私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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まずは謝罪を。遅れに遅れて申し訳ありませんでした。
難産でした。
書いても書いても納得いかず消したり書いたり、というのはこういうことを言うんですね。

さて。
菊月……の第一煙突の一部、還ってきましたね。長かった短かったというよりも、単に感無量です。
保存会の方々には感謝してもし足りません。
と言うわけで、みなさんも『菊月保存会』を応援しよう、な!


風は凪ぎ波は消え、中

 大和が残る一砲身を真っ直ぐに構え、そこから砲弾が吐き出される。それが、一瞬だけ硬直した戦場が再び動き出す切っ掛けとなった。

 水平に構えたそれから放たれる砲弾は真っ直ぐに飛翔し、戦場最奥の姫へと肉薄する。命中すれば一溜まりもないであろうそれは、しかし身を盾にした駆逐艦の一隻によって阻まれた。それに追随するように、周囲の深海棲艦も隊列を蠢かせる。姫を守る盾のように、菊月()達を押し潰す黒い波のように。

 

「――成る程」

 

 その只中へ、菊月()は突っ込む。前に飛び出る寸前、周囲の艦娘達からぎょっとした視線を向けられた。さもありなん、あの醜悪な群れの中に飛び込むなど正気の沙汰ではあり得ない。見れば、その中には共に中部海域方面へ出撃した神通らの姿も見える。……どうやら彼女らは菊月()よりも早くに目を覚まし、戦っていたようだ。押し寄せる圧倒的な物量からこの鎮守府を守り、そして――沈んだ。陽炎のように。

 もやもやと、何か釈然としない思いが胸中に満ちる。それは……『菊月』の抱くものだろう。『仲間を護る』、その願いを抱いて艦娘となった彼女にとって、これは許容し難いことだろうから。

 その気持ちが理解出来ない訳ではない――むしろ、『俺』も似た気持ちを抱えている。彼女らと共に海を駆けた日々は掛け替えのないものだし、何より『菊月』が彼女らと同じように沈みでもしたらと思うと心が凍りつくようだ。

 俺は菊月が大切だ。だからこそ、菊月の願いのために戦う。彼女の願いのために菊月自身が傷つくことは心苦しいが、それでも。彼女が仲間と人類とを守りたいと願うから、俺は戦うのだ。

 

「……苛立ちをぶつける訳では無いがな。これ以上仲間を喪う前に、お前達には消えて貰う……!」

 

 仲間のために。そう願った『菊月』の思いを口に出す。その怒りが小さな身体に浸透するままに、菊月()は海を蹴った。遮るように突出してくるのは、無数の深海棲艦駆逐級。どれもこれもががぱりと大口を開き、無骨な砲門を此方に向けて――

 

「ガァァァアッ!」

「――甘い……ッ!」

 

 『月光』を縦一文字に振り抜き、正面から迫る一発を叩き斬る。

両断した砲弾の合間に身体をねじ込み、周囲から迫るものは小刻みに跳ぶことで回避する。至近弾が爆発し水柱を噴きあげるも、その程度で惑わされはしない。

 降り注ぐ潮水の中を、真っ直ぐに跳躍する。振り抜いたままの『月光』を握った片手に力をぐっと込め、立ち塞がる駆逐級の眉間に一突きを叩き込む。鋼鉄が硬い肉と皮を突き破る手応え。一撃を受け船体(身体)を痙攣させ、最期の力で暴れる駆逐級。俺は振り落とされないように、傷口から漏れる青黒い粘性の体液に濡れた彼奴の皮に脚を掛け、深々と刺さったそれを力任せに捻り抜く。瞬間、噴出する体液。それに塗れながら、抜いたと同時にその額を両脚で蹴り跳躍し――

 

「そこだッ!」

 

 黒い体液(オイル)を滴らせた『月光』を提げたまま、逆の手に単装砲を構え引き金を引く(トリガー)。狙うは泊地棲姫、その胴体。三次元方向から放たれる砲弾を、海を這う深海棲艦どもに防ぐ術は無く――しかし、その一撃もまた、彼奴らの放った艦載機が盾となることで阻まれる。

