私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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クライマックス、その三。

BGMは『二水戦の航跡』。


激戦海域、その八

「……立てるか、教官」

 

俺達を押し潰さんと集結する艦載機から視線を外さないまま、後ろにいる神通教官に問い掛ける。破れた服や擦り切れた傷から流れる血に、彼女が少なく見積もっても中破しているのは見て取れる。だが、教官にも戦ってもらわなければここで二人と海の藻屑と消えるのは確実だ。

 

「――勿論ですよ、菊月。この程度、コロンバンガラに較べればどうということはありません」

 

それに、菊月(俺達)は知っている。この人は自分が傷付いているからという理由で仲間にだけ戦わせるような性格をしていないということを。

 

「……そんな物騒なものと比較されても、な……!!」

 

艦載機機から次々に投下される爆雷をとことん躱す。気を抜いている暇は無いが、焦る必要もない。確かに『この程度』、神通教官のシゴきに較べればマシというもの。

 

「とはいえ、戦いづらいですね。菊月、あなたがやっていたのはこうでしたか!」

 

先程俺が怒りのままに行った、空中で魚雷を撃ち抜くことで艦載機を焼き尽くす戦い方。いとも簡単そうにそれを成功させるも、降り続く魚雷の合間を縫って戦うのは教官といえど骨が折れるようだ。

 

「……ならば、根本を断つぞ!私の誇りを踏み躙った貴様のその面へ、砲を叩き込んでくれる……!」

 

どうにも荒れ狂う魂を抑えきれず、『俺』が吼える。『菊月』の誇りとその怒りは、俺が表さずに誰が表すのだ。

 

一度だけ教官に目配せをすれば、回避行動を最小にする。可能な限りの最短距離で島へ近づけば、新しい艦載機が続々と生まれている場所へ向かって魚雷を投擲。

 

「……くうっ!!」

 

発生ポイントへ投げることは出来た。しかし群がる艦載機共が邪魔をして有効打を与える事が出来ない。カウンターとして俺に放たれる砲火を辛うじて避けるも、特攻してきた脆い艦載機が菊月()の身体を打ち据える。

ちらりと飛行場姫を見れば此方を嘲笑うかのように口元を歪めている。

 

「――あら、余所見とは。華の二水戦、侮らないことです」

 

その顔面に、俺が宣言した通りに砲弾が突き刺さる。言わずもがな、神通教官の放った一撃だ。距離のある上に軽巡の砲だ、大したダメージでは無いだろうが癇に障ったのは間違い無いだろう。

 

「……余所見をするなと、言われたところだろう……!」

 

神通教官の方を向いている奴に次いで一発、今度は菊月()の持つ12.7cm連装砲(夕立砲)が顔面に炸裂する。二度に渡る攻撃に奴のプライドはズタズタだろう、あの血走った目を見れば分かる。

 

「キエロ……モクズトナッテ……!!」

 

「……馬鹿め……!」

 

激昂した飛行場姫に惹かれるように、奴の正面に数を増す艦載機。一気に圧殺する腹なのだろうが、そうして守りを薄くしたのが貴様の悪手。片手に対潜爆雷を、もう片手に予備の燃料を持ち、近場の瓦礫へ向けて我武者羅に放り投げる。

吹き上がる火柱と、それに引火するオイル。その光景に、まずは一角を切り崩したことを確信する。その炎の中を掻い潜って、我武者羅に艦載機が迫る。腹に走る衝撃、一発貰ってしまった。

 

「……イマイマシイ、羽虫ドモガ……!!」

 

「『忌々しい羽虫』を従えているのはあなたでしょう?」

 

取り敢えずの爆雷を投擲し終えたため、距離を取るべく空爆を躱しながら神通教官の元へと戻る。炎に煽られ服の端々が焦げ、撒き散らされる破片が菊月()の小さな身体を強かに打つ。額を切り血が顔に流れてくるが、手の甲で拭い去る。

