難産でした。
書いても書いても納得いかず消したり書いたり、というのはこういうことを言うんですね。
さて。
菊月……の第一煙突の一部、還ってきましたね。長かった短かったというよりも、単に感無量です。
保存会の方々には感謝してもし足りません。
と言うわけで、みなさんも『菊月保存会』を応援しよう、な!
大和が残る一砲身を真っ直ぐに構え、そこから砲弾が吐き出される。それが、一瞬だけ硬直した戦場が再び動き出す切っ掛けとなった。
水平に構えたそれから放たれる砲弾は真っ直ぐに飛翔し、戦場最奥の姫へと肉薄する。命中すれば一溜まりもないであろうそれは、しかし身を盾にした駆逐艦の一隻によって阻まれた。それに追随するように、周囲の深海棲艦も隊列を蠢かせる。姫を守る盾のように、
「――成る程」
その只中へ、
もやもやと、何か釈然としない思いが胸中に満ちる。それは……『菊月』の抱くものだろう。『仲間を護る』、その願いを抱いて艦娘となった彼女にとって、これは許容し難いことだろうから。
その気持ちが理解出来ない訳ではない――むしろ、『俺』も似た気持ちを抱えている。彼女らと共に海を駆けた日々は掛け替えのないものだし、何より『菊月』が彼女らと同じように沈みでもしたらと思うと心が凍りつくようだ。
俺は菊月が大切だ。だからこそ、菊月の願いのために戦う。彼女の願いのために菊月自身が傷つくことは心苦しいが、それでも。彼女が仲間と人類とを守りたいと願うから、俺は戦うのだ。
「……苛立ちをぶつける訳では無いがな。これ以上仲間を喪う前に、お前達には消えて貰う……!」
仲間のために。そう願った『菊月』の思いを口に出す。その怒りが小さな身体に浸透するままに、
「ガァァァアッ!」
「――甘い……ッ!」
『月光』を縦一文字に振り抜き、正面から迫る一発を叩き斬る。
両断した砲弾の合間に身体をねじ込み、周囲から迫るものは小刻みに跳ぶことで回避する。至近弾が爆発し水柱を噴きあげるも、その程度で惑わされはしない。
降り注ぐ潮水の中を、真っ直ぐに跳躍する。振り抜いたままの『月光』を握った片手に力をぐっと込め、立ち塞がる駆逐級の眉間に一突きを叩き込む。鋼鉄が硬い肉と皮を突き破る手応え。一撃を受け
「そこだッ!」
黒い
「ウットウシイ……ナァッ!」
「くうっ……!?」
返す刀と言わんばかりに、眼下の深海棲艦が砲撃を放ってきた。その数もまた、無数。風切り音を引き連れ、鋼鉄の塊が
顔面へ迫るそれへ『月光』を一振り。落下しながらもう一振り。身体を掠めるものには目もくれず、直撃弾のみを斬り落とす。一歩間違えれば即直撃、その後は痛みと熱と無念とを感じながら沈むのみ。だと言うのに、
敵のど真ん中へ落下しながら、文字通り戦場を俯瞰する。開ける視界、鋭敏になる感覚。艦娘という、人間を越えた存在の持つ性能。それが感じ取ったものは――正確に言えば、
「くうっ!」
『菊月』の鳴らす警鐘のままに、身体が反射的に動く。身体を捩り、服の表面を焦がす距離でそれを躱せば捻った身体のままにくるりと回転。回避した砲弾の数々が顔面を掠めてゆくものの、それらが気に留まることはない。制動の反動を活かした剣撃を残る砲弾に叩き込めば、勢いよく海面に着水。
ひゅんひゅんと砲弾が音を立てて飛び交い、横や背後で炸裂し、生み出される爆風が身体を煽り飛沫が降りかかる。それらが、どこか他人事のようにも思える程にふわふわと戦場を俯瞰したまま
――着水点は敵陣のど真ん中、周囲には深海棲艦の群れ。その砲身の殆どは