 

「ウットウシイ……ナァッ!」

「くうっ……!?」

 

 返す刀と言わんばかりに、眼下の深海棲艦が砲撃を放ってきた。その数もまた、無数。風切り音を引き連れ、鋼鉄の塊が菊月()の側を通り過ぎてゆく。跳躍の反動で空に漂う俺には、菊月()の服の端を引き裂き、髪を撃ち抜くそれらを躱す術は無い――無いが、だからと言ってみすみす砲弾を食らいはしない。

 顔面へ迫るそれへ『月光』を一振り。落下しながらもう一振り。身体を掠めるものには目もくれず、直撃弾のみを斬り落とす。一歩間違えれば即直撃、その後は痛みと熱と無念とを感じながら沈むのみ。だと言うのに、菊月()の胸に恐怖は無かった。

 敵のど真ん中へ落下しながら、文字通り戦場を俯瞰する。開ける視界、鋭敏になる感覚。艦娘という、人間を越えた存在の持つ性能。それが感じ取ったものは――正確に言えば、菊月()の中にいる『菊月』が感じ取り報せてくれたものだが――右方より迫り来る一発の砲弾だった。

 

「くうっ!」

 

 『菊月』の鳴らす警鐘のままに、身体が反射的に動く。身体を捩り、服の表面を焦がす距離でそれを躱せば捻った身体のままにくるりと回転。回避した砲弾の数々が顔面を掠めてゆくものの、それらが気に留まることはない。制動の反動を活かした剣撃を残る砲弾に叩き込めば、勢いよく海面に着水。

 ひゅんひゅんと砲弾が音を立てて飛び交い、横や背後で炸裂し、生み出される爆風が身体を煽り飛沫が降りかかる。それらが、どこか他人事のようにも思える程にふわふわと戦場を俯瞰したまま菊月()は脚に力を込めた。

 ――着水点は敵陣のど真ん中、周囲には深海棲艦の群れ。その砲身の殆どは菊月()を捉えている。包囲網は歪な円形で、敵艦種は様々。数は膨大。菊月()を包囲する敵総数の半分どころか四分の一以下の被弾ですら轟沈は避けられない。包囲網の奥に泊地棲姫はいる。

 包囲は厚く、敵は遠い。しかし、こうでもしなければこの戦いに勝つことは出来ぬ――と、『菊月』が言う。これ以上仲間を沈めぬ為に、私が先陣を切らねばならぬと彼女が言う。その言葉に、反論することはない。ジリ貧であることは確かであり、菊月(俺達)が特攻しなければ陣を乱すことが出来ないのも確かであるし、なによりそれが彼女の望みであるからだ。

 ただ、一つだけ欲を言えば、もう少し『菊月(彼女)』にはその身を省みて欲しい。彼女の望むままに為そうと決めた心に一瞬だけそんな感情が過ぎり、しかし俺は彼女に従おうと構える『月光』の切っ先に意識を集中させ、両脚に力を込め――

 

「行くぞ――ッ、!?」

「ガガァッ!」

「後、ギァアァッ!!」

 

 熱。衝撃。痛み。光。堪らず傾く視界と、身を焦がす灼熱の炎。水面に片手を付きながら激痛の出所を横目で見る。突撃の為に踏み出した右脚、その膝が、一発の砲弾に撃ち抜かれていた。

 砲弾の射手は、菊月()を取り巻く包囲網そのもの。つい一瞬前まで閉じられていた砲門の悉くが開き、棚引く硝煙が黒いカーテンのように俺の視界の先を塞いでいる。無機質かつ異形、てらてらと明滅するだけのそれら深海棲艦どもの表情など無いはずの顔がにんまりと嫌らしく顔を歪めているように思えたのは、気のせいではないだろう。

 

「……ぐ、が、ッ……ちいっ、立てぬ……!」

「ガハ、ギハ、ギャゴハハハ! ゴガァッ!」

 

