旧年中はお世話になりました。
さて、先月はまさかの殆ど更新出来ないという体たらくでしたが、今月からこそはきちんと投稿できるように努めて参ります。
新年一発目、だいぶ間も開いてしまいましたが、今回は前話で笑いかけた大和さんの内面からです。
あと、『菊月保存会』様もよろしくお願い致します。彼の団体様の真摯な活動は、ただの一菊月好きとして応援させて頂いております。
――大和、という言葉がある。
その言葉が意味するのは、この国そのものだ。これは太古の昔より、我等が駆けるこの時代まで、この国を表す言葉として在り続けた言葉だ。
――大和、という
大いなる、悠久の、この国の名を付けられたその艦は、旧海軍内でも極秘中の極秘存在として開発された、史上最大の戦艦だった。あらゆる艦よりも巨きく、堅く、そして強い。そんなものを目指して建造されたその戦艦は、しかしあまりに時代にそぐわないものであった。最後の希望としての責務も果たせず、ただ戦い、ただ沈みゆくだけのその艦。
軍の希望を受け、民の願いを担い、仲間たちの盾となり矛となる望みを抱きながらも、そのどれをも達成することなく沈むその時。私であった艦は確かに願ったのだ。
願わくば、もしも二度目があるのなら、次こそは希望も願いも仲間たちも、全てを守ってみせるのだと。
「……」
――そうして、大和、という艦娘がある。
この生を艦娘として受けた時、私は歓喜した。今度はきちんと皆の期待を背負い、民を守り、仲間を沈ませない――そのように戦うことが出来るからだ。
出逢った仲間たちもまた、かつて共に海を駆け、沈んでいった者たちだった。どうやら彼女達は、あの時点では私のような思考をしていない――有り体に言えば深海棲艦と呼ばれるモノと戦うための
正確には名前でなく『彼女達がどんな存在であるか』が、だが。それは私が『大和』というこの国そのものの名を持つからか、あるいは彼女達を統べるべき戦艦の中の戦艦として建造されたからか、もしくは名を知る彼女ら、名も知らぬ彼女らの悉くを守れなかった強い無念からか――理由は定かではないが、私はそれを当たり前のように成していた。また、だからこそ、そんな私が彼女らを護ることこそ、自由意志のようなものを持った唯一の艦娘である自分の役目だとも考えていたのだ。
それだけではない。装甲は厚く、砲撃は強力で、航空戦力と相対しても嘗てほど絶望的ではない。艦載機からの攻撃は回避が容易であり、精神の状況如何に依って戦闘能力が変化する。『戦艦大和』が抱えていた莫大な欠点が軒並み廃され、利点はそのまま。精神面で言うならば、嘗て今際の際に抱いた無念を持ち続けている限り私の戦闘能力は常に最大限に維持され続ける。あの時は最早時代遅れだった『戦艦大和』という存在であると言うことが、これ以上なく有利に働くという要因もまた、私の歓喜を掻き立てていた。
そうして、私は戦い続けた。艦娘として二度目の生を受けてからずっと。
ひとところに留まることは、ある時期までは少なかったように思える。基本的に、私は戦艦という枠での――いや、艦娘という括りにおいて、最高戦力の一つだ。燃費こそ馬鹿にならないとはいえ、敗北、即、死であるのはどこも同じ。故に私は敵の多いところ、また多いところに回されて、その最前線で戦い続けてきた。ある時はこの自慢の砲で敵の棲鬼、棲姫を打ち倒し。ある時は自慢の装甲を活かし、敵の只中へ突入し。寝ても覚めても戦いばかりだった。
しかし、それを辛いと思ったことは無かった――むしろ、戦えることを嬉しくさえ思っていた。休みなど無かったが、疲労を感じたことなどなかった。全身からは常に
指摘されたことは無かった。今はともかく、昔は私のそんな僅かな心の動きを指摘するほどに人間的な仲間は居なかったから。艦娘は人型をしてはいるもののどちらかと言えば艦艇寄り、何よりもまず戦うことを重視していた性格だった。だから、結果を出し続ける私は賞賛こそされ、その優越を指摘されることなど無かった。
――そんな最中だった、トラック島泊地が深海棲艦に襲撃されたと知らされたのは。
勿論、私も駆り出された……否、駆り出されはしたが、流石に距離がありすぎた。北方海域からトラック泊地海域まで、一日二日で向かえはしない。向かっている間にも知らされる、味方の苦戦。曰く、単独出撃したトラック泊地の複数の艦娘が戻らないだとか。曰く、敵の猛攻により損害が予想以上に大きいとか。……曰く、新型の深海棲艦――軽巡棲姫との夜戦で、今にも沈んでしまいそうな味方がいるとか。
叫びだしたくなった。涙が出そうにもなった。私は、そんな仲間の盾となるために、此処にいるのではないかと。諦めはしなかった。けれど、楽観視は出来なかった。何故なら、私の中の『艦艇』――冷静なところが、敵味方の戦力差と練度を加味し、最低で一人は沈むと告げていたから。
「――あなたをこんなところで沈めさせなんてしませんよ、菊月。ええ、絶対です」
