私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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ごめんなさい遅刻しました。
投稿フォーム開いたまま寝落ちしてましたのです。


暗雲、その七

 ぱちぱちと、炎が爆ぜる音がする。オイルが焦げたひどい匂いが鼻をつく。全身が熱く、その熱さを凌駕するほどにずきずきと痛む――いや、痛いなんてレベルじゃない。熱くて痛いのに、感覚がない。寒気すらする。

 

「――っ――ぁ――」

 

 口を開いた途端、口内に液体が流れ込んでくる。それは塩水とオイルだった。明らかに身体に悪そうなそのオイルの味を噛みしめることで、俺は自身が倒れているのだと気が付いた。それも、おそらく水面に。

 

「な……にが……」

 

 立ち上がろうと腕を動かそうとして――全身に走る激痛。腕は動かせない。足もまた、動かせない。手足の先など氷のように冷え切っていて、周囲の海の方が熱いくらいだ。本音を言うと、このまま横たわっていたい。

 けれど、そういう訳にもいかなかった。記憶が曖昧だ。なぜ、菊月()は倒れている? 戦場に出て、艦載機と戦っていたところまでは覚えている。ならば、少なくとも此処は戦場のはずだ。嫌に静かなのが気になるが。

 戦場であるのならば、立たなければならない。仲間と姉妹と民を守る、それが『菊月』の願いだから。……けれど、身体は動かない。ならばせめて、なにが起こっているのかと、横倒しに海に預けていた顔と頭を僅かにもたげ、目線を変え、

 

「――――」

 

 絶句。

 ()()()()()()()

 視界一面に広がるのは、紛れもなく母なる海だ。しかし、今はその上に広く、どす黒いオイルが広がっている。このすえたような匂いを間違える筈はない、海に広がるこれは深海棲艦の体液(オイル)。よくよく見てみれば彼奴等の手や足、頭、異形の艤装の破片のようなものが浮かんでいることからもそれは明らかだろう。

 それらが、燃え盛っているのだ。空にかかる黒雲を真っ赤に照らし上げ、燃やせど尽きることなく海面下から湧き上がる体液(オイル)を燃料に、この海を炎が覆っている。

 ――そこまで認識して、俺はようやく思い出した。そうだ、意識を失う直前、俺は海面下に、文字通り数えれないほどの深海棲艦を見た。そして、それらが一斉に雷撃を放つところも。

 

「ならば、これは……これは、その結果だと言うのか?」

 

 だと言うのならば――なんと言うことなのだろう。

 あれだけの数が一斉に魚雷を放ったならば、その大半が海面下で炸裂するに決まっている。そしてその時、彼奴等の魚雷が焼き尽くすのは彼奴等自身だ。それを分かっていない筈はない。

 ならば――これらは全て、理解の上で行われたこと。彼奴等は自らも爆炎に焼かれることを承知の上で、これほどのことを仕出かしたのだ。

 海面上には未だ姫級が何隻か残っていた筈だ。大和達が旗艦を沈めたとはいえ、他の姫は確実にまだ戦っていた。ならば――それらもまた、巻き添えにされることを選んだということ。俺達艦娘に、被害を与えるためだけに。

 まるで特攻――菊月()の冷え切った背筋に怖気が走る。しかし、何より恐ろしいのは、明らかな自我を持ち得る姫にすら犠牲を許容させ、あまつさえそれを戦術に組み込める『何者か』が存在する――それを理解した、理解してしまったことだった。

 

「ぐ、う……っ、そうだっ、皆は、皆は無事なのかっ!」

 

 海、敵と思考が及べば、次に思い出すのは仲間達のこと。そう、陽炎や神通に祥鳳たち、あるいは大和率いる第一艦隊も菊月()と同じように雷撃の脅威に晒されただろう。ならば、先ずは彼女達と合流しなければ。

 痛む身体を抑えつつ、ゆっくりゆっくりと海面に手をつく。薄っすらと透けて見えた海面下には深海棲艦は存在しないようだった。あの雷撃での自爆特攻で自らも砕け散ったのか、あるいは視認の及ばない深い深海に隠れているだけか。ともかく立ち上がらねばどうしようもない。

