私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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菊月(偽)編。サバイバルなうです。


第五章
はぐれ菊月(偽)、その一


遠くの水平線から昇る太陽、その目映い光に意識が覚醒する。身体を起こして伸びをすれば、ぱきぱきと節々が鳴る。首も身体もそこら中が痛い。大きく深呼吸をすれば、鼻腔をくすぐるのは潮の匂いだ。

 

「んぅ……ふぅ。少しだけ、楽になったか」

 

何回めかに眠りに落ちた時に引っ張り出した、布団代わりの防寒防水シートを横に除ける。その下から現れるのは下着姿の『菊月()』の姿、俺の身体だとはいえ海面に映る朝日に照らされたその姿は正に天使としか表現できない。

 

「……ぐっ、まだ痛むか。我ながら、あれだけ無茶をすればな……」

 

伸びをしながら時折身体を強張らせ、身体を見下ろす。胸元に一つ貼ってある修復材湿布と肩をはじめ全身に巻かれた包帯、そしてその下の傷跡が痛々しい。その中から胸元の湿布だけを剥がし、海へ投げ捨てる。明石曰く、全て自然に還るように作ってあるから問題ないそうだ。

 

「……うむ、あれからどれだけ経ったのだろうか……」

 

最後の一枚となった湿布を貼りながら考える。辛くも飛行場姫とその島から逃げ果せ、こうして鉄板に横たわり漂流している訳だが時間の経過が全く分からない。鉄板に這い上がった直後、どうにか鞄から湿布を取り出してほとんど破れ去った服の隙間から身体に貼り付け泥のように眠り続けた。それを繰り返し眠り続け、こうして動けるようになったのがつい今だ。

 

「よくもまあ、襲われずに済んだものだ……。もしくは、深海棲艦には既に死んだ艦娘だと思われていたかも知れんな」

 

身体の調子から考えて、二三日眠り続けた可能性すらある。長持ちする筈の明石謹製湿布が、それを付けて寝て次に起きた時には効力を失っているからだ。おかげで酷い傷は塞がったのだが、欲を言えばそうして眠りこける菊月の顔を見たかった。

 

「腹は……空いていない。湿布のお陰か、明石には礼をせねばな……」

 

それも、生きて帰ったらの話だが。ふっと笑い頭を振れば、何やら違和感がある。額を触って初めて、菊月()が神通の鉢金を付けていたことを思い出した。そのままぐるりと身体の周りを見渡せば、夕立から借りた砲も『護月』もきちんと持っている。取り敢えず、最低限生きる為に動けるという訳だ。

 

「先ずは、陸地を探すところからだな……」

 

この鉄板がいつ沈むかも分からない、せめて安心して眠れるところを探さねば。そう決意し、服を着ようとしたところで菊月()は手を止める。

 

「……服が無い、だと……」

 

正確には、かつて服だった布切れしか持っていないというのが正しいのだが。考えても見れば当然である、大破した時点で服は大幅に損傷するのだ。それに加えあれだけの爆撃と炎に晒され、海にまで落ちたとすれば残っている方が奇跡だ。

 

「……今の残っている服が、スカートの切れ端と短パンみたいに短くなったズボンだけ、か。……上が、無いではないか」

 

思わず頭を抱える。『俺』からすれば周囲に誰も居なければ問題無いのだが、どうも『菊月』は違うらしい。身体が勝手に縮こまり、顔が熱くなる。勿論、恥じ入り赤面する菊月も可愛いことこの上ない。

 

「ぅう、ううう〜っ……!!」

 

さっき除けた防水シートを広げ、バスタオルのように身体に巻く。『俺』としても、『菊月』が嫌であるならば無理強いはしない。そのまま短くなったズボンを履き、どうにか気分を落ち着ける。そうして遠くを眺めていると――ふと、黒い影を見つけた。

 

「……駆逐艦、それもイ級か」

 

数は二隻。此方に気付いていないようだ、放っておいても良いだろう。しかし、もしも気付かれて鉄板をどうにかされては困る。少し逡巡したのち、俺は護月を抜き払い防水シートを脱ぐ。身体は軋むが、どうにかなるだろう。

 

「……菊月、出る」

 

ちらっと太陽と潮の流れを確認すれば、菊月()は海へと降