鋼材の柱に身を預けながら、吹き上がる爆炎を見つめる。間違いなく直撃はした。これで沈めたとは思わないが、せめて撤退でもしてくれれば。しかし、そんな俺の願いは儚く散ることになる。
「……ウゥ……グォォオォ!イマイマシイ!艦娘ガァァァア!!」
突如として、炎の中より巻き上がる
「……くそっ、馬鹿な……!」
目を思い切りギラつかせ、遂に『菊月』から降り立つ飛行場姫。その顔は煤けて、上半身にはところどころ体液が滲んでいるものの俺達のように満身創痍ではない。奴はそのまま、『真っ白な』右腕を振り被り此方へ突進してくる。姫級の拳など、駆逐艦である
「……くぅっ……、ぐ、かはぁっ……!」
「……ヌ、グゥウァッ!!」
咄嗟に身体を起こし、腰から明石謹製の大型ナイフを二本取り出す。片方は順手、もう片方は逆手に構え、それを振るわれる豪腕に合わせて飛行場姫の肘の辺りへ捩込む。手に感じる、ぶちりという感覚。同時に後ろへ跳ぶが、有り余る衝撃を殺し切れずに吹き飛ばされる。
「……げほ、げほっ。く、ぅぅぅう……!」
吹き飛ばされる勢いのまま、ボロ雑巾のように地面を二転三転し漸く停止する。全身が悲鳴をあげ、視界が真っ赤に染まるりうつ伏せに地面へ倒れ伏したままちらりと見れば、飛行場姫はまた此方へ向かってきている。どうあっても俺をその手で殺したいのだろう。
どこもかしこもずきずきと痛む、先程の一撃で服が半分消し飛び、同じく肉も裂けたようだ。血が溢れる、どう見ても大破。骨がみしりと軋む。だが、狙った方向へは跳べた。
「菊月っ!そっちに深海棲艦が向かっています!」
「……分かっているさ、神通っ……!」
身体に鞭打ち、必死に駆け回る。突っ込んでくる飛行場姫、その姿はもう直ぐそこだ。神通が遠くから援護してくれているお陰で少しだけ猶予が出来た、その隙に見つけたそれ――吹き飛ばされた『護月』を拾い上げ、構える。
「次発、発射っ!!」
「ガァァァァアッ!!」
「……ぐ、うぉぉぉぉおあああっ!!」
先と同じく、ナイフ二本が突き刺さったままの腕を振るう飛行場姫。
白刃が炎に煌き、一瞬の後に
次の瞬間に感じたものは、衝撃。どうやら片手に護月を握ったまま、吹き飛ばされてしまったようだ。積載する瓦礫の山に突っ込む、うつ伏せの
「けほっ……ふ、ふっ。運が悪かったな、深海棲艦……!」
だが、この乾坤一擲の勝負に勝ったのは
「……キサマハ……、イツカ、ワタシガシズメテヤル」
残った左腕で顔を押さえながら、飛行場姫は呻く。先程から島が鳴動しているのは気のせいでは無かったらしい、奴は引き下がるようだ。
「このっ!逃すと、思いますかっ!!」
「……ウルサイワ、艦娘……!キサマモ、ココデシズンデユケ……!」
飛行場姫が残った左腕を掲げれば、次第に海が荒れ出す。そうして出来上がったのは『渦潮』、それに島が揺らされ足を取られる神通。飛行場姫は最後に此方を一瞥し、その渦潮へ飛び込む。そうして奴は海の底へ逃げ果せた。
飛行場姫の支配から逃れた島はひび割れ、渦潮の中へ崩れ始めている。艦載機を生み出し、動かすには燃料も必要だ。その燃料へ火が周り、そこかしこで大きな爆発が起こり始めている。
「菊月、菊月っ!無事ですか、身体はっ!今引っ張り出します、逃げますよ!」
倒れ伏す
「……構わ、ない……。行け、神通……」
「馬鹿を言わないで!」
「……た、助かるお前、まで……沈めさせる、訳にはいか、ない。渦潮へ、呑まれるぞ……」
霞む視界の中で必死に神通を見つめる。ガンッ、という何かを叩く音と共に、神通の瞳から一筋の滴が落ちる。
「……行け……!」
「――また、逢いましょう、菊月」
そうして、神通はすっくと立ち上がる。彼女は振り返らずに走って行った。『菊月』はこの結末に満足げだが、『俺』は『菊月』に負い目がある。彼女を傷付けまいとするどころか、こうして沈めようとしているのだから。
少しだけ顔を上げると、未だ燃え盛る炎に照らされた『菊月』の船体が見える。
「……すまない、菊月……」
その直後に発生した、一際大きな爆発に島は完全に崩壊する。幾多の瓦礫と共に、
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暗く、冷たい海へ沈む。身体から感じるのは『怖い』という感情だが、何故かいつかのように心を埋め尽くすような感じ方ではない。穏やかに消えてゆくような恐怖だ。
渦潮に揉まれて、何処までも流される。どれぐらいこうしていたのだろうか、自分がどこに居るのかも分からなくなって来る。身体を動かそうとして、筋肉がガチガチに緊張していることに気付いた。両手も両足もぴんと伸び切ったままで、護月を握る指すら固まった状態だ。まあ、みんな一緒に沈んでゆくなら良い。少なくとも、『菊月』も満足している。そう結論付け、意識を手放そうとする。
――その時、ガツンと下から突き上げるような衝撃を受けた。
首を動かし、薄眼を開ける。そこに在ったのは、錆び付いてなおその雄姿を衰えさせない軍艦……『菊月』だった。沈み行きながら波の中で大きく回転し、ちょうど
冷え切った手足に熱が灯る。諦めかけた心に、『俺』と『菊月』がお互いに喝を入れる。護月を鞘へ納め、そこらを漂う瓦礫の中から大きな分厚い鉄板一つを掴み取り海面へ逃れる。嘗ては何かの船のバルジだったのか、中々いい形だ。
途端に増す海の重圧。それは
――そして、ばしゃりと水面へ顔を出す。
そのまま全身を引き上げ、鉄板を船のように浮かべる。その上へ這い上がり、遂に倒れる。周囲を見てもどこも海ばかり、島どころか、ソロモン海からすら遠くへ流れていってしまったようだ。
しかし、生きている。生きてさえいればどうにかなる。第一、そんなサバイバルは始めてではない。つらつらと馬鹿なことを考える、この朦朧とする頭は限界を迎え目を閉じる。
遠くから、朝日が昇ってくるのが分かった。
次回からッッッッッ!!!!!
二度目のサバイバルですッッッッッ!!!!!
菊月(偽)生存、しかし帰還せず。
むしろ鎮守府側では沈んだとおもわれてますでしょうし、そっちの方が大変なことになってるでしょう。
鎮守府ロスト←New!
艤装ほぼロスト←New!
仲間ロスト←New!
現在の装備。
護月×1
ウェストポーチのサバイバル道具×1
携帯食料×少し
修復材の湿布×5枚
夕立砲×1【弾切れ】
神通の鉢金×1
あと、この小説ではここで始めて飛行場姫がフラグシップって右腕が黒いアレになります。