私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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神通さん回。

神通さんは軍人ぶるし厳しいけど、でも優しい人だと思うのです。


激戦海域、その五

意識が覚醒するに従って、身体の鈍痛を感じる。ゆっくりと眼を開けると、俺はどうやら医務室のベッドで寝ているようであることが分かる。

 

「気が付きましたか、菊月」

 

霞む目を菊月の小さな手で擦り声の方を見れば、神通教官がベッド脇の椅子に腰掛けていた。どうやら菊月()のことを見ていたらしい、菊月の寝顔を見るなんて羨ましいことだ。

 

「あの、調子はどうですか?痛むのは、まだ痛むでしょうけれど」

 

「はい、教官。……あの、今は……」

 

言い掛けて口籠る。戦況が気になるが、今は神通教官の言葉を待つのみだ。

 

「あなたが大破してからあまり時間は経っていません。およそ丸一昼夜ですよ。艤装は早く修理し終わりましたし、あなたの入渠・修復まで済ませています。痛みが退けばすぐにでも戦列へ戻ってください」

 

「……はい、教官」

 

それだけ答えると、部屋に沈黙が訪れる。少し逡巡した様子を見せた後、神通教官がまた口を開く。

 

「菊月、先の海戦のことですけれど。―――私は、あなたに無茶をするなとは言いませんし、前に出るなとも言いません。他人に言えるような私ではありませんからね」

 

一呼吸おいて、神通教官は続ける。

 

「ですが、勇敢であることと猪であることは違いますよ。敵は強大、私は仲間の為に傷を負う事も、その為に沈む事も厭いません。ですが、それは犬死にすることとは違います」

 

「……教官。私は、犬死にする気など……!」

 

あるはず無い、有ってたまるものか。『菊月』は仲間の為に身体を張っただけ、『俺』だってむざむざと菊月を沈める気など無い。しかし、続く教官の言葉に黙らざるを得ない。

 

「菊月、気持ちの問題ではありませんよ。私は酷い女ですね、あなたの心配ではなく被害に見合う戦果をあげられるのかと言っているのです。あなたのその怪我と、沈みかけた戦艦二隻の首は釣り合うのですか?」

 

「……ぐ、っ……」

 

そう、確かにあの時『菊月()』が突撃する必要は無かった。仲間達もいずれ名を馳せた艦揃い、俺が突撃せずとも戦列を保ち、僅かな砲を駆使して彼奴等を撃滅出来ただろう。それをせずに突撃したのは……菊月()が、もしかしたら仲間が沈んでしまうのではという不安に押し潰されたからだ。それを見透かしてか、神通教官は厳しく言葉を連ねる。

 

「少なくとも、菊月は私の課した訓練を耐え抜き高いた駆逐艦、私の誇りです。そんな艦を、たかが二隻の深海棲艦の為に沈めかけるのは―――損得で言って、損、です」

 

最後だけ、少しどもりながらもそう告げる神通教官。この人の教えを受けた『菊月(俺達)』だからこそ、彼女が嘘を言っていないことは分かる。だが、一箇所だけどうしても訂正しなければならないところがあるのも確かなのだ。

 

「……違う。神通教官は、私の心配をしてくれている。……酷い女では、ない」

 

『俺』も『菊月』も………いや、違う。菊月は優しいだけで馬鹿ではないので除く、『俺』だけが馬鹿であったことは分かった。それでも、と教官に伝えると、教官は困ったように、そして嬉しそうにくしゃりと顔を歪めて菊月()の頭に手を伸ばす。

 

「いえ、私は酷い女です」

 

「何を……!」

 

「もしも、もしも艦隊が危機に陥り、その為に誰か一人を犠牲にせねばならない。その犠牲を払いさえすれば、あなたより遥かに強力な戦艦を失わずに済む。そんな事になったら、私は迷わずあなたに死ねと命じます。敵中へ突貫し、砲が焼け付くまで撃ち、一隻でも多く道連れにしろ、と」

 

その言葉には頷くしかない。戦艦と旧式の駆逐艦、それらの価値は比べるべくも無い。―――ただ、眼前の優しい彼女はそのどちらもを守ろうとすることを知っている。

 

「……けれど、もしもそうなった時に……誰よりも速く敵へ身を晒し、誰よりも長く砲を撃ち続けようとするのはあなただ。他でも無い、仲間のために、駆逐艦なんかを守る為に散ってゆくのはあなただ。……違わないでしょう」

 

『菊月』には珍しく、言葉を尽くす。放っておけば無理をして、沈んでしまいそうなのは彼女だって同じなのだから。

 

「―――困りました。教え子が反抗期ですね」

 

「……当然だ、誰に教えを受けたと思っている」

 

二人してくすりと笑い、神通教官は再び菊月()の頭を撫で始める。

教官の手が触れている間は、『菊月()』の身体に走る鈍痛が和らいでいたような気がした。




穏やか回。

菊月の寝顔を眺めて頭を撫でたい。
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