私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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睦月型!!改二!!!めでたい!!!!

めでたいですが!!!それよりも!!!!!!

――菊月の、一部が、帰ってきます……!!!!


反撃準備、その二

 朝靄を裂くように、右手に握った『月光』を横薙ぐ。そのまま手首を返し縦に一閃、次は腕を引き、勢いよく突きを繰り出す。

 眼前にイメージする敵はおよそ鬼、姫級の深海棲艦。それも一対一でなく、その周囲にいくつもの随伴艦を想定。その想定の随伴艦から放たれた砲撃を回避すると同時に、後ろへ飛び退る。その鼻先を、圧倒的な暴力の塊――鬼姫の艤装が通り抜けてゆく。

 繰り出される二撃、三撃めを躱す。菊月()の小さな体躯は軽く膂力に劣り、正面から彼奴等とかち合えば一方的に吹き飛ばされるだけだが、こうして速度を以って敵の攻撃をやり過ごす分には優れた長所だ。

 四撃め、彼奴は前に踏み出してくる。同時に圧力を増す、禍々しい艤装の砲門の数々。一斉に放たれたそれをいなし、斬り払い、回避する――衝撃に手が痺れ、足元がふらつく。その隙を突かれ、随伴艦の砲撃が菊月()の身体を強かに打った。そのまま、態勢を立て直すこともなく――

 

「……ふぅ」

 

 息を吐く。菊月()に致命打を与えた空想の深海棲艦は、それだけでふわりと消え去った。最後に振り抜いた『月光』も、あれでは有効打以上にはなってはいない。つまるところ、敗北した……と言うことだ。

 その事に悔しさはあるものの、別段驚きはない。というか、こうしてイメージトレーニングをしている時は基本的に負けてばっかりだ。突っ込み過ぎ、怖じ過ぎ、読み間違え、あるいはそもそも戦闘に突入した段階で勝ち目がない、等々。およそ想像し得る限り全て……とは流石に言い過ぎだが、それでもあらかたの「負け筋」を経験してはいる。

 だからこそ、菊月()は戦える。どうやったら自分は負けてしまうのか、どう動けば『菊月』を不用意に傷つけてしまうのか。その状況、戦局を蓄え、試算し、アップデートすることで、戦いに突入する前に戦い方を変えられる。

 

「ゆえに……今日の朝練も、また良いものだった。……昨今の敵の増え具合から鑑みるに、もう少し戦い方を見直さねばな――む?」

 

 最近では本土近くにまで深海棲艦の魔手が伸び、北方には魔女と呼称される新たな姫が確認されているという。いずれは戦線に駆り出されるだろう――とまで考えたところで、ふと、朝陽を反射する『月光』の刀身へ目をやった。光にきらめく刃はその斬れ味の鋭さを主張しているかのようだ。しかし、その光る刃の中に細かい傷、そして刃毀れがあることに気付く。

 

「……いかんな。明石のところへ持っていけば、どうにかなるか……?」

 

 よくよく目を凝らしてみると、目立ったもの以外にも細かい傷がたくさん。そう言えば手入れも明石に投げっぱなし、その明石もここ最近は余裕もない状況だった。他にしなければならない仕事も山積みである今、此方に気が付いていなくても仕方は無いのかも知れない。

 

「行って、みるか……」

 

 『月光』を鞘に納め、踵を返す。久方振りの秘密の稽古場を後にして、菊月()は汗を拭きつつ明石の工廠へ足を向けた。

 

 

 

 

 

「あー、確かに、これは少し手入れをした方が良いかも知れませんね」

 

 髪と同じ色の眼鏡を掛けてじっくりと『月光』を眺め回した明石はそう言うと、椅子を回して此方へ向き直った。深刻そうな表情ではないものの、このままずっと放っておける状態でもない、ということだろう。

 

「ああ……。そうだと思って、お前のところへ持ってきたのだ。……頼めるか?」

「勿論ですよ、任せて下さい菊月さん。艤装のことなら、どんなものでもきちんと修理致しますから!」

 

 胸を張る明石の姿に安心感を覚える。鞘に納められたままの『月光』を確かに手渡し――たところで、ふと、脳裏によぎった疑問を聞いてみることにした。

 

「……ふむ。ところで明石」

「はい? なんでしょう、菊月さん」

「その『月光』……あと、『護月』もだが。あれらはお前が作成したのだよな?」

「ええ、そうですが。それがどうか致しましたか?」

「いや、なに。そう言えば刀、日本刀は作製の際に色々と技術が必要だろう? その辺り、お前の整備はどうなっているのかと気になってな」

 

 菊月()の問い掛けに、明石はああ、と声を漏らす。

 

「確かに、刀剣の手入れには知識と技術が必要ですね。ですが、私はこれでも工作艦。こと物作りに関してならば、一通りの知識も技術も最初から備えています。尤も一通りでしかないので、詳しい事は書籍などで補完する必要がありますが」

「そうなのか……となると、全て一人で?」

「ええ。ですが『護月』も『月光』も、皆さん用の各種軍刀もみな刀ですが、同時に艤装でもあります。ですので、制作工程も一般の刀とはまるで違うんですよ」

 

 無論整備方法も、と付け加える明石。なるほど、全て一から鍛えているので無いのならばあの数を用意したことにも納得がいく。

 

「ですので、任せて頂ければきちんと整備をしてお返し致しますよ。ただ、どうしても微調整に少し時間は掛かると思いますが」

「……構わない。なら頼めるか、明石――」

 

 言い掛け、瞬間、工廠のスピーカーから放送が流れ出した。内容は、艦娘を招集する内容のもの。読み上げられる名前は長門から始まり、いずれも実力のある艦娘揃い。まず間違いなく、作戦に関する事項の伝達だろう。

 そして勿論と言うべきか、菊月()の名も、読み上げられたうちに存在した。

 

「……済まない明石、本格的な手入れはまた今度にしてくれ」

「――はい。出来る限り、補強と修繕を済ませておきます」

 

 ありがとう、と礼を言い、工廠から一歩外に出る。いつのまにか空高く昇っていた太陽が、強く菊月()を照り付けていた。




嬉しすぎて泣いてました。

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