慣らしのために敵本隊以外の掃討を請け負ったりもしている。

 しかし、それだけの戦力を揃え、戦果を重ねたにも関わらず、海域攻略自体は遅々として進んでいなかった。何故なら、それは――

 

「……ふん、()()か。まあ分かってはいたが……」

 

 目の前に広がる彼奴等が原因だ。駆逐イ級六隻、ロ級六隻、ハ級六隻、計十八隻。青白い単眼を夜の闇にぼうっと光らせ、耳障りな咆哮を轟かせているそのどれもが、後期型ですらないただの駆逐級。

 

「……貴様ら、毎晩毎晩よくもまあ沈みに来るものだ」

 

 それが、戦端を開いてから毎夜押し寄せるのだ。

 勿論、迎撃に出れば時間を掛けずに殲滅出来る。現に毎夜の襲撃も、俺達は全て退けてきた。戦力的に見れば、全く脅威ではない。脅威ではないが……彼奴等を見逃すことが出来るかと言えば、それは違う。

 確かに彼奴等は今の艦隊の練度と比較すれば明らかに弱い。しかし、彼奴等は夜の闇に紛れて基地を攻撃する。そう、彼奴等は『基地』を攻撃するのだ。放っておけば、資材や資源等の備蓄資源や船渠、工廠と言った施設に損害が生まれてしまう。そうなれば、本命である海域の攻略にも支障が出てしまう。

 端的に言って、この駆逐級共は捨て駒だろう。数に飽かせて、俺達にプレッシャーと疲労を与える為だけに使い潰される駒。しかし、その駒は無尽蔵に存在するのだ。毎夜毎夜、尽きることなく俺達に疲労を与え続ける捨て駒。深海棲艦の最も脅威とすべき点はその数の多さである――と言ったのは確か提督であった筈だが、成る程、この有様を見ればそれにも頷きたくなるというものだ。

 

「……だがまあ、対処のしようがないという訳でもない。単純に、貴様らを沈めさえすれば良いだけの話なのだからな……!」

 

 彼奴等が仕掛けてくるのは決まって夜戦。つまり、彼奴等のような雑魚を散らすのに有用な空母の活躍が期待できない時間帯だ。故に、俺達は彼奴等と御丁寧にも砲雷撃戦を敢行しなければならない。それによって、引き起こされるものがある。そう、疲労だ。

 昼は海域の攻略を目指し、夜間は基地や資源を破壊せしめんとする深海棲艦の対処に追われる。こんな事を繰り返していれば、疲労が抜ける暇もない。つまり、艦娘のポテンシャルは次第に下落していくと言うことだ。

 この深海棲艦の夜間攻勢は、我々艦娘の力を削ぐことに特化している。相手は捨て駒で、此方は替えの効かない一品もの。繰り返すだけで、敵方には大きな損害なく此方は疲弊してゆく。敵ながら天晴れな戦術と言うしか無いだろう。

 だが、此方にだってやり様はある。彼奴等が目指すのは俺達の疲弊と基地資源の漸減。全艦隊を以って早退することこそが愚策なのだ。ならばどうするか。決まっている――出来るだけ少ない戦力で、深海棲艦の足を止めるだけだ。

 

「……そら、まずは一隻……!」

 

 腰から抜き放った『月光』を、大口を開けるイ級の単眼へと突き刺す。その眼から噴き出す体液(オイル)に構うことなく、菊月()はその船体へ向けて単装砲を零距離射撃。脳天を突き破られたイ級は、いとも容易く沈んでゆく。

 

「……貴様らの戦術は確かに有用だろう。我らが人型である以上、人に対して行うべき戦術が効果を発揮するのは当然のこと。夜襲を繰り返して疲弊させるなど、前時代的にも程があるがな」

 

 両脚の魚雷発射管から、扇状に魚雷を散布する。後期型ですら無い駆逐艦など大した知能も持たない、故にその大半が自ら魚雷へと突っ込み爆散してゆく。ただし、繰り返すがその数は脅威だ。爆散して尚生き残ったもの、当たらなかったもの、それらは未だに此方へと猛進している。

そんな深海棲艦の一体へ向けて、俺は両脚に力と推力を込め――

 

「……遅いな」

 

跳躍――同時に、月明かりに煌めく『月光』を一匹の脳天へと叩き込んだ。暴れる駆逐級。根元まで突き刺さった『月光』を支えにして、俺は周囲へ群がる駆逐艦共へ向けて背負った艤装を放つ。Wurfgerat 42(対地ロケラン)……本来は地上の構造物へ向けて放つその弾頭を、無差別に撒き散らす。噴き上がる爆炎。一気に明るく照らされる闇夜に、俺は生き残りの姿を見た。その青白い()へ向けて単装砲を一発、二発、三発……『それ』が沈黙した頃には、突き刺された『月光』の痛みに悶えていた駆逐ハ級の動きも止まっていた。周囲に群がる駆逐艦(捨て駒)達も同じ。動くものは、菊月()しか残っていなかった。

 

「……陽炎、連絡だ。今宵の襲撃艦隊は、おそらく全滅させた。駆逐級が十八隻程度だった。仲間達にはそのまま休息を取るように伝言を頼む」

『――全滅させたってことよね。はぁ、あんたが規格外だってのは理解してたけど――ま、いいわ。伝えておくから、あんたも早く帰還しなさい。一緒にお風呂に入ってからもう一度寝なおすとしましょ』

「……風呂? 私はともかく、お前は汗を掻いていない筈だが」

『あたしに思いっきり海水引っ掛けやがったのを忘れたとは言わせないわよっ!! あんたのせいじゃないのっ!!』

 

 無線から聞こえる、きんきんと甲高い戦友の声。そう言えばそうだったな、と返せば、声のボルテージが一段と上がる。その声に内心の不安をかき消されつつ、それでも何か不気味だと思いつつ――俺は沈みゆく深海棲艦の残骸をそこへ残し、静かに前線基地へと帰還するのだった。




ちなみにこの後陽炎と洗いっこしたり触りっこしたりしたそうです。

あ、感想返しは少し待ってください。

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