私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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はい。
性懲りも無く戻ってきました。
近況やらの詳しいことはいずれ活動報告に書くとしてら

――菊月、お誕生日おめでとう!


波間の血戦、その一

 雨が強く降っている。横殴りの風、逆巻く波、水平線には遠雷が見える。

 耳を覆いたくなるような騒音。水音、風音――しかし、それらを掻き消して余るほどの、けたたましい轟音。真横スレスレのところに着弾した大口径砲弾が炸裂し、菊月()の矮躯は舞い上がった。

 

「――っ、う!」

『菊月さん、限界以上の無茶は禁物ですよ! 退いても文句は言われませんっ』

 

 無線から響く青葉の声。……無茶をしている、という自覚はある。駆逐艦娘であるが故の低燃費・高速修復を活かして出撃を繰り返している菊月()には、そろそろ生傷が絶えなくなってきた。さもありなん、艤装のケアだけを優先して、菊月()――本体は断続的に出撃を繰り返しているのだから。最近など何セットかの艤装をローテーションして出撃している始末。これもひとえに駆逐艦は色々な意味で『換えが利く』からであり……また、それを自分が望んでいるからでもある。

 

「承知した、青葉はそちらの指揮を頼む。私はこの通り突撃中だ、指揮など取れそうにもないから――なッ!!」

『分かってますけどぉ! こちらだって全て沈められる訳じゃないんですからね!』

「信頼しているからな……!!」

 

 錐揉みしながら着水。態勢を整え跳躍前進。砲火を掻い潜り、上空だけに目を向けて突撃。『月光』を振り、飛来する銃弾を斬り払う。落ちる弾骸、雨に烟る水面下は気にしない――気にしないだけの理由はある。それは仲間への信頼であり、己の磨き上げた技への自負である。そして、もう一つが、

 

『そちらは大丈夫にゃしぃ、如月ちゃん!?』

『ええ、大丈夫――第二対潜部隊、所属()()()四隻、旗艦如月、副旗艦卯月、問題ないわ!』

『こっちも問題ないにゃし! では――行くのです!』

 

 ――海防艦。先の大損害が堪えたか、新たに出現した艦種の艦娘。燃費に優れ、対潜能力に長け、的確に運用するのならば守勢に活躍が期待されるそれら。菊月()が眼下へ一切の警戒を向けないのは、姉妹達がその海防艦を引き連れ、海域へ迫る潜水艦隊を撃滅している故だ。

 

『それにしても――ッ、キツいわね。菊月ちゃんがこんな所でずっと戦っていたなんて、くうっ!』

 

 走るノイズ、響く鋼鉄音。がぁん、というそれは、砲撃を防いだ如月の盾の音だろう。それ以外にも、腰に提げた複数の無線からいくつも声が飛び込んでくる。それは姉妹のものであったり、仲間のものであったり、あるいは菊月()とは別方面で敵と正面からぶつかっている第一艦隊の面々の声であったり。それらを背景音に、俺は海を駆け滑る。

 

「邪魔だ……退けっ!」

「ガァッ、シロイ、キサマ――」

 

 懐へ飛び込んで首筋に一閃。ごとりと落ちるヲ級éliteの頭を蹴上げ、砲弾の盾へ。その下を掻い潜り、目前へ迫るは重巡、軽巡、雷巡艦隊。こちらへ集中する無数の砲が、魚雷が、ごとりと重々しい音を立てた。

 

「その程度で、私を――」

 

 砲口が光る。瞬間、菊月()船体(からだ)を横へ滑らせた。次々に着弾する鉄の塊が炸裂し、水柱が彼我の視界を遮る。その一瞬、それを手繰り寄せなければ勝利はない。

 水柱へ突っ込む。黒さの増す制服、顔に張り付く髪を掻き揚げて両脚に力を込めた――跳躍、跳躍。ぶわりと噴き出す真紅の気焔を置き去りに、俺は真っ直ぐに加速した。

 

「シズメ、シズメシズメ、シズメェ……ッ!」

「――止められると思うかッ!!」

 