 異形どもが嗤いながら此方を向き、大口を開け砲弾が放たれる。未だぶすぶすと焦げ続ける片膝を海面に付いたまま『月光』でそれらを斬り払うも、足を止められた状態で全てを捌き切ることなど不可能。一際大きなそれを断ちきれず衝撃に押し負け、逃げるように水面を転がる。破片がめり込んだ額から、一筋たらりと鮮血が垂れた。

 流石にこれは不味いか――そう思考しつつも意思と相反するように、身体は『月光』を構える。そんな菊月()を嘲笑うかのように砲弾の雨が放たれ、

 

「――もうっ! 病み上がりで飛び出して、その後すぐにまた傷ついてっ! ……帰ったらっ、お説教よっ!!」

「――お姉ちゃんには言いたいことが山ほどありますっ。今日という今日は許しませんからねっ!!」

 

 先程の菊月()と同じように、包囲網を飛び越えて。聞き覚えのある声が二つ、菊月()の周りに降り立つ。その片方は大きな盾で砲弾を防ぎ、もう片方は構えた単装砲で次々に飛来するそれらを撃ち落とし。

 

「――如月、三日月……」

「私たちだけじゃないわよ、菊月ちゃん。――というか、まだ沈んでない艦娘で動ける人はみんな此処へ向かってるんだから」

 

 それでもまだまだ人手は足りませんけどね、と三日月が溢し、それに追随するかのように包囲の一角が爆音とともに吹き飛んだ。ぽっかりと陣に空いた穴の向こうに見えるのは、菊月()と同じように片膝をつきながらも砲を構える大和。その穴から飛び出して来たのは、桃色と緑の髪をした少女――菊月()の姉妹である卯月と長月。

 

「全く、この頃は遠征に駆り出されるだけだから楽で良いと思っていたのだが、まさかこんな最前線に出ることになるとはな」

「文句言わない、っぴょん。うーちゃん、菊月のためならえんやこらっぴょん!」

 

 二人もまた、菊月()を庇うかのように前に立ち迎撃を始める。そんな彼女らに庇われる菊月()の横へ、如月が屈み込んだ。

 

「本当はね。ああは言ったけれど、菊月ちゃんが頑張ってくれないと大和さんもみんなも危なかったって知ってるの。そして、今此処では菊月ちゃんしか戦局を変えることが出来ないことも。けど――」

 

 如月はそう言いながら、菊月()の片足へ包帯を巻いてゆく。

 

「けど、けどね。あなたの姉としては、本当はそんなことして欲しく無いのよ。おかしいのは分かっているわ、戦うための存在である艦娘が同じ艦娘に対してこんなことを言うのは。けど――」

「……如月」

 

 言葉を紡ぐ彼女の口を指で塞ぎ、微笑んでみせる。この微笑みは、『菊月(俺達)』のものだ。

 

「私は征く。仲間を失いたくないからだ」

「……」

「――だが、この有様では無茶も出来ぬ。だから、お前に……お前とその盾で、私を守ってほしい。そして帰投したあと、思い切り説教してほしい」

「――ふふっ。どうしてこんな、お姉ちゃんの話を聞かない妹になっちゃったのかしら」

「……残念ながら、無茶をする性分は最初からだ」

「ええ、そうね。――仕方ないわね、お説教を二倍にする代わりに菊月ちゃんに付き合ってあげるわ。さ、立って」

 

 腕を取り、立ち上がる。頭の上を大和の砲撃が通り過ぎてゆき、目の前の黒い壁(深海棲艦)が崩れ去る。その向こうに、ようやく泊地棲姫の姿を捉えた。

 

「――やっと、貴様と眼が合ったな。待っていろ、直ぐに沈めてやる……!」

 

 感覚の薄れゆく右足を勢いよく海面へ叩きつけ、『月光』を構える。姉妹達に守られつつ、菊月()は再び海を蹴った。




安直に、菊月にバニーガール服とか着てほしいヨネ!!

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