 痛みに疼く両腕を動かし、海面に真っ直ぐに手を着く。力を込めて上半身を浮かせれば、額から流れ落ちた鮮血が海を覆う黒い体液(・ オイル)の上に広がった。

 顔を空へ向けると、ちらほらと白いものが落ちてきているのが分かる。雪かと思い手を伸ばしてみるが、掌の上に落ちたそれは一向に融ける様子を見せない。ふうっと息を吹きかければ舞い飛ぶそれは、灰だった。おそらくは、深海棲艦の焼け焦げた残骸が舞い上がったものだろう。

 

「く、うっ……。陽炎! 神通! ――みんな、何処にいる!」

 

 血を流す四肢を引き摺りつつ海面を滑る。艦娘の移動方法はこう言う時、必要以上に身体を動かすことが無くて楽だ。とは言っても、身体に負担を掛けないようにゆっくりとした速度のままでだが。

 

「あれだけ居た深海棲艦が居なくなっていることだけが救い、か……。無線機も壊れた、早く仲間を――っ、あれはっ!」

 

 燃え盛る海をのろのろと進む、遠くに見つけた人影を目指して。その遅さに自らのことながら辟易とするが、これ以上の速度は出せない。ゆっくり、ゆっくりと横たわるその影に近づき――そこに居たのは、陽炎だった。

 

「……おい、陽炎! おい、しっかりしろ!」

「う、ああ――菊月、なの? あつ、あつい――あついよ」

「おい、陽炎! ……今すぐ沈みこそしないが、立てもしないか」

 

 熱い、熱いとうわ言を繰り返す陽炎。見ればその服にも艤装にも大きく炎に舐められた痕がついており、特に魚雷発射管の辺りは酷い有様となっている。これでは、立つことが出来ないのも不思議ではない。

 ゆっくりと屈み込み、その身体を抱える。彼女の下に身体を通し、背部艤装に跨らせ、おぶるような格好で持ち上げる。力の抜けた彼女の身体は、想像以上に軽かった。

 

「他にも、仲間はいる……。彼女らを、探さないと……、ッ!」

 

 彼女を背負ったままのろのろと滑り出す。目指すのは、先程神通たちが戦っていた辺りだ。炎が視界を遮る壁となっているから遠くまで見通すことは出来ないが、あの辺りで雷撃を受けたのならば倒れているとしても――

 

「……っ、深海、棲艦……!」

 

 ――俺の目の前に、海面下から一体の深海棲艦が浮かび上がる。単眼、寸胴、大きな口。élite(上級)ですらない、ただの駆逐イ級。

だが、今の俺に対抗する手段はない。艤装の殆どは全壊し、唯一残っているのは『月光』のみ。その一振りも、陽炎を背負っていては満足に振るえないだろう。

 

「ガ、ガガ、ガガガガガ……!」

 

 イ級もイ級で満身創痍のようだ。だが、それでも今の菊月()よりは満足に動けるだろう。

 

「……ここまでか、情けない……。だが、私は諦めはしないぞ――他ならぬ、『菊月()』の為にな」

 

 左腰から『月光』を抜き放ち、だらりと提げる。乾坤一擲、彼奴の単眼に『月光』を突き立て刺し違える覚悟で足に力を入れ――

 

「お待たせしました、菊月」

 

 轟音。

 身体の芯まで震えさせるような衝撃とともに、ぼろぼろのイ級が粉々に砕け散る。

 噴き上がる水柱。

 それが収まった先、燃え盛る海を背に立っていたのは、

 

「菊月――と、陽炎ですか。どうにか無事のようですね。他の仲間はみな、私が回収しました。――さあ、撤退しましょう」

 

 その大きな艤装に倒れ臥す仲間を載せ、血を流しながらも目の中の闘志だけは全く衰えていない――日本最強の戦艦、大和だった。




漂流すると思った!?流石に無理です!!

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