 半透明な壁の向こう、拓けた視界に飛び込んでくる砲弾。考えたことは向こうも同じか、菊月()が姿を消した一瞬に合わせて放たれた殺意の雨。俺は、それを迎撃する。

 背に纏う黒い外套(マント)を引き剥がし、片手で一閃し即席の壁とする。制服と同じ素材で出来た、水を吸ったそれは、焼け落ちながらも役目を十全に果たす。

 故に突貫。マントの燃え滓を浴びながら、両腰から引き抜いた短斧を投擲。一つ、二つ、三つ、四つ、重い風切り音を立てて飛翔したそれらは、行く手を阻むツ級、ネ級、チ級どもの頭を仮面ごと砕き断つ。

 

「こ、こだ……ッ!! 行けぇぇえっ!」

 

 その間隙を縫うように、菊月()機関(エンジン)黄金の気焔(フルスロットル)にまで跳ね上げて飛び込んだ。迎撃の漏れた細かい砲弾が頬を掠め、肩へ命中し、額を割り、それらは熱となって菊月()の身体から噴き出した。

 それでも、止まらない。顔の血を拭いつつ、敵旗艦――見覚えのない『鬼』級の頭へ向けて、腰から軍刀を引き抜き一閃した。修繕中の『月光』とはまた別の、量産された兵装としてのそれは、果たしてその役目通りに鬼の胸、首、顔を縦一文字に斬り裂いた。

 

「これで一隻――残り一隻ッ!」

 

 斬り裂いた鬼の胴に、背部艤装から取り外した手斧を振り下ろす。胴に二度、引き抜いて頭に一度、噴出する青黒い体液(オイル)をも断ち割るように最後に一度。完全に動かなくなったそれへ僅かばかりの謝罪と黙礼を投げ、すぐさま前へ一歩踏み出した。ぐらりと此方へ崩折れる鬼の残骸を押し退け、腰の無線すべてのスイッチを入れる。それは、受信ではなく送信用のボタン。

 

「こちら菊月。予定通り後部艦隊の旗艦を撃滅した! これより、想定通り第一艦隊と交戦中の――敵中核連合艦隊へ突貫するッ!」

 

 一息で以って交戦中の全艦隊へ。簡潔に目的を伝えて、俺は大きく取舵を取った。敢行するは、今回の作戦の――あるいは、ここ最近の作戦すべての根幹となる一撃だ。

 増え続ける深海棲艦を撃滅するために、現在の手勢で行う作戦。駆逐艦、海防艦、軽巡洋艦や軽空母で敵艦隊周囲の随伴艦隊の露払いをし、主力である第一部隊を正面からぶつける。そして、その全てを囮とし、菊月()が単騎で敵の背後へ回り込み急襲する。

 こんな無茶を、何度も繰り返してきた。それを推したのは俺と『菊月』。友のため、仲間のために戦えるのなら、と頷いて。今回など流石に対策され、敵の後方にもう一隻鬼を配置され――それでも、菊月(俺達)は突き進む。

 

「お、ォォオォォオォオォォ――っ!!」

 

 金色の焔が全身から溢れる。収束した推力が足裏で爆ぜる。水面を踏み抜き、波間を駆け抜け、抜いたままの軍刀を脇構えに構えて。水平線の彼方、豆粒のようだった敵旗艦――姫級深海棲艦がみるみるうちに近づいてくる。視線が交錯し、彼奴の瞳に恐怖が映る。

 

「もう遅いッ! 運が――悪かったな……!」

 

 ――全力一刀、横薙ぎに、彼奴の胴を真っ二つに両断した。ぐらりと崩れ沈む下半身、それにしがみ付き此方へ反撃をしようと試みる上半身。俺は振り抜いたそのままの態勢で片足を海面下へ突っ込み、それを軸にくるりと回転。単装砲を抜き放ち、沈み行く瀕死の姫の眉間へ銃口を合わせて、

 

「……謝罪はせぬ。せめて二度、黄泉路に迷うな」

 

 トリガー、脱出。離脱する菊月()と入れ替わりに放たれる砲雷爆撃が残存敵艦隊を撃滅してゆく。

 金の焔を収め、ふらつく身体をどうにか支えつつふと顔を擦る。べたりと手に張り付いた、額から流れるままだったそれを見て、肩の鈍痛を思い出した。

 ふぅ、と溜息を一つ吐く。帰ったら、また如月と三日月に怒られそうだ。


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