私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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クライマックスその二。


激戦海域、その七

「っ!!全艦散開っ!!避けてぇーっ!!」

 

川内教官の絶叫に、一も二もなくその場から飛び退る艦娘達。襲い来る敵艦載機が、今まで居た場所に爆撃の雨を降らせる。

 

「……あ……?」

 

しかし、俺だけはそれへの反応が一瞬遅れた。回避は問題なく出来たものの、吹き上がる炎と爆風に態勢を崩す。目線を、『あの艦』から離すことが出来ない。

 

「何をしているんですか、菊月っ!!」

 

「……!?くっ、すいません教官……っ!」

 

神通教官の叱咤に頭を振る。しかし、それで立ち直れたのは『菊月』だけ。『俺』の心は未だにあの艦に釘付けのままだ。

 

「誰かっ!対空出来ないのっ!?」

 

「無理です、私と北上さんは艤装が雷撃仕様でっ!」

 

「なら、夕立が頑張るっぽい!!」

 

声を上げて勇ましく対空攻撃を開始する夕立に続き、同じく単装砲を構え雲霞の如く押し寄せる艦載機を墜としてゆく。それでも、圧倒的な数の差を覆すことは簡単なことではない。

 

「なによ、一体どれだけ居るってのよ!!」

 

「川内姉さん、これではっ!」

 

「分かってる!さっさと撤退したいけど、後ろを見せられないじゃない!!」

 

次々と繰り出される艦載機と爆撃に、次第に傷を負ってゆく。ひどいものは、そのまま特攻してくる艦載機すら居る始末だ。とうとう、中破以上の損害を出す艦が現れた。

 

「うぁっ!?く、まあこんなこともあるよねっ」

 

「北上さんっ!?よくもっ、きゃあっ!!」

 

雷撃戦の要、雷巡の二人が中破する。他の四人と異なり雷撃戦以外の艤装を積載していないのだ、仕方ないというもの。これで、俄然厳しい状況に追い込まれる。

 

「雷巡二人、出来るかどうか分からんが下がれ……っ!」

 

「ごーめんね、下がりたいけど、でも下がれないかなっ、うわぁっ!!」

 

ちらと、周囲の様子を探る。夕立は少し離れたところで奮戦している。至る所に傷を負ってはいるものの、小破に満たないほどの擦り傷だけだ。

 

川内教官と神通教官は、二人で一丸となって艦載機を墜としている。小破以上、中破未満の被弾具合で、時折何か話しているようだ。穏やかに微笑む神通教官と悲痛に塗れた川内教官の顔が対照的に感じる。そして、俺の視線に気付いた神通教官がにこりと微笑むと同時に川内教官が艦隊へ号令を発する。

 

「全艦っ、回頭百八十度っ!!全速でこの海域を離脱するわっ!!――神通、あなたが殿を務めて!!」

 

瞬間、艦隊に衝撃が走る。この状況で誰か一人を残して逃げるということは、その一人を囮として見殺しにすると言っているのと同じだからだ。

 

「はい、分かりました。華の二水戦の誇りにかけて、皆さんは必ず守ってみせます」

 

そして、神通教官のその一言で俺達は理解してしまった。彼女の決意、それを曲げることはかなわないと。

 

「何してるのよっ!!全員、速くっ!!」

 

「菊月ちゃん!ぼーっとしてたら駄目っぽい!!」

 

北上が、大井が、そして夕立とそれに引っ張られた菊月()が苦渋を飲んで全速で後退する。川内教官は、口から血を流さんばかりに歯を食い縛っている。夕立は俺を引っ張っているからか速度が遅く、先行して逃げる川内教官達は遠くへ行ってしまっている。

 

そんな駆逐艦らしからぬ速度であっても、砲を構えてその場に仁王立ちしながら群がる艦載機を迎撃する神通教官は見る見る遠ざかって行く。これならば、菊月()が夕立と共に全速力を出せば、逃げ切ることは可能だろう。

 

……だが、菊月()はそんなことを望んでいない。

 

「……夕立、済まんな」

 

「ぽい?」

 

「砲を、借りるぞ……っ!!」

 

夕立の手から『12.7cm連装砲B型改二』を奪い取り、ついでに夕立の太ももの四連装酸素魚雷も外して捥ぎ取る。

 

「ちょっ、菊月ちゃん何するっぽい!!」

 

「何をする、だと?……戦うに、決まっているだろうっ!!」

 

踵を返し、全速力を出す。後ろから夕立が何やら言っているのが聞こえるが、気にしない。どうせ、ちゃんと砲を返せとかそんなところだろう。風を切る、さっきとは逆に夕立の姿が見る見る小さくなって、神通教官の姿がはっきりと見てくる。

 

「喰らえ……っ!!」

 

連装砲と単装砲、両手に持ったそれらを乱射。我武者羅に撃ち出したとしても命中するほどに敵は多い。普段であれば十も墜とせば大戦果なのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。ぽかんとこちらを見つめる神通教官の視線が面白い。

 

「あなた、菊月っ!!何をしているのですか、逃げなさいと――」

 

「……断る、教官」

 

一機、また一機と敵機を撃墜する。その度に心が研ぎ澄まされ、ぎらぎらとした何かが『俺』の中で鎌首を擡げる。

 

「……奴は、捨て置けぬ……」

 

一つ一つ撃墜してゆくたびに、ぐちゃぐちゃとした『俺』の心の中にはっきりとした感情が浮かんでくる。

 

「……細く長い船体、朽ち果てたとはいえ未だ面影のある色、横腹の傷跡、刻まれた栄えある『23』の文字……っ!!」

 

ふざけるな。ふざけるな。それは、『菊月』は、貴様如きが、深海棲艦なんぞが満足げに腰を下ろして良い(ふね)じゃない。ましてや、仲間たちにその牙を向けさせて良いものじゃない……!

 

「それはっ、『菊月(俺/私)』だ!!……そこから退け、深海棲艦ぁぁぁあんっ!!!」

 

抑えきれずに『俺』が吼える。菊月の身体から発せられた筈のその声は、平時からは想像もつかないほどの大きな咆哮となって海域に響き渡る。

 

「菊月っ、何を――」

 

「沈めぇぇぇえっ!!」

 

足首の魚雷発射管から魚雷を一本掴み抜き取り、それをそのまま艦載機の密集しているところへぶん投げる。当然忌まわしい艦載機共は回避しようとするが、そんなことは許さない。

 

空を舞う魚雷に向かって単装砲を一発。その爆炎は大きく広がり、うざったらしい羽虫(艦載機)を纏めて燃やし尽くす。

 

今の一瞬で無茶をした、被弾具合は恐らく中破まで行っただろう。だと言うのに、痛みは一切感じない。精神が肉体を凌駕し、疲労を吹き飛ばす。キラキラ状態の更に先とでも言えば良いか、全身に活力が満ちてくる。

 

「菊月、あなた」

 

恐らく、菊月()は勝てないだろう。それは『俺』も『菊月』も分かっている。だが、精々抗ってやろうじゃないか。そして、菊月を沈めさせなんかしない。

 

全霊の殺意を乗せて飛行場姫を睨み付ければ、奴も同じように返してくる。

黒々とした艦載機が再び集まる、戦いはここからだ。




菊月(偽)、艤装を強奪するの巻。

作戦目標は、完全に神通さんを助けながら撤退することです。

うーん、倒したいんだけど倒したらなぁ。

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