私が菊月(偽)だ。   作:ディム

259 / 276
最近小説を書くことに関して結構迷走してたんですけど、わりと吹っ切れました。
細かくこじんまり纏まるよりは、もっとド派手にヒロイックに書きたいと思い出しました。
それはそれとして菊月可愛い。


暗雲、その五

 俺達を押し潰さんとばかりに飛来する艦載機に正対しつつ、意識を一瞬だけそれらから逸らす。その向く先は神通――思えば彼女とこんなシチュエーションで戦うのは二度目だったな、と懐古する。一度目は、忘れられる筈もない、飛行場姫……今はリコリスとなった彼奴との遭遇戦。

 

「……ふっ。似ているな、あの時と」

「奇遇ですね菊月、私も同じことを考えていました」

「けれど、あの時と決定的に違うところもある――だろう?」

「――ええ」

 

 神通が、その凛々しい表情のまま片手の機銃を空に掲げる。以前空を覆い尽くす鉛色の雲と、その下に群れる羽虫がごとき艦載機。

 

「私達には、今――仲間がいますから」

 

 トリガー――神通の機銃から吐き出された銃弾が空を裂き、幾つもの墜ちる火塊を創り出す。それを合図としたかのように、敵の一団もまた、動きを再開した。

 

「キタノカ……ヤハリ……ナ……!」

 

 遠く、水平線間際の位置に佇んでいた白い影――集積地棲姫が片手を掲げる。その腕に引き寄せられるように、海面下から次々と錆びた鉄塊や鉄片、何かの残骸が飛び出し集まってゆく。それらは瞬く間に引き合い、ぶつかり、複雑に組み合わさって一つの極めて小さな島を形成した。みずから形成したそれへどかりと座り込む集積地棲姫の様子を見るに、島と言うよりも玉座と形容した方が適切かも知れない。

 

「サァ……カンムスドモ。カエラナクテ、イイノカ……?」

 

 集積地棲姫が指を鳴らす。その動作を契機として、集積地棲姫の島の方々から立ち昇る残骸の塊が色を変え、形を変えてゆく。瞬く間に変貌を遂げたそれらは白い球形の艦載機となり、俺達を砕き沈める為に此方へ殺到した。

 

「ヒッシニアラガッテ……カワイイワネ、デモ……」

 

 集積地棲姫――あるいはそれの生み出した錆鉄の玉座の横に控えるのは二隻の()……空母棲姫。それらが空へ放った艦載機を黒い雲、黒い雨のようだと形容するなら、集積地棲姫が発艦させた艦載機はさながら白い闇、白い暴風。玉座から無尽蔵に生み出されるそれは、まさしく『物量』で此方を押し潰す深海棲艦特有の戦い方を体現したかのよう。しかも、艦隊としての本命は彼奴等三隻の更に向こうに存在する。あまりの窮地に嘗ての飛行場姫戦を思い出した俺は、更に僅かの笑みを零した。

 

「この光景も見たものだな。あの時とは違い、『我々』の身体はどこにも利用されていないようだが」

「だとしても、沈み眠っているものを叩き起こし使役するような所業を捨て置く訳にはいきません。――皆、覚悟は済ませましたか。我々はこれより、後続の艦隊の道を拓くため、あの暴威の渦中へ飛び込みます」

 

 投下される雷撃を避けながら、神通が言う。その問いに否と答える者はいない。逆境だと言うのに、誰もが目に力を宿し、不敵な笑みを浮かべている。

 

「――宜しい。ならば、私から言うことは最早ありません。必ずやこの窮地を潜り抜け、また逢いましょう――」

 

 がちゃり、と音がする。それは誰の艤装から聞こえた音だったか。それが分からない程に全員が同じ姿勢を取り、機を伺っている。

機関の回転数が上がり、熱が高まってゆく。蓄えられた推力が足の裏へと集中し、解放の時を今か今かと待ちわびている。

 動きの鈍くなった菊月()達の様子を好機とでも判断したか、深海棲艦の操る白黒二色の空舞う死神が俺達を沈めんと殺到する。

 その先頭、ばっくりと割れた口から真紅の炎を漏らす白い球体がその口内から雷撃を放った瞬間――

 

「――突撃ぃぃぃいっ!!!!」

 

