私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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クライマックス、そのいち。


激戦海域、その六

本日、雨天なり。風強く、波高し。

降りしきる雨が艤装を叩き、横殴りの風が菊月()の細い身体を煽る。酷い雨に視界も悪く、遠くに先行しているはずの艦隊も見えない。雨と言えども川内教官が操艦操隊をしくじる筈は無いのだが、少し妙だ。

 

今日の任務は、敵深海棲艦の旗艦(ボス)二隻を含む艦隊の撃滅。

 

傷を負い、それから復調してから一週間弱。鉄底海峡を突破し、少しずつ予想敵戦力(敵ゲージ)を削った我が鎮守府は本日遂に敵本丸を攻撃する運びだ。

 

「……今日こそ、帰投すれば三日月と話し合わなければ……」

 

無茶をして傷を負った一件で三日月には完全に拗ねられてしまい、話しかけても顔を背けられてしまう。私、怒ってますと言わんばかりにそっぽを向き、更に『つーん』と口に出す三日月は可愛いがそろそろ仲直りせねば。

 

「……それに、しても……」

 

視線を上げ、濃い灰色の雲を見つめる。負傷してから、心に巣食う謎の不安は日増しに大きくなるばかり。その上遂に感じる恐怖まで増大するようになった。今までの、仲間や姉妹を喪うかもしれないというものだけではない。根源的な、『自身の死』についての恐怖の増大である。

 

「……この調子では、分かったものじゃないな……」

 

『菊月』となってから長い時間が経ったが、最近初めて分かったことがある。

―――『菊月』は、本心を隠すことに長けている。

死の恐怖云々などと言ってはいるが、その実『菊月』から感じる恐怖は生半可なものじゃない。気を抜けば手が震え、膝を曲げてしまう。どんなことを考えていても心が凍てつき、独りの時に口に出す言葉は全部声が震えてしまう程。

それでも、余人にそれを知られないのが『菊月』なのだ。戦場の恐怖を誤魔化すことなく感じ、それでも顔はクールに上げたまま。そして、『菊月』の内側にいる『俺』にしかその恐怖は伝わらない。

『実は辛かった、轟沈は嫌』。よく知ったこの一言を口に出すことが、菊月にとってどれだけ特別な事なのかを改めて思い知ったのだ。

 

「……だが、それでも戦うしか無いのだ」

 

複縦陣の一番後ろで静かに頭を振れば、同じく殿の神通教官が近付いてくる。

 

「良い天気ですね、菊月。ですが、こんな日には出撃でなく訓練を行いたいものです」

 

「……教官の趣味は知っているが、それを公言するのはどうかと思うぞ」

 

「あら、あなたまで私のことをおかしいと言うのですか。悲しいですね」

 

「……私ではない、他の者が怖じると言っている」

 

鎮守府総出の攻勢は、敵深海棲艦本隊をサーモン海域奥地から鉄底海峡にまで釣り出した。未だ掃討し切れていない深海棲艦の多い此処で決着をつける腹だろう。

それに対し、鎮守府からは第一第二艦隊が正面から進撃中。未だ群がってくる雑魚の露払いを第三艦隊、主力の背後から襲い来る奴等の排除を我々第四艦隊が務めている。言わば、第三第四艦隊は『支援艦隊』なのだろう、装備も特化しており、第三艦隊は対空で、我々は雷撃専門だ。必然的に艦隊の編成も以前の―――菊月()が大破した時と同じだ。

 

「それにしても、波が高いな……」

 

「そうですね。それに、海流も変です。この風なら流されているだけかも知れませんけれど」

 

と、そこまで言った時に艦隊の行軍が遅くなる。同時に、我々が傍受していた先行する艦隊の無線に異変が起こった。先程までは、無線の向こうは敵本隊と接敵する直前だったようだが―――

 

『―――ちょっと、それはどういうことです!?』

 

『Shit!どうもこうも無いデース!!』

 

『違う、違うっ』

 

