私が菊月(偽)だ。   作:ディム

48 / 276
キクヅキニウムが深刻に不足。


幕間、夜の酒場で

菊月捜索の任務が正式に発行されてからおよそ一週間弱。本日も姉妹達と遠征任務をこなし床に就いたのだが、私だけ目が覚めてしまった。

 

「まだまだ朝には程遠いじゃないか。仕方ない、水でも飲んでもう一度寝るか」

 

時刻はマルヒトサンマル、もうすぐ丑三つ時に差し掛かろうかと言う時。三日月と二人の、少し広く感じるベッドからゆっくりと下りて部屋の外へ。もうすぐ春だからだろうか、廊下には空いた窓から涼やかな風がふきこんでいた。

 

「ぅう。だからと言って、怖くなくなったってわけではないか」

 

少しびくびくしながら廊下を歩く。私達姉妹の中でお化けに耐性があるのは如月と菊月だけ。逆に、最も耐性が無いのが卯月だ。よく、夜中に如月を起こしてトイレに行っている。

 

「ほう?なんだ、食堂に明かりが点いているのか」

 

水を飲みに食堂へ辿り着くと、ドアの隙間からうっすらと光が漏れている。その隙間に目を近付けて中の様子を伺うと、何やらいつもとは雰囲気の異なる食堂のカウンター席と間宮さんが見える。後ろの棚に並べられているのは、食器ではなく酒瓶に変わっている。

 

「なるほど、酒か。それにしても、こんな時間にひっそり酒を飲むなんてどんな艦娘だ、羨ましい」

 

「――こんな艦娘ですよ、長月」

 

突然背後から掛けられる女の声。びくりと大きく肩が震えるのが分かる。勢いよく振り向くと、そこには笑顔の神通が立っていた。

 

「うわぁっ!?ぅぐっ、じ、神通っ」

 

「あら、幽霊でも見ましたか?そんなに驚いて。まあ、廊下で立ち話も楽しくありませんし取り敢えず入りましょう?」

 

そう言うと、私の頭上にどんと手をついてドアを開ける神通。そろりと抜け出そうと試みるが、視線は此方へ向いたまま。観念して一緒にドアを潜る。

 

「いらっしゃいませ、神通さん――と、長月さんですか?」

 

「そこで会ったものですから。何か飲みに来たのでしょう、彼女にも飲み物を出してあげて下さい」

 

苦笑して、分かりましたと答える間宮さんを目の端に留めながらカウンターに座らせられる。真隣に神通が腰を下ろし、最早逃げることは叶わなくなった。

 

「はい、どうぞ。神通さんは日本酒でしたね。長月さんは――、とりあえずジュースを」

 

「ありがとうございます、間宮さん。さあ長月、乾杯でもしましょうか」

 

「私はもはや、状況に追いつけていないのだがな。まあ、水を飲みに来てジュースを貰えるのなら願っても無いが」

 

グラスを持ち上げ、ぶつけ合わせる。かちん、という音が耳に心地良い。そのまま神通は、一気にグラスの中身を呷ってしまった。

 

「流石は華の二水戦か、酒戦もお手の物のようだな」

 

「あら、そうでもありませんよ。普段はこんな時間に飲みません、今日間宮さんにお願いしたのも気紛れですからね」

 

そう言うと神通は替えのグラスに口をつけ、今度はちびちびと飲んでゆく。私もそれに倣いジュースを飲み始めた。

 

 

そのまま無言で飲み続ける。二杯目からは私も酒に切り替え、神通とともに時間を潰す。そうして暫く経ったころ、酔いも回ったのだろう私は一つ神通へ問い掛ける。

 

「なあ、神通。菊月は生きていると思うか?」

 

神通はちらりと私の方へ視線を向けると、またグラスを呷り口を開く。頬は少し朱に染まっていて、目尻は何時もよりも下がっている。

 

「生きていますよ、勿論。長月は、菊月が沈んだと思っているのですが?」

 

「そんなことはないっ!――ただ、不安なんだ。直ぐに見つかる筈は無いと分かっている。けれど、任務のついでにしか捜せないだろう?もう少し動けさえすれば見つかるのでは、と思うと歯痒くてな」

 

私の言葉に、神通はくすりと微笑む。

 

「捜す、ですか。私はむしろ、捜さなくても良いと思ってしまいます」

 

「っ、神通、それはどういう――」

 

声を荒げかけた私を手で制して、神通は続ける。

 

「私と同じです、菊月は。同じことを考えているんですよ。『仲間の盾になって沈んでも構わない』と。みんなが心配で堪らないから無茶をする。そして、他でもない自分が人に心配をさせ、帰りを待たせていることをを重要に思わない」

 

神通は照れたように、少し恥じ入るように笑って続ける。

 

「まさか、自分がそうやって待つ側になって初めて気付くとは思いませんでしたけれど。そう、だから捜しても無駄ですよ。菊月は、生きてさえいればいつかひょっこり戻ってきます」

 

神通の言葉が、すとんと腑に落ちた気がした。そうだ、あの誇るべき妹はいつも心配をかけてばかりなのだ。恥じ入るような表情のまま『私も気付きました、これからは行動を改めます』と神妙に告げた神通は、次いでにやりと笑みを浮かべる。

 

「だから、菊月が帰って来ましたら、みんなで一斉に抱き締めてあげましょう。恥ずかしがって、もう止めてくれと言うまで」

 

「了解だ、神通」

 

その後は二、三言会話し、間宮さんに礼を言って食堂から出る。別れ際に何か意味ありげに笑っていた神通と、同じく何か忘れているような引っかかりを覚えながらふらつく足でベッドへ潜り込む。

 

 

まあ、何だ。沢山飲んだのだから仕方無いだろう。

 

―――翌朝、私は、漏らした。

 

漏らして、三日月に騒がれ、起きた如月と卯月にからかわれ。文句を言いに駆け込んだ川内型の部屋で、神通に昨夜出歩いた懲罰訓練を言い渡された。

 

菊月には、帰ってきたら、散々文句を言ってやることにする。

だから、早く帰ってこい。

 




長月は犠牲になったのです。キクヅキニウムの不足、その犠牲に。

次回からっ!菊月編っ!!

はじまりますっ!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。