 海が爆ぜ、風が逆巻いた。

 飛び出した六隻のうち、最も先を行くのはやはり島風。嘗ては菊月()がドイツで初披露した、艦娘の推力を利用した高速移動方法を難なく使いこなし、敵陣を無尽に駆け回っている。

 

「おっそーい、遅い遅いっ! そんなんじゃ、誰も沈められないよっ!」

「……おっと、それならば私も奮闘せねばな。ところで島風、そんなに悠長に構えていれば、私が追い越してしまうぞ?」

「――おうっ!?」

 

 そんな島風を、菊月()が追い抜く。両足同時に跳ぶのではなく、片足ずつ文字通り『駆けるように跳ぶ』ことで、並走していた島風の倍以上の速度を叩き出す。尤も、島風も同じ走法を習得すれば勝ち目が無くなるし――それ以前に、あまりにも(はや)過ぎるせいで砲雷撃の狙いが甘くなるという欠点もある。

 だが、そんなものは今は欠点にならない。何故なら、撃てば当たる程に敵艦載機はいるのだから。

 

「――遅いっ!」

 

 艦娘独特の曲線を描く移動ではなく、もっと鋭角的な移動。前に、横に、斜め前に、真後ろに、跳び回りながら空へ向けて砲を撃つ。両手に握るのは、変わらずに機銃。小刻みに震える両手のそれを無理やり固定し、弾倉が空になるまで乱射。しかし、それでも敵の数は減らない、攻撃を再開する為に即座に弾倉を交換、次発を装填する――瞬間、撃ち漏らした艦載機が急降下してくる。

 

「……く、うっ!」

 

 その数、二体。そのうち一体の放った爆撃が頬を掠め、爆炎が身を灼く。飛び散った鉄片が腕や足に突き刺さり、じわりと染み入るような痛みが訪れる。もう一体は雷撃を抱えたまま菊月()の横腹へ激突し、破裂し、服ごとそこを抉る。思わず膝を付きそうになる激痛を堪え、続く追撃を撃ち落とす為に空を向き――

 

「――私だって、艦載機を操る航空母艦です。やらせませんよ――もう、二度と」

 

 空を駆ける、燐光を棚引かせた無数の星々(流星改・彗星一二型甲)逆巻く風(烈風改)から、そんな声が聞こえた気がした。

 祥鳳の操る艦載機は、艦娘が纏うものと同じ燐光を纏いながら空を裂く。数でいえば圧倒的に寡兵、だというのにその数は一向に減ることなく、ただひたすらに敵艦載機の間を縫い、撃墜してゆく。

 上空で繰り広げられるドッグファイト。その影響か、ほんの少しだけ艦載機からの攻勢が薄れた。これが好機――

 

「――ッ、ぐ、ぁぁぁぁぁあぁぁぁああッ!!」

 

 『俺』が身につけた気焔は黄金に染まった影響から、そう頻繁に使うことが出来なくなった。しかし、『菊月』の……艦娘の持つ燐光(キラキラ)ならば、今でも使うことが出来る。

 

「まずはぁ、一隻ぃ……ッ!」

 

 黒い空と青黒い海の狭間に燐光(キラキラ)の残滓を残し、只管に駆ける。完全な奇襲、目指すは敵――空母棲姫の片方、その首。

 瞬く間に接近した菊月()に対応が遅れる空母棲姫。慌てて艦載機を発艦させるも、それが菊月()へ牙を剥くにはあと数瞬かかる。その数瞬が命取りだ――

 

「……っ、ぐ。……ふん、呆気ない……!」

 

 驚愕の表情を張り付けたまま、胴体と泣き別れをした頭が海面下へ没する。同時に、彼奴が操っていた艦載機が制御を喪い次々と落下する。崩れる敵戦線。これ以上の好機など、最早存在しないだろう。

 

「全艦に次ぐ、敵空母一隻を撃破――」

『こちら陽炎っ! 同じく、敵空母一隻を撃破したわっ! さあ、大和さん達! 敵本隊、やっちゃって!』

「……集積地棲姫が未だ健在だが、それは我々で相手をする。背中は任された、お前達には勝利を託す……!」

 

 割り込んで来た陽炎の通信。そこから状況を把握し、攻勢に出る仲間へ声援(エール)を送る。送れば、俺は残る難敵一体を片付けるために再び海を蹴ったのだった。




菊月と釣りに行きたいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。