包囲は厚く、敵は遠い。しかし、こうでもしなければこの戦いに勝つことは出来ぬ――と、『菊月』が言う。これ以上仲間を沈めぬ為に、私が先陣を切らねばならぬと彼女が言う。その言葉に、反論することはない。ジリ貧であることは確かであり、
ただ、一つだけ欲を言えば、もう少し『
「行くぞ――ッ、!?」
「ガガァッ!」
「後、ギァアァッ!!」
熱。衝撃。痛み。光。堪らず傾く視界と、身を焦がす灼熱の炎。水面に片手を付きながら激痛の出所を横目で見る。突撃の為に踏み出した右脚、その膝が、一発の砲弾に撃ち抜かれていた。
砲弾の射手は、
「……ぐ、が、ッ……ちいっ、立てぬ……!」
「ガハ、ギハ、ギャゴハハハ! ゴガァッ!」
異形どもが嗤いながら此方を向き、大口を開け砲弾が放たれる。未だぶすぶすと焦げ続ける片膝を海面に付いたまま『月光』でそれらを斬り払うも、足を止められた状態で全てを捌き切ることなど不可能。一際大きなそれを断ちきれず衝撃に押し負け、逃げるように水面を転がる。破片がめり込んだ額から、一筋たらりと鮮血が垂れた。
流石にこれは不味いか――そう思考しつつも意思と相反するように、身体は『月光』を構える。そんな
「――もうっ! 病み上がりで飛び出して、その後すぐにまた傷ついてっ! ……帰ったらっ、お説教よっ!!」
「――お姉ちゃんには言いたいことが山ほどありますっ。今日という今日は許しませんからねっ!!」
先程の
「――如月、三日月……」
「私たちだけじゃないわよ、菊月ちゃん。――というか、まだ沈んでない艦娘で動ける人はみんな此処へ向かってるんだから」
それでもまだまだ人手は足りませんけどね、と三日月が溢し、それに追随するかのように包囲の一角が爆音とともに吹き飛んだ。ぽっかりと陣に空いた穴の向こうに見えるのは、
「全く、この頃は遠征に駆り出されるだけだから楽で良いと思っていたのだが、まさかこんな最前線に出ることになるとはな」
「文句言わない、っぴょん。うーちゃん、菊月のためならえんやこらっぴょん!」
二人もまた、
「本当はね。ああは言ったけれど、菊月ちゃんが頑張ってくれないと大和さんもみんなも危なかったって知ってるの。そして、今此処では菊月ちゃんしか戦局を変えることが出来ないことも。けど――」
如月はそう言いながら、
「けど、けどね。あなたの姉としては、本当はそんなことして欲しく無いのよ。おかしいのは分かっているわ、戦うための存在である艦娘が同じ艦娘に対してこんなことを言うのは。けど――」
「……如月」
言葉を紡ぐ彼女の口を指で塞ぎ、微笑んでみせる。この微笑みは、『
「私は征く。仲間を失いたくないからだ」
「……」
「――だが、この有様では無茶も出来ぬ。だから、お前に……お前とその盾で、私を守ってほしい。そして帰投したあと、思い切り説教してほしい」
「――ふふっ。どうしてこんな、お姉ちゃんの話を聞かない妹になっちゃったのかしら」
「……残念ながら、無茶をする性分は最初からだ」
「ええ、そうね。――仕方ないわね、お説教を二倍にする代わりに菊月ちゃんに付き合ってあげるわ。さ、立って」
腕を取り、立ち上がる。頭の上を大和の砲撃が通り過ぎてゆき、目の前の
「――やっと、貴様と眼が合ったな。待っていろ、直ぐに沈めてやる……!」
感覚の薄れゆく右足を勢いよく海面へ叩きつけ、『月光』を構える。姉妹達に守られつつ、
安直に、菊月にバニーガール服とか着てほしいヨネ!!