キクヅキニウムが、足りません。
ひとしきり泣き、疲れ果ててそのまま眠り、次の朝。私達は、部屋に掛かってきた一本の内線で目を覚まさせられた。司令官から、全員が落ち着いたら執務室へ来るようにとのことだ。
「この後に及んで何があると言うのだ、司令官め」
「さあ、分からないわ。でも、顔を出せと言われているなら行かなくちゃ行けないわね。勿論、身嗜みを整えてからなのだけれど」
未だぼうっとしている三日月と卯月を引き摺り、大浴場へ。幸い、他には誰も居なかった朝の風呂へ放り込む。身体が温まれば心も緩むもの、全員でもう一度大泣きしてから全身を洗い、執務室へ向かう。ノックをして扉を開ければ、司令官は昨日と同じようにそこにいた。
「随分と早かったな。もう少し、時間がかかるかと思っていた」
「司令官は、落ち着いたらと仰いましたからね。立ち直ったら、と言われていれば誰も来れなかったでしょう」
如月が返した言葉に、司令官はむっと口篭る。少しバツが悪そうにしていたが、椅子に深く座り直して口を開く。
「まず、通達する事項が二つある。一つは、今朝目を覚ました神通から顛末を聞いて決断したことだ。睦月型駆逐艦九番艦『菊月』、その鎮守府を挙げての捜索は行わないこととする」
その一言に、カッと頭に血が昇ったのが分かる。よりにもよって、呼びつけておいてそんな話をするだと?
「司令官、貴様――」
「―――ふざけるなっ!!ふざけるな、そんなこと私は認めないっ!!菊月はきっと生きてる、それをっ」
思わず怒鳴りそうになった私を遮り、卯月が絶叫する。あまりの剣幕に呑まれ、私は声を出すことも叶わなくなった。しかし、そんな卯月の叫びも司令官の一言で止められる。
「少し口を謹め、卯月。これは、私の提督としての判断だ。ただでさえ大きな海戦が終わったところなのだ、生存が絶望的な一人のために総力を費やすことは出来ない。私の判断は間違っているか、卯月?」
身体を震わせながら、ぐっと俯く卯月。目には新たに涙が浮かんでいる。確かに判断を間違っているとは言えない。だからといって納得出来るものでもない。精一杯の怒りを込めて司令官を睨み付ける。
「よろしい。そして、君達に通達する第二の事項なのだが――」
そこまで言って、司令官は机の上の機械のスイッチを入れる。
「まずはこれを聞いてもらおう。私が神通に許可を取って録らせてもらった、今朝の話だ。内容は、神通と菊月がどのように戦ったかの顛末だ」
そうして、私達は聞く。所々詰まり、咳き込みながらも喋り続ける神通の声で語られる戦いの様子を。誇るべき私達の姉妹『菊月』が、不利を顧みず殿を務め、強大な姫と対峙し退け、そして――神通をも逃し、自らは瓦礫と共に渦潮へ呑まれたであろうこと、その全てを。
しん、と執務室が静まり返る。聞こえる物音は、卯月が――いや、私達全員が鼻を啜る音だけだ。司令官は、おもむろに口を開く。
「神通からこの話を聞いて、私はその内容を吟味し、状況を整理し、ある一つの可能性へと辿り着いた」
勿体ぶってなんだと言うんだ。この後に及んで特進だとか、勲章だとかとのたまえばどうなるのか分かっているのだろうか、この男は。
「すなわち―――睦月型駆逐艦九番艦『菊月』、その生存の可能性だ」
えっ、と誰かの声が漏れる。私の声かも知れないし、如月の声かも知れない。しかし、そんなことはどうでも良いのだ。そのまま、司令官の話に耳を澄ませる。
「まず、状況からだ。神通は、菊月が瓦礫に埋もれていたと話してくれた。だが、その際に菊月が致命傷を負っていたとは確認していない。その前の、姫級と決着を付けた際にもだ」
咳払いをし、司令官は続ける。
「次に、海底へ沈んだ時だ。確かに瓦礫に埋もれ、渦潮へ呑まれたのかも知れない。しかし、その光景を直接確認した者は居ない筈だ。君達艦娘と言えど、風呂で髪を洗う際には水を被るだろう?いや、君達はシャワーか。ともかく、全身を水に濡れる程度なら問題無い筈だ。勿論、致命傷を負っていなければ、の話だが」
喋り疲れたのか、司令官は眉間に指を当てて揉む。もう一度司令官が咳払いをした時には、鼻を啜る音は聞こえなくなっていた。
「だがまあ、それでも希望的観測でしか無い。普通に考えれば沈んでいる、提督としては諦めざるを得ない。だが、他でも無い『私』は、自分の艦娘が沈むなんて思ってもいない。故に、君達と、あと数人の艦娘に向けて特別に任務を発行したい」
「その、任務とは」
「うむ。今後一切の遠征・出撃の際に、本来の任務と並行して睦月型駆逐艦九番艦『菊月』の継続的な捜索を命じる、というものだ。君達になら可能だと判断したのだが。どうだ、卯月。私の判断は間違っているか?」
厳つい顔に少しだけ笑みを浮かべ、先程と同じ問いを卯月に投げかける司令官。目元を拭い、まさしく兎のような真っ赤な目になった卯月は少し恥ずかしそうに答える。
「間違っていない、ぴょん」
私達は皆同じ思いだ。こうして言われるまで泣いていたというのが今では恥ずかしい。だから、私は決意する。もう二度と泣かないと。
「よろしい。――実を言えばな、私は『Naka&Kikuduki』のファンなのだ。既に青葉に、次回ライブのチケットまで頼んである。それを見ないままになど出来ないからな、厳しく終わりの見えない任務だが精一杯励んでくれ。以上」
「「「「了解(ぴょん)っ!!」」」」
大して面白くもない冗談を得意げに話す司令官へ、全員揃って返事を返す。しかし今は、そんな気遣いが有り難かった。
このとき菊月(偽)、鉄板に乗って太平洋のど真ん中を放浪中。