私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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艦隊・鎮守府襲撃編を経て新章。
といっても、今回から数話は穏やかな話です。

菊月保存会様にみんなでエールを。


只今復旧作業中

 午前六時、部屋にベルが響き渡り菊月()は目を覚ました。

 眠い目を擦りながら身体を起こせば、両隣には同じく目を覚ました様子の三日月と卯月。向かいのベッドでは、長月と如月が伸びをしている。それだけを見れば、今までと変わった様子は無い。いつもと変わらぬ早朝の風景だ。

 

「むにゅ、おねぇちゃぁん〜」

「……寝惚けるな、三日月。そら、全員起き始めているぞ」

 

 そう声をかけつつ目線を動かす。視線の先には、別のベッドから起床した()()の姿。その隣には島風、秋月もいる。他にも駆逐艦娘がおよそ二人から三人ほど眠るベッドが十数個、壁の取り払われた大部屋に敷き詰めるように並べられている。

 宿舎が破壊された今、俺たちはこのような共同寝室で眠っているのだ。

 

「今日はお前達は南西方面海域への遠征だろう? 準備は出来ているのか、最近は遠征と言えど深海棲艦が多いからな」

「大丈夫ですよ、長月姉さん。旗艦が那珂さんですし、装備もきちんと充実してますから」

 

 時刻は午前六時三十分。時間の経過に伴い、菊月()達は一様に食堂へ向かう。かつては各部屋ごとに、任務のあるなしでバラバラに食事を摂っていたものだが、今となっては駆逐艦娘はみな集団行動をしている。それは単に部屋が同じだから――という訳ではなく、単に『任務のない者』が現在存在しないからだ。

 あの襲撃……艦娘を運用する鎮守府や基地が一斉に襲われたあの時より二週間ほどが経過したが、基本的に休みを貰っている艦娘は存在しない。物資も資源も足りず、深海棲艦がどこから襲い来るか分からない現状だ。来る日も来る日も出撃や遠征に駆り出され働き詰め。疲労が溜まった艦娘は楽な遠征――例えば近海の哨戒任務――に回され、疲労が抜ければ遠洋へ資源回収に駆り出される。

 菊月()もまた同じように、一週間ほどは遠征漬けの毎日を過ごしたものだ。出撃でなく遠征に回されるのも久し振りのことだ、癒えた膝の傷を慣らす傍ら資源や資材確保に奔走していたが、それも少し前までのこと。姉妹達とは違い、菊月()は前線に舞い戻っていた。

 

「菊月は、今日の出撃はどこだっぴょん?」

「中部方面……の、手前だったか。いや、違うな……北方の筈だ」

「ふぅん、うーちゃん達はついていけないけど、怪我しないようにするっぴょん」

「勿論だ、この忙しい時に戦えぬようではな……」

「それもそうだけど、何より大切なのは沈まないことよ。分かっているでしょう、菊月ちゃん?」

「……ああ、勿論だ如月」

 

 睦月型駆逐艦である菊月()達は、他の艦娘に比べて燃費が良いからか少食だ。故に毎朝、他の艦娘よりも早く食事が終わる。まだ朝食を摂っている彼女らに「先に行く」と伝え、俺達は席を立つ。姉妹と言葉を交わしつつ工廠へ向かえば、その途中で背後から声を掛けられた。

 

「おい、菊月」

「提督か。どうした?」

「先日お前が()()へ送った手紙の返事が来たぞ。出撃前に渡しておこうかと思ってな」

「……そうか。感謝する、提督……」

「構わんさ、見掛けただけだからな。で、菊月は出撃だが他の睦月型姉妹は――遠征だったな。なら、先に伝えておくか」

 

 提督の前に整列し、背筋を伸ばす姉妹達。手紙を受け取る菊月()をよそに、彼女らは提督からの言葉に耳を傾ける。

 

「既に旗艦である那珂には伝達したし掲示もしてあるが――お前達に今日向かって貰う海域では、敵潜水艦の影が頻繁に目撃されているようだ。他の深海棲艦もそうだが、潜水艦は特に攻撃範囲外への離脱が速い。逃げられれば逃げられるだけ一方的に攻撃されるのは諸君の知っての通りだ、忘れず対潜装備を充実させるように」

「了解っぴょん!」

 

 一際元気よく返事をした卯月に一拍遅れ、了解の返事を返す姉妹達。菊月()は彼女らに先に行くように言うと、提督へ向き直る。彼は小脇に抱えた書類の束の中から一通の封筒を取り出して此方へ寄越した。それを受け取り、許可を取ってその場で開封する。中から出て来た小洒落た便箋には、『菊月』が充てて送ったマックスとレーベからの返事が記されている。

 深海棲艦の大規模攻勢が世界中でほぼ同時に行われたことは、海軍関係者ならば誰でも知っている。故に遠くの友人であるドイツの彼女らへ無事の確認の為に手紙を送ったのだが――

 

「……ふふ。無事のようだな、皆」

 

 ――ドイツにて交流を持った彼女らは、全員無事であるようだ。

 マックスとレーベからの手紙によると、向こうでの襲撃の規模はそれほど――此方と比較してではあるが――大きくはなかったようだ。建物や資源資材への打撃はともかく、人的……もとい艦的被害(轟沈艦娘)は少ない。海域の制圧状況もまた此方と同じで、拡大していた戦線こそ崩されたものの人類側の支配域が極端に狭まった訳ではない。つまるところ、此方と同じだと言うことだ。

 

「どうだ、菊月。お前の友人は無事だったか」

「ああ。……正直、安心した……」

 

 ほぅ、と一つ息を吐く。吐いて、そのまま提督の顔を見上げた。

 

「どんなことが書いてあった? 差し支えなければ、教えてくれると有難い。私も向こうの提督との話のネタを仕入れておきたいのでな」

「分かった。……熊野のことを伝えたのだが、あいつらも悲しんでくれていた。向こうも向こうで轟沈艦娘が居ない訳ではないが、それは乗り越えられているようだな。早く状況を落ち着かせて、その後皆で此方に来たいと書かれてあった。此方の海が楽しみだとも、あとは――趣味の話とか」

「そう、か――ん、趣味?」

「ああ。私の趣味……『釣り』だ。尤も私は太公望を決め込むだけなのだが、そう書いたのに以外と食い付かれてな。いつか教えてくれ、と」

 

 菊月()の言葉に、提督は顎に指を当ててふむ、と唸った。不思議に思っていると、彼はそのまま視線をこっちに向けてくる。

 

「……どうした?」

「いやな、お前の友人達の所属しているドイツの基地の提督殿は、確か釣りを嗜んでいたと思ってな。親交を深める為にも、一つ手を出してみるか――と」

「成る程な……まあ、良いのではないか? どうせなら、金剛でも誘ってやれ」

「そうしてみるさ、暇が出来ればな。――さて、長く引き留めて悪かった。お前は出撃だな? 武運長久と無事の帰還を待っているぞ」

 

 その言葉に返事を返す。敬礼し、踵を返し提督に背を向ける。歩きながら、背に提督の言葉が届く。釣り、釣りか、と呟く声が、何故だか耳に残った。

 

「……マックス達をもてなす時は、三日月も連れて行ってやろう。……ああ、楽しみだ」

 

 提督に影響されたのか、頭の中で『菊月』が釣り、釣りと繰り返している。その事に苦笑しつつ、どうせなら深海棲艦を釣り出す方法でも無いか――などと考えながら、菊月()は足を出撃港へ向けるのだった。




メインストーリー書いてると番外編に手を出したくなる罠。

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