私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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深海棲艦の怖さってのは無尽蔵の物量だと思うのです。

追記。
みなさん、『菊月保存会』というNPOをご存知でしょうか?
読んで字のごとく、現在ツラギに眠っている菊月、その船体を保存しようと動いておられる団体です。
興味を持たれた方は、是非調べてみてください。


暗雲、その六

 一体どれだけの数の艦載機を躱しただろうか。

空母棲姫を一体沈めたというのに上空から襲い来る漆黒の影は留まるところを見せず、それどころか刻一刻とその翼の鋭さを増しているように思えてしまう。

 空は黒く、海は()()い。この戦場で、初めから変わらないのはそれだけだ。その真っ青な海を――

 

「そこだッ……!」

「アマイワァッ!」

 

 菊月()は蹴る。着水と同時に横っ跳び、次いで後ろへ跳躍。俺の辿った軌跡をなぞるように、一瞬前まで居た海が爆ぜる。

水面に気を取られている余裕はない。爆ぜる様子すらまともに見ず、視線は上へ。黒い艦載機と白い艦載機が無尽に空を支配している。

 

「そっち、どう――って、怪我してんじゃない。平気?」

「陽炎か。お前こそ、自慢のリボンが片方何処かへ行っているぞ」

 

 回避を続けていると陽炎と鉢合わせた。お互いに結構な損傷を受けている、指摘し合って笑いあう。笑い、そして砲を構えた。

 

「……流石にきついな……。大和達は、大丈夫だろうか」

「大丈夫よ、あっちも――あと、こっちもね。菊月、気付いてる?」

「ああ。……彼奴等の顔、焦れているな」

 

 両手に持った機銃の引鉄を引きつつ、空母棲姫らの顔を盗み見る。交わした言葉通り、その白い顔に貼り付けられた表情は焦り。

 当たり前だ、姫級の深海棲艦を山のように引き連れてなお俺達を一人だって沈められていないのだから。損害率で言えば、圧倒的にあちらが上。その不利に対する焦りと――儘ならない怒りが、艦載機の鋭さを増しているのだろう。鬼気迫る、という奴だ。

 

「けどまあ、あたし達だって余裕ある訳じゃないしね。向こうでやってる神通さんとかあっちの大和さん達の為にもさっさと沈めたいんだけど」

「……突っ込むか? やると言うなら付き合うが」

「仕方ないわね。で、作戦は? 当たって砕けろ?」

「お互い全力で突っ込んで、狙われた方が囮。もう片方が隙をついて沈める。どうだ?」

「馬鹿じゃないの!? 作戦にすらなってないじゃない!!

 

 陽炎が吼える。それを尻目に、菊月()は機銃を背部へマウントし『月光』を抜いた。そのまま陽炎へ視線を遣り、口元でだけ笑ってみせる。

 

「なに、その顔。――良いじゃない、やってやるわ!!」

「沈める係になった方が囮になった方へ、帰還してから奢りだ。いいな?」

「よし、乗った!」

 

 陽炎が飛び出し、その真横に菊月()も続く。降り注ぐ銃弾、雷撃を斬り払い、爆炎を潜り抜ける。続いて降り注ぐ機銃の雨から横っ跳びに逃れれば――

 

「……では、任せたぞ」

「絶対あんただと思ったのに!!」

 

 ――艦載機が標的としたのは、陽炎だった。

 とは言っても、菊月()を沈めんとする敵艦載機が居なくなった訳ではない。減ったとはいえ、それも『先程までと比べれば』でしかない。俺の頭上には、未だ死神が居座っている。

 だが、その極僅かの余裕こそが菊月()の欲しかったものだ。数が減れば、包囲もそれだけ薄くなる。僅かな差とはいえ、そこは明らかな隙。

 ちらりと陽炎へ目をやれば、怒気を孕んだ視線を向け返してくる。あの様子なら大丈夫だろうと苦笑し、

 

「……今だっ!!」

 

 両足に溜めていた推力を解き放つ。身体にかかる重圧を与える存在が、敵艦載機から大気へと移る。それに構わず――発砲。我武者羅に引いたトリガーで、背後から迫っているであろう艦載機を射抜く。火の塊となって俺の頬を掠めるそれらに構わず、俺は一度だけ『月光』を振るった。

 戦況は動きつつある。開き直った陽炎が、空母棲姫へ向けて陽動を仕掛けてくれているからだ。徐々にその立ち位置を動かされる空母棲姫。その背中が――俺の目の先にある。

 

「……」

 

 ぐっ、と『月光』の柄を握り込む。光が刀身に反射し、きらりと煌めいた。

 足に力を込める。同時に、遠くから轟音が響いた。空を駆け、海を伝わる大きな衝撃。この衝撃には覚えがある――遠く、仲間のいる方向を向けば、そこにはやはり大きな三本の水柱。大和の、三連主砲が生み出すものだ。

 

「ナ――」

 

 空母棲姫の背に動揺が走る。明らかに艦載機の操作が鈍り、隙だらけの背中を晒す。あれは、俺達艦隊の勝ちを知らせる一撃だ。ならば――

 

「……さらばだ、空母棲姫」

 

 突貫。

 燐光(キラキラ)を纏ったまま、『月光』を彼奴の背に突き立てる。空母棲姫は一度だけ此方を振り返ると、そのまま膝から崩折れ海へと沈んでいった。

 

「……終わったか」

 

 大きく息を吐く。戦闘中こそどうなることかと思ったが、結局は一人の欠員もなく窮地を乗り越えることが出来た。瞑っていた目を開き額の汗を拭えば、陽炎が此方へ滑ってくるのが見える。

 

「……まあ、及第点だろう。神通には扱かれるかも知れぬがな。それにしても……さっぱりしない雲だ」

 

 これで晴れていれば、もっと気持ちの良い勝利になっていただろう。少し惜しいと思ってしまうのは、勝利を収めた安堵からか。

 

「しかし……本当に惜しい。晴れていたのなら、この()()海とも良く映えただろうに――ッ!?」

 

 ぞくり、と背筋に悪寒が走る。同時に脳内で警鐘が鳴る。

 待て。

 待て。

 おかしい。

 海の色は――空の色を映したものだ。空が青いから、海も青いのだ。夕暮れ時ならば海は赤くなり、曇り空ならば――海も、灰色に染まるはずだ。

 ならば、この海の蒼さは――

 

「……ッ!!」

 

 水面を覗き込む。

 深い深いそこ、(ふね)が沈んだ先に行き着くそこに――

 目。

 目。

 ――目。

 艦載機がいなくなり、爆撃が止み、穏やかに凪いだ海。その水面の中、昏い水底に蒼く光る――深海棲艦の、目。

 蠢き、犇めきあい、その虚ろな瞳を空へ……否、俺達へと向けている。はるか彼方、見渡す限りの海を真っ青に染めるほどの、無数の深海棲艦の群れ。そのうちの一つと、目が合った。

 そうだ、そう言えば今回の戦い、敵が嫌に航空機を使ってきた。それはただの戦力の偏り、あるいは彼奴等の全力だと思っていたが――それが、全て、姫級でさえも、俺たちの目を空に釘付けにする目的の為だけに消費されたのだとしたら――

 

「――全員ッ、」

 

 咄嗟に無線のスイッチを入れ、叫ぶ。

 俺に出来たのはそこまでで――

 

「避けろぉぉぉぉぉおッ!!!!」

 

 無数の深海棲艦が放つ、無数の雷撃。

 その圧倒的な殺意の前に、菊月()はあっさりと吹き飛ばされた。




艦娘音頭を満面の笑みで踊ってる菊月ください。

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