 

「……だが、この程度の傷では私の怒りは収まらぬ。この私の、『菊月』の誇りを穢された怒りは……!!」

 

「そう、ですか。あの(ふね)はあなたなのですね、菊月」

 

投げ掛けられる問いに首肯すると、隣に並ぶ神通教官は頭の鉢金を解いて此方に投げてくる。その鉢金は少し紅に染まっている。おそらくは彼女の手、肩から流れる血の染みだろう。

 

「付けなさい、菊月。顔の血は煩わしいでしょう」

 

「……しかし、教官。これは……」

 

逡巡する。これは神通教官が改二と成るにあたって新たに身につけたもの、それに込められる意味が軽いものでは無いと思うからだ。しかし、教官はじっと此方を見つめて離さない。

 

「……感謝する、教官……っ!」

 

「後で、返して下さいね!!」

 

横っ跳びに爆撃を回避し、距離の離れた神通教官へ届くように大声で叫べば額にそれを当てる。頭の後ろで固く結べば確かに視界は良好になる。砲口を空の艦載機に向けて一度、二度、三度発砲。そのどれもが敵に命中した。教官も同じく次々に敵を撃墜しているようだ。爆散した艦載機の破片が、菊月()の手を足を切り刻んでゆく。

 

「っ、キリが無い……!」

 

「そうですね、どうもこれはいけません。勝機を掴むには、肉薄しなければなりませんよ」

 

「分かって、いる……!!」

 

錆鉄の島の周囲を跳び回り、気付けば神通教官と背中を合わせることになっていた。お互いが相当な艦載機に追い立てられており、そしてお互いにその全てを撃滅するという意思だけは折れていない。

 

「そうです、菊月。一つ言い忘れていました」

 

「……っ!ええい、なんだ教官っ……!」

 

手榴弾のように爆雷を投擲し、空中の艦載機を巻き込む。元が鉄屑から出来た艦載機は、撃墜すれば砕けた鉄屑へ戻る。もう慣れてしまったが、それが元でつく傷は多い。今度も肩口を裂かれた、流れ出る血液に目もくれず返事を返す。

 

「そう、それです」

 

「……何がそれだというのだ教か――」

 

「――『神通』で構いません」

 

どかん、と爆ぜる砲撃音に、一瞬聞き間違えたかと耳を疑う。しかし彼女の表情からして、どうもそうでは無いようだ。

 

「ここまで共に戦った戦友に、いつまでも『教官』なんて仰々しく呼ばれては。私、悲しくなってしまいます」

 

くすん、とでも言いたげな表情で此方へ視線を向ける彼女。しかし、その状態でも羽虫を駆除しているのだから侮れない。

 

「あなたにはもう教える事がない――というのは言い過ぎですね。でも、あなたになら私の背を預けられますから」

 

此方へ向けられるにっこりとした表情。

 

かあっと、腹の底が熱くなる。全身に力が漲り、知らず細まっていた目がかっ、と見開かれる。全身に走る疼きに、ぶるりと身体を震わせた。

 

「………『神通』」

 

「はい、菊月」

 

「……このままでは、埒が明かぬ」

 

「そうですね、ならばどうします?」

 

神通の問いに、片手で『護月』を抜き払う。そのまま目障りな、特攻しようと近寄ってきた艦載機を斬って捨てる。

 

「……次発は?」

 

「ふふ、装填済みですよ」

 

二人揃って、正面を見据える。俺達は既に満身創痍。眼前には殆ど無傷の飛行場姫と、最初よりは数を減らしたものの未だ十分に残る艦載機。しかしこの溢れ出る気力は抑えられない。二人でこくん、と頷けば足に力を込め、大きく息を吸う。

 

「「――次発、装填っ!!」」

 

砲を構える。

 

「「これより我ら、再突入するっ!!」」




一番最後で、BGMが『次発装填、再突入!』になります。

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