私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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しかし彼女らの輝きは消えず、という。

菊月保存会様応援!
菊月保存会様応援!


風は凪ぎ波は消え、下

 大和の一撃で包囲が崩れた一角、その穴へ向けて駆ける。被弾した右脚は膝から下の感覚がほぼ無いが、『菊月』がきちんと動いていることを伝えてくれている。その声を信じ、続く左足を繰り出し大きく前へ――跳んだ瞬間、行かせんとばかりに深海棲艦どもが行く手を塞ぎにかかる。先程までの重厚な包囲に比べればまばらなものだが、それでも片足を損傷している菊月()は繊細な機動が出来ないのも事実。止められると踏んだか、あるいは彼奴等も必死なのか。

 

「――だがなっ! 私も、止められる訳には行かぬのだ……!」

 

 立ち塞がるのは軽巡級、重巡級。そのどれもが菊月()へ砲を撃ち、あるいは雷撃を放ち終わっている。

 ……足は止めない。止めれば、右膝から崩れ落ちてしまうだろうと言うことが分かっているからだ。故に、菊月()はそれら敵意の嵐の中へ突っ込み刀を振るう。ひび割れた砲弾を回避する度に掠った肌が裂け、断ち斬った砲弾の破片が突き刺さったところから鮮血が噴き出す。堪らず立ち止まりかけた瞬間に、真紅(élite)気炎(オーラ)を纏う軽巡ツ級が放った一撃が右眼の上、眉の辺りに直撃した。

 衝撃と閃光、圧倒的な熱と痛み。視界が明滅し、ふらりと体幹が揺れ、思わず気を失いかけた瞬間――

 

――痛みは私が引き受ける。動かぬ身体も私が動かす。だから、お前は前へ進め――

 

 頭の中で声が聞こえ、気がつくと菊月()の身体は勝手に動いていた。

 視界の半分が真っ赤に染まる程の損傷を受けながら、菊月()は砲弾を放ったツ級へ肉薄している。異形の頭部の奥に見えた恐怖。それを体現させるかのように、『俺』は『月光』を真横に引き抜いた。

 頭部を失いぐらりと崩折れるツ級――を認識した瞬間、またも身体が動き出す。次々に撃ち込まれる砲撃の嵐を掻い潜りながら、海面を滑る菊月()。上空から迫る艦載機は後方の姉妹達が迎撃し、菊月()を狙う海上艦どもは姉妹達よりも後方の仲間達の砲撃によって損壊してゆく。それを好機と取ったのか、菊月()の身体は一目散に深海棲艦の横を滑り抜けた。

 

「オナジナノヨ……ナンド、タチアガッテモ……!」

 

 海の奥から聞こえる、腹の底から魂を凍えさせるような声。鎮守府の真正面に建設された瓦礫の島の頂上に腰掛け、彼奴――泊地水鬼は此方を睥睨し、

 

「カンムス――シズメッ!!」

 

 片手を振り下ろす。瞬間、島のあちこちから瓦礫が立ち上り、それらは丸い艦載機と化す。見る限りその全ては艦爆である。あるが、種類など今の菊月()にとっては何の関係も無い。精々あいつ、飛行場姫――もとい、リコリスを思い出すだけだ。

 そう言えば、初めてリコリスと戦った時も苦戦させられた。あの時は『菊月』の残骸が瓦礫島の形成に使われていた、激昂もした――などと考えつつも、身体は前へと進んでゆく。全く慣れた風に艦載機からの爆撃を回避し海上を滑る様は、『俺』のような激しさこそ無いものの堅実かつ安定した戦い方を思わせる。燐光(キラキラ)を纏う、その落ち着いた戦いぶりはやはり――

 

「……っ!」

 

 歯を食いしばりながら菊月()の身体が進んでゆく。しかし、状況はあまり芳しくない。『月光』を叩き込もうにも接近せねばならず、接近するにも艦爆どもの爆撃のカーテンを抜けねばならない。接近を果たしたとしても上陸してから戦わねばならず、乾坤一擲とばかりに一足で跳ぶことも不可能ではないが仕留めきることが出来なければ此方が海の藻屑と消えるだけ。

 せめてとばかりに僅かに残った魚雷を上空へ放り投げ撃ち抜き、対空攻撃を繰り返す。そんなジリ貧の中、俺は背筋に嫌な予感を感じた。菊月()の視界は上へ釘付け、しかし彼奴……泊地水鬼と同じ陸上型深海棲艦であったリコリスは、海面下から一撃を繰り出すことがあった。それを察知し――

 

「――跳ぶぞ、『菊月』ッ!」

 

 戦場全てへ響き渡る程の声を捻り出し、その機に乗じて無理やり身体を動かした。

 途端に全身に襲いくる激痛。割れるように痛む頭、焼けた鉄の棒に変じたかのように熱を持った骨。右足の感覚はとうに消え失せ、全身の傷が身体を締め付けているようだ。今まで俯瞰していた筈の戦場が一気に狭まり、正面しか見えなくなっている。

 しかし――やらなくてはならない。身体を動かした途端にこの痛みを感じたと言うことは、その痛みを今まで肩代わりして貰っていたと言うことだ。即ち――『俺』は、『菊月』に痛みだけを押し付け、のうのうと戦場を眺めながら刀を振るっていただけだと言うことだ。

 情けないにも程がある。格好悪いにも程がある。望んで飛び出しておきながら、嫌なところだけを代わって貰っていただなんて。

 彼女は戦ってくれた。ならば、その奮闘に報いないで何が『菊月大好き』だ……!

 

「――ッ、ぐぁ、ぁぁぁあああああッ!!」

 

 身体の主導権を握り、痛みを認識した次の瞬間――直感した通りに、海面下から鋭く尖った錆鉄の塊が突き出してくる。それは艦娘からの砲雷撃の盾となり、艦娘の死角を突く矛となる代物。かつて飛行場姫が好んで繰り出したそれ。菊月()はそれを経験したからこそ――危機を好機に変えられるのだ。

 飛び出した鉄塊に脚の肌を裂かれつつ、身体を貫く衝撃を受けつつ。その一撃の勢いを利用し、両脚に溜めていた推力を鉄塊に叩き付け、菊月()は真っ直ぐに跳ぶ。

 錆鉄が粉々に砕ける音とともに、菊月()は真っ直ぐに突き進む。速度は今までの比ではない、何せこの『菊月』の身体が四散しそうな程のダメージをそのまま推力に転換したのだから。艦爆どもによる爆撃も、新たに生み出す錆鉄の槍も、全てが菊月(俺達)を捉えられない。

 

「――コノ、コノカンムスフゼイガ……!」

「おおぉぉおおああぁぁぁぁあぁぁあッ!!」

 

 滑空、肉薄。憎しみに染まる彼奴の真紅の視線と、菊月()の赤い閃光を放つ視線が一瞬の交錯を果たす。見開かれる彼奴の瞳、振るわれる彼奴の腕。錆鉄の島から生み出される槍を盾としようとし、それを掻い潜り――

 

「――くうっ!」

 

 左斜め下から逆袈裟に一閃。斬り上げる一撃は、しかし彼奴を仕留めるには一歩及ばない。

 一撃で力を使い果たした菊月()はそのまま島の上へ転がり落ち、『月光』は菊月()の手を離れ高く高く中空へ舞い上がる。

 

「――ハ、ハハハ、アハハハハ……! ムダヨ、ムダナノヨ……!」

 

 驚愕と恐怖の表情から一転、喜悦に白い顔を歪ませ背部の砲塔を横たわる菊月()へ向ける泊地水鬼。その喜びようはなんとも言い表せないほどで、不意に彼奴の顔を覆った影すら気にせずに此方だけへ視線を向けている。その勝ち誇った顔からは、菊月()の終わりを確信していることがありありと見て取れる。

 確かにまあ、側から見ればこの状況は絶体絶命だろう。

 

「オワリナノヨ、アナタハ……! サア、シズミナサイ……!」

 

 ――ところで。『俺』は跳ぶ寸前まで戦場を俯瞰していた。今となっては恐らくその視点は『菊月』のものだと理解してはいるが、戦場を把握出来ていた事に変わりはない。

 だから知っているのだ。俺の後方で姉妹達が艦載機を迎撃してくれていた事も、傷つきながらも菊月(俺達)に続いて突撃し敵包囲網の追撃を防いでくれていた、青葉を始めとした仲間たちのことも、何より――

 

「――ああ、貴様は」

 

 ――()()開けた包囲網の風穴を、あらゆる傷を踏み越えてたった一人押し通った、とても気高く強い彼女のことを――

 

「ハハハ、ハハ――ハ、ア?」

「沈めぇぇぇぇええぇぇえぇえぇえっ!!!」

 

 戦艦大和。

 血を流し、息を荒げ、それでも十五万馬力の跳躍力で跳ね上がった彼女が中空で掴み、その膂力で振り下ろす『月光』。

 唐竹に振り下ろされるその一刀は、違わず泊地水鬼を、その艤装を、纏めて縦一文字に両断し――急拵えの錆鉄の島すら、真っ二つに断ち割った。

 

「……言ってやれ、大和」

「ええ。泊地水鬼――『運が、無かったな』」

 

 その言葉を皮切りに、島が崩壊し沈んでゆく。泊地水鬼の亡骸もまた、その崩壊に巻き込まれて海の藻屑と消えゆくだろう。

 大和はどうやら気が抜けたようだ。一撃を最後にへたり込んだ彼女を支えれば、恥ずかしげに顔を赤らめる。

 

「――ありがとう、大和」

 

 菊月(俺達)の心からの感謝を彼女に。肩に回される手の力がほんの少しだけ強くなったことを認識する。菊月()はその身体を支えつつ、どうにかこうにか俺達は無事に二人で生還したのだった。




菊月の
バニーガール姿とか
見て見たくありませんか

でぃむ(字余り)

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