お待たせ致しました。諸々の用が終わったので更新再開です。
とはいえ突発的に忙しくなることもありそうなので、もし更新が無かったりしたら忙しいのかなと思って下さいませ。
それでは、今日も今日とて菊月が可愛い。
あ、『菊月保存会』様の方もよろしくお願いします。
駆ける。
草臥れ切った両足に力を込め、崩れ落ちそうになる身体を無理やり維持し、黒煙を噴き出し異音を上げている艤装を携え、真っ黒な空と海の間を駆ける。
雨が降り出していた。あの場、深海棲艦の潜水艦どもがひしめいていたあの海域から抜け出してすぐ、
だが、俺達は倒れない。倒れられない。それは、今も背後から追走してくる深海棲艦のせいでもあり、前方を塞ぐように展開する深海棲艦の部隊のせいでもある。ここで力尽きれば水底まで一直線だ。ただ、何より大きな要因は、力尽きた時にそうやって沈むのが自分だけでないことだろう。
――仲間のため。そうであればこそ隣の大和は立ち続けているのだし、
奥歯に力を込め、肚に気を漲らせる。ふうっ、と息を吐けば、
「――おぉぉぉぉぉおぉおあぁぁぁあッ!!」
一瞬だけ、隣を往く大和に目配せ。視線が交錯すると同時に、俺は全力で駆け出した。足元で爆発する推力が身体を軋ませ、破れた制服が風にはためく。黄金の気焔を纏っている今、加速力は通常時のそれの比ではない。雨粒さえ置き去りに、
「ガ、アッ!?」
「次……ィ!」
腰だめに構えた『月光』を、
進行方向を塞ぐように展開している深海棲艦は、どれも全て人型だ。潜水艦どもに奇襲させることで戦力の減衰した俺達を確実に磨り潰す為の編成なのだろうが、今の
「ぜあぁぁあッ!!」
「ゴ、コノ――」
急所を突き易いからだ。
俺の背へ向けて砲を構えていたリ級から放たれる砲弾を斬り払い、振った『月光』を構え直す勢いで彼奴の首を落とす。同時に
「さあ――来いッ!」
風を切り跳び上がる俺と、海面のル級の視線がぶつかる。一瞬だけ目を剥いたようなル級が此方を見上げながら、しかしにやりと厭らしく笑った。俺が宙にいる、と言うことの意味を理解したらしい。
宙にいる、それは即ち攻撃を回避する術が無いと言うこと。此方へ向けて特徴的な艤装を構えるル級に釣られ、その随伴である重巡や戦艦が一斉に此方へ殺意を向けた。
どいつもこいつも此方を見上げ、その砲先は正確に
――まあ、そんな未来は訪れないのだが。
「――甘い、なッ!!」
空の俺へ向けて、一斉に放たれる砲弾の数々。十を優に越えるそれらを、俺は培った動体視力と反射神経で以って斬り捌いてゆく。
一つ。二つ。三つ。四つ――破片が頬を掠める。五つ目の残骸が剥き出しの脚へ突き刺さり、鮮血が噴き出す。六つ、七つと斬り落とし、八つめ――重巡ネ級
真紅の砲弾が炸裂し、痛みに視界が一瞬だけ白く染まる。けれど、この意識だけは手放さない。『菊月』の身体にまた一つ傷を与えてしまった後悔を噛み潰し、爆炎に焼かれながら態勢を整える。
彼奴等の視線は今も俺へ釘付けだ。足元の警戒も疎かに、跳び上がった俺だけへ視線を集中させている。まあ、そうなるように仕向けたのは俺ではあるが――
「――ふん。お前達が短絡的で、運が良かったよ」
――彼奴等の視線を俺へ集中させた理由。それは、仲間達を抱える大和を彼奴等の向こう側へ先行させるためだ。幾ら大和、この国最強の戦艦と言えど、疲弊し大破した状態で仲間を抱えて戦闘を行うのは不可能だ。故に俺はこの身へ視線を集めた。
尤も、これは『俺』ではなく『菊月』の発案した作戦ではある。それを採用し、実行したのは『俺』であるが――何より、たった一度の視線の交錯だけで意図を察した大和にこそ感謝を申し出たいところだ。
彼女の視線からは苦渋と決意、謝意が見て取れた。必要とあらば駆逐艦であろうとも囮とし、その上で仲間を誰一人失わないように立ち回っている。そんな彼女だからこそ『大和』なのだろうし――
「――全砲門、開けーッ!
こうして、
進路を塞ぐ深海棲艦どもの背後を取った大和は意識の無い仲間達を背に、ぼろぼろの艤装を使役する。火を噴いた砲から放たれる砲弾が、深海棲艦を背後から撃ち砕いてゆく。
「――お陰で助かった、大和。流石に、ここで沈みたくは無いからな」
「助かったのは此方の方です。菊月のお陰で無事に深海棲艦の妨害を通り抜けることが出来ました。それに――あなたをこんなところで沈めさせなんてしませんよ、菊月。ええ、絶対です」
着水し、大和のもとへと駆け寄る。此方へ微笑みを投げ掛けてくる大和も、
「……ふ、お前がそう言うと安心感が違うな。だが、些か気を張り過ぎだろう。……いざとなれば、お前は自分の身を優先しろ。私は私でなんとかする」
戦力的に見れば、一介の駆逐艦と最強の戦艦とでは価値が違う。『俺』にとってはともかく、大局を見るならばむしろ
だというのに。
「いえ――私が菊月を守ります。何があろうと、どんな敵が私の前に現れようと。だって、私は菊月に憧れてるから――いいえ、違いますね」
彼女はそこで言葉を切り、
「私は、あなた
そう言って、彼女は場違いなほどに朗らかに笑ったのだった。
菊月って本当に可愛いなあ。