『Hey、秋月!連合艦隊はもう攻撃開始してマース!何が違うんデスか!?』

 

『―――だから、違うんですっ!!私が、あの時私達が見た白い、ツノ付きの深海棲艦はっ!!あの姫はっ、今目の前にいるこいつじゃ無いんですよっ!!』

 

その無線が聞こえた瞬間、波と海流が大きく変化した。まるで、その機を待っていたかのように。

 

「……っ!?これは……!」

 

「川内姉さんっ!!これは一体っ」

 

「私にも分からないわっ!!くっ、あり得ないわよこんな海流!まるで、私達を連れてこうとしているみたいに……っ!!」

 

進行方向を、百八十度以上曲げられ、殆ど真北へ舵を取らされる。目標とする海域からは見る見る離され、この強い風すら追い風のように吹き始める。無線は既にノイズしか発さず、向こうの状況も分からない。

 

「……待て。『姫はこいつじゃない』、だと?……まさかっ!!」

 

今まで感じていた、その不安がどくんと鼓動を始める。胸に巣食ったそれの出処が分かったようだが、少し遅過ぎた。

 

「全員、正面を向けっ!どうやら私達は、釣ったつもりが釣られたようだね!!」

 

川内教官の言葉に顔を上げれば、遠くの『とある島』をバックに海上に立ちはだかる一つの白い影。真紅の目はぎらぎらと輝き、口元には酷薄そうに笑みを浮かべている。

 

「一隻だけ!?馬鹿にしてくれるわ、私達を舐めたようね深海棲艦っ!!姫と言えどたった一隻で何が出来ると言うものっ!――全艦に告ぐ、目算だがさっきの無線から考えて奴が『姫』よ!たった一隻、先制の魚雷掃射で沈めて本隊と合流するわっ!」

 

「「「「了解っ!!」」」」

 

焦ったような川内教官の声に、菊月()を除く艦隊の全員が返事を返す。かく言う『俺』は、ヤツから感じるどうしようもない胸騒ぎに声が出なかった。フォルムだけならよく居る姫だ。しかしこの感じは?いや待て、そもそも此処は何処だった?鉄底海峡―――『アイアンボトム・サウンド』。なら、そこに鎮座するであろう姫は。

 

「待てっ、川内教官っ!アレは―――」

 

「雷撃、()ぇーっ!!」

 

一瞬遅く、艦隊が雷撃戦を開始する。対する白い影はそれを回避しようともしない。あれだけの数の雷撃、まともに当たれば戦艦水鬼だって大破に追い込むだろう。

 

立ち昇る爆煙、水柱。しかし、その向こうから現れたのはやはり無傷の白い影だった。

 

「馬鹿な―――」

 

白い影が両手を広げる。同時に深海から、屑鉄が柱のように幾本も生える。彼女はそれを満足げに眺めた。

 

白い影が両手を前に出す。何処からともなく錆鉄が顕れ、小さな――目算三十メートル四方か――の、先の柱とその錆鉄で編まれた島を作り出す。彼女はその中心で不満げに眉を顰める。

 

白い影が両手を掲げる。すると島が割れ、深海棲艦の足元に『錆び付き朽ち果てた一隻の艦』が浮かび上がる。彼女は『それ』の船体半分だけを海上に出し、滑り台のように斜めに設置する。『それ』の姿が此方へ見えるようにしているのか、穴の空いた横腹を此方へ向ける。そうして、彼女はその傷跡に場所に座り込み、自身の大きな艤装を固定した。

 

白い影が指を鳴らす。島を構成する錆鉄が、屑鉄がどんどんと艦載機へ姿を変える。屑鉄の島は隆起し即席の飛行場へと変わり、艦載機は彼女の元へと集まってゆく。

 

「ナンドデモ、ミナゾコニ、シズンデユキナサイ―――」

 

そうして、『飛行場姫』はこちらへ妖しい笑みを向ける。

 

ずきりと、横腹が痛んだ。

 




盛り上がって参りました(多分)。


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