アイドル編は明るく楽しく書こうと決めていたのに、こう暗くなりがちなのは私のせいでしょうか。
那珂ちゃんに拉致されアイデアを伝えた後、俺は即座に解放され―――とはいかなかった。どうやら、那珂ちゃんは本気で
「……で?」
「ほらほらー、もっとスマイルだよ!アイドルは、なんてったってみんなに笑顔を振りまかないと!!」
連れて行かれた先から更に移動させられ、無人の部屋に押し込まれる。場所としては軽巡宿舎の一室らしい、なんでも提督から許可を得て使っているのだとか。まずは、ということで、大きな姿見の前に立たされて笑顔を強制されている。
「……笑え、と言われてもな。発想を出すことならば少しは手伝えるが、一緒に踊ることは私には……」
「うぅ〜、ぐすっ。ふぇえん、菊月ちゃぁ〜ん。那珂ちゃんを見捨てないでぇ〜っ」
「……うぅっ、なんなのさ……。見捨てるなんて言ってはいない……!」
「ホント!?だよね、菊月ちゃん信じてたよっ!よし、じゃあスマイルの練習だーっ!」
―――そして、上のような問答を何回も繰り返している。最初はパートナーを断ろうとした時、次はこの部屋に入ろうとした時、そして今。『自分の否定的な発言をこちらから否定させる』というこの手法、神通教官に通づるものがある。やはり姉妹か。
「ほーら、もっとほっぺたを柔らかくして!ぐにーっと」
「……ほら、な、なかひゃんっ!ひゃめろ、はなひぇ……!」
身長の差を使って、
「……ぷはっ。というか、那珂ちゃんの方は何もしなくて良いのか……?スランプなんだろう」
「うーん、スランプはスランプなんだけどねっ。さっきくれたアドバイス?アイデア?あれがすっごく気になってるの。頭の中でぐるぐる回ってて、新しい曲が出来そうな感じ!だから、それまでは菊月ちゃんに付きっ切りね。あー、スマイルは、こんな感じでっ!」
きゃはっ、とポーズを取りながら言う那珂ちゃん。流石に様にはなっているが、このタイミングでポーズを取られてもどうしようもない。
「……はぁ。結局、私は貧乏くじを引いたのかも知れないな……。まあ、良い。精々、敵う限り付き合ってやろう……!」
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「わん、つー!わん、つー!ステップ、ステップ、はい、ジャンプ!」
「……ふっ、ふっ、よし……これで、こうだっ!!」
那珂ちゃんのリズムに合わせて、ビシッとポーズを決める。恥ずかしいことこの上ないと『菊月』が吼えているが、同時に満更でもないようで馴染んでいるのが現状だ。
あれから一週間と少し。任務とアイドルの二足の草鞋というなんとも笑えない状況に陥っているがどちらもこなせてはいる。むしろ、
「菊月ちゃーん!今のところすっごい良かったよ!もう完璧って感じだね!」
「……ふふ、また上手くなってしまったな……。で?そっちはどうなんだ、那珂ちゃん」
「う゛っ……こ、こっちもあと少しだよっ!た、多分だけど」
一週間みっちり練習を重ねると、嫌でも上達するものだ。『俺』の身体だったらこう上手くはいかないだろうが、改めて
そして、肝心の那珂ちゃんの方なのだが―――行き詰まっているようだ。曲は完成し、ダンスの振り付けも大凡決まった。あとは歌詞なのだが、どうしても納得のいくものが出来ないという。俺からしてみれば、一人で作詞・作曲・振り付けまで考えるだけでなく曲が完成してすら居ないのに振り付けを考案できる那珂ちゃんが凄すぎると思うのだが。
「うー、あーっ!分っかんないよーっ、どうして書けないのさっ!?いつもみたいにすらすらーっと!」
「……まあ、そういう時もあるさ。私の事は気にするな……」
「そうはいかないから困ってるんだよっ。何かが書きたいのに、その何かが分かんないんだよ。この、みんなに伝えたい思いが。せっかく、せっかく菊月ちゃんが、私のことを好きだって言ってくれてる人がいるのにぃ〜っ!」
がしがしと頭を掻く那珂ちゃん。こうして一緒に過ごしてみて、彼女が今のように案外真面目であるということが分かった。だからこそ、自分が
「あーあ、自信無くしちゃうなー。菊月ちゃんも、ずーっと時間使わせちゃってるし。はぁ、スランプだしいっそアイドル辞め―――」
「……駄目だっ!!」
滅多な言葉に、思わず大声が出てしまう。思わず叫んだのは『俺』だけだと思ったが、どうやら『菊月』も同じ気持ちらしい。
「……駄目だ、そんなことは。……那珂ちゃんは、私の好きなアイドルだ。……この一週間一緒にいて、少し嬉しかったのだ。他のアイドルなんか、及ばない……本当に、大好きなアイドルなんだ」
くそ、言葉が上手く纏まらない。もっと言いたいことはあるのだが、『俺』も『菊月』もここに来てあまり口数が多くないのが災いしている。
「―――そんなの、那珂ちゃんだって同じだよ。菊月ちゃんもだし、他に応援してくれるみんなも、好き。大好き。だから、世界一ファンのみんなが好きだって気持ちが―――」
言いかけて、那珂ちゃんがハッと目を見開く。
「好き、大好き、世界一―――」
「……那珂ちゃん?」
聞いたことのある言葉が、那珂ちゃんの口から漏れる。思い切り目を見開いて震えている那珂ちゃんの顔は正直アイドルとしてどうかと思うが、心配になり顔を覗き込む。その瞬間、がばっと正面から抱きつかれてしまった。
「―――那珂ちゃん、超☆復活ぅ!!そりゃまあ、那珂ちゃんが難しい歌詞書こうなんて無理があるよね。きちんと可愛い、正統派アイドルなのが那珂ちゃんの売りなんだもん!」
「……く、くうっ!離せ那珂ちゃんっ……!」
腕の中で暴れるが、駆逐艦のパワーでは軽巡に敵わない。仕方なくずっと抱きつかれている形になってしまう。
「えっへへ、菊月ちゃんのお陰かな。無理やり誘っちゃって悪いとは思ってるけど、良かったよ」
「……最初は無理やりだったが、まあ……私も、覚悟を決めたからな。今は好きでやっている……」
好きでやっているというのは、慰めでも何でもなく
「ん〜、結構っ!じゃあ遠慮は要らないよねっ。―――ライブ、来週やるからっ!!」
川内型の性格の悪さは似たり寄ったりらしい。どうにも、大きな爆弾を最後に落としてくれた。
当初の予定では、那珂ちゃんと菊月がケンカしながら深海棲艦を狩る展開までありました。流石にやり過ぎだろ、と。