私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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アイドル回、完結。


菊月(偽)と那珂ちゃんとアイドル、その三――【挿絵有り】

「ほら、卯月お姉ちゃんっ!那珂ちゃんのライブ、もう始まってますよ!」

 

「ぷっぷくぷぅ〜、うーちゃん別にいいぴょん〜」

 

渋る卯月を引っ張る三日月と私……長月。如月は少し前であらあらと笑っている。

 

どうやら、今日はあの『那珂ちゃん』が久し振りにライブをすると言うのだ。卯月も、かく言う私もそこまで『那珂ちゃん』に興味は無いが、嫌に乗り気な三日月に急かされて此処にいるという訳だ。

 

「う〜ん、それにしても菊月ちゃん、見つからなかったわねぇ。那珂さんの歌が好きだって言ってたのに」

 

「案外、もう先に行っているのかも知れないぞ?いや、ここ最近忙しそうにしていたからな。那珂のマネージャーでもしていたのかも知れないな」

 

「ふっふ〜ん、うーちゃん分かったぴょんっ!菊月はぁ、きっと那珂ちゃんと一緒にアイドルしてるぴょんっ、なんちゃって」

 

卯月の発した冗談に皆が笑う。我々姉妹からアイドルを出すなら、それこそ卯月か三日月だろうに。菊月がアイドル?今、うっすらと『那珂ちゃん』のトークが聞こえてきているが、そのように壇上で歌って踊る?そんな面白いハプニングは想像すら出来ないぞ。

 

「まあ、どうせ先に居るんだろう。それにしても、面白い冗談だっ―――」

 

『私がぁっ………菊月だぁぁぁあっ!!』

 

「「「「――――――はっ?」」」」

 

那珂のトークに続く形で、はっきりと聞こえてきた我が妹(菊月)の声。顔を見合わせるも、聞き間違いでは無いようだ。卯月も珍しく真顔になるほど衝撃を受けているようだし。

―――どうやら我が愛すべき妹は、『そんな面白いハプニング』の渦中にいるようだ。

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

時刻は午後七時。那珂ちゃんのライブも佳境に入り、次はいよいよ今日のメインイベントである新曲の披露。即ち、菊月()の出番である。

 

「……うぅっ、やはり、緊張するな……!」

 

ライブ開始から今まで、ずっと舞台裏で待機していたのだが緊張は募るばかり。舞台袖から目を向ければ、そこそこ集まっている観衆へトークを繰り広げる那珂ちゃんが眼に映る。ステージ上を動く彼女はキラキラと輝いているようで、正にアイドルと呼ぶに相応しいだろう。

 

「―――それで、次の曲にはなんとっ!特別ゲストがいるんだよ!那珂ちゃんとぉー、一緒にこの曲を作ってくれた人で、もちろんその人も那珂ちゃんのファンっ!」

 

那珂ちゃーん、と声を上げる観衆へ手を振り、壇上の那珂ちゃんは此方へ目を向ける。視線が合ったその瞬間、ぱちりとウィンクを飛ばしてくる。

 

思い出されるのは、短いながらも濃密な訓練(レッスン)の日々。うまくいかなかった時は『大丈夫、次は出来るよ』とウィンクをして励ましてくれた。出来なかった壁を一つ越えた時は『今の最高、もう大丈夫だね』とウィンクをして喜んでくれた。

―――彼女のウィンクは、いつも『大丈夫っ!』という言葉と共に使われる。だから今のも、不安がる菊月()へ大丈夫だと伝えてくれたのだろう。

 

「……良し。菊月、出るっ……!」

 

簡素な椅子から立ち上がると、纏った煌びやかな衣装が揺れる。丁度那珂ちゃんの着ているものと対照的な色をしたこれは、『菊月』によく似合っている。衣装合わせの際、鏡でアイドル姿の菊月を見た『俺』の興奮が丸一日冷めなかった程だ、可愛いに決まっている。

 

「よーっし、どんどん行っくよーっ!今夜限りの特別コンビ!私と―――」

 

那珂ちゃんの声で、曲のイントロが始まる。那珂ちゃんは曲名を言い終わり、センターから少し脇に逸れる。此方へ誘われるように向けられた手を取りに行くように舞台袖から思い切り飛び出し、マイクを構え―――

 

「私がぁっ………菊月だぁぁぁあっ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

曲に合わせて腕を顔の前でクロスさせ、次の瞬間にターンする。那珂ちゃんが前に出るのに合わせて下がり、次は逆。足でステップを踏みながら腕を振り上げ、動かす。動きの途中で、何故か呆然としている姉妹達が見えたからウィンクを飛ばすことも忘れない。

 

「みっんなーっ!!あとちょっと、いっくよーっ!!」

 

俺が那珂ちゃんへ自分のマイクを向けると、彼女は笑いながらそのマイクへ声を発する。那珂ちゃんの掛け声に、艦娘達が声援を返し、それを受けた那珂ちゃんは菊月()へマイクを向けてくる。

 

「まだだっ、まだまだ足りないぞっ!みんな、ついてこいっ!!」

 

硬くなりながら発した言葉にも、観客は笑顔と歓声を返してくれる。那珂ちゃんと二人顔を見合わせれば同時に頷き、ステップで距離を取る。

頭の上で手を振り、身体の正面でくるりと回し顔の前でポーズ。自賛では無い、ピタリと揃ったそのポーズは間違いなく観客を熱狂させられているだろう。

 

「「―――ダイスキっ!!」」

 

二人で背を合わせ、最後のポーズ。一瞬だけ静かになった会場に、今までより大きな歓声を感じる。俺達が立っているのは野外の、小さいステージなのだがそんな事は気にならない程の充実感。感極まって、そのまま那珂ちゃんの手を取り掲げる。

 

「みんな、ありがとーっ!!」

 

『俺』も、『菊月』も体験した事のないような感覚。純粋な喜びに那珂ちゃんの方を向くと、スランプを抜けて最高のパフォーマンスが出来たせいか安堵の表情が見て取れる。

 

「……良しっ……!みんな、いくぞ……っ!!」

 

歌い疲れた喉から、最後に少し声を振り絞る。隣の那珂ちゃんは、何が何やらといった顔。『菊月(俺達)』の仕込んだ一つのドッキリ、パンフレットの最後に入れた一文。

 

「……那珂ちゃーんっ―――」

 

「「「「「ダイスキーーーっ!!!」」」」」

 

パンフレットの最後に載せた一文は、「菊月()が、『那珂ちゃん』と振ったら『ダイスキ』と返すこと」。菊月(俺達)の気持ちを伝えるささやかな悪戯だったが、思いの外上手く機能してくれたらしい。

那珂ちゃんの返した二度目の『ありがとう』は、少し涙声だった。

 

 

―――後日。

 

『菊月』が思いの外アイドルにハマってしまい、そこら中で歌い出したくなる衝動を抱えてしまったこと、そしてパンフレットへの細工の助力を頼んだために、一枚だけ青葉に撮らせた写真がいつの間にか広く出回っていて恥ずかしい思いをしたことをここに記しておく。




これで、『誰もいないところでこっそり鼻歌を歌っていたら目撃されてわたわたする菊月』が鎮守府で見かけることが出来るようになりました。

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