結論から言おう。トラック泊地襲撃作戦、その防衛戦で沈んだ艦娘はゼロだった。予想された被害を抑えられたのは、窮地に陥った艦隊、その只中に単身で飛び込んできた一隻の駆逐艦のおかげだった。その駆逐艦――『菊月』こそ、今私の目の前で戦っている小さな彼女だった。
「――いざとなれば、お前は自分の身を優先しろ。私は私でなんとかする」
……初めは、単なる興味だった。尋常な考え方をしている艦娘ならば、『深海棲艦の残骸から造り出した艤装で深海棲艦に斬りかかる』なんてことはしないだろう。だから天龍達のように艤装に近接兵装が含まれているか――あるいは、私と同じように常ならぬ考え方をしているか。そんな興味と少しの期待で、彼女の姿と活躍を追っているだけだった。
その興味と期待は、あっと言う間に塗り替えられた。
――鎮守府に運び込まれてから目が覚めた直後に海へ飛び出し仲間を救い、ナイフや刀といった近接兵装を敢えて手に取りそれらを使いこなす。
――殿を務めた死ぬ気の仲間を追い、その身を助ける。沈んだと思いきやしぶとく生き延び、それどころか嘗て戦いに背を向けた仲間を激励し彼女らを引き連れ仲間の窮地に駆け付ける。
――遠い異国の地で見知らぬ同胞を導き、単騎で遥か格上の化け物を沈め、何事かに迷いながらも……立ち上がった。
率直に言おう。私は、彼女に魅せられていた。
それでも、私の内心はどうあれ、私――『大和』は最強の戦艦の一角だ。それ故に、私と彼女とでは相対すべき戦場が異なる。何度肩を並べて戦いたいと思ったことか。前線に立ち続ける私とは異なり遊撃を担当する我が妹――菊月と行動を共にすることが多かった彼女を羨ましく思ったのは一度ではない。武蔵に菊月の話をねだったことも一度ではない。
今にして思えば、私は彼女に憧れていたと言ってもいい。
この『戦艦大和』が、吹けば飛ぶような駆逐艦一隻に。
吹けば飛ぶはずの幼い身体で、まるで
接点も殆どなく、肩を並べて戦ったことも数回。けれど、確かに私は彼女に憧れた。その在り方に。
そして――まだ。私が彼女に魅せられたのは、それだけが原因でない。もっと決定的なひとつがある。
「いえ――私が菊月を守ります。何があろうと、どんな敵が私の前に現れようと。だって、私は菊月に憧れてるから――いいえ、違いますね」
私は、彼女ら艦娘たちの目を一目見るだけで、彼女達の名前が――彼女達がどんな存在であるか分かる。だから、彼女の場合もそうだった。白髪赤目の幼い彼女、どこからどう見ても私の全てが彼女を『菊月』だと断定する――その瞳の奥の奥、赤い光の向こう側に位置するその『意思』だけを除いて。否、『それ』は『彼女』ではないだろうが。
艦娘ではない。それは間違っても、艦娘ではない。それはヒトの魂だ。若い男の魂だ。何故ヒトの魂が艦娘の身体の中に在るのかなど分からないし、誰も――あるいは明石さんを除いて――そこにヒトの魂が在ることなど気付いてもいないだろう。けれど、その魂は戦っている。本来我々に守られるべきなのに、戦っている。
便宜上、菊月のそれとはまた別のその魂を『彼』とでも言うべきだろうか。彼は初めは菊月本人の魂と絡み合い、そしてその状況に守られているだけだった。だが、彼は成長した。菊月でないにも関わらず菊月足らんとし、傷つき、菊月に支えられながらも悩み、そしてその悩みを払拭し――燃え盛る黄金の炎として目覚めた。
その意思の形に、私は覚えがある。別に特別でも何でもない、嘗て
それは、船乗りの魂。船を愛し、船に命を預け、全霊を賭けて船を操る。
そんな彼に全てを預け、しかし彼の補佐をして海を駆ける菊月。自らを操る船乗りを信頼しているからこその動き。
ほら、彼の意思は黄金裂帛。それは今も菊月の全身を覆う黄金の気焔となって刃を研ぎ澄ませ、
けれど、それも互いを思うゆえか。ならば、ああ、なんて目映い。知らぬは互いたちばかりだろうけれど、それだけお互いを信頼している二人がともに戦うことがどれだけ素晴らしいことか。だから、だから私はあなたたちに惹かれたのだ。
否定しようもない。憧れ、羨み、魅せられ、そして惹かれた。だから、私が言うべきは『憧れているから』なんて言葉じゃない。そう、告げるべきは――
「私は、
だから、私も。
憧れ続けたあなたのように、海を駆けて魅せましょう。
鎮守府はもう近く。敵影は無数に。損害状況から、作戦に出ていた艦娘が可能な限り帰投したとしても、すぐに戦える者はごく僅かでしょう。
それはあなた達も同じ筈だ、『菊月』。その黄金の気焔――彼の魂を燃料に限界まで駆け抜けるそれは、戦い終われば失った魂の分量だけ気絶する諸刃の剣。けれど、あなたは戦った。私や、気絶し戦えない戦友のために。
ならば、私が代わりとなろう。海の男と成ったあなたと、その船であるあなた。二人の代わりに、私が戦おう。
さあ――戦艦大和、推して参ります。
次回、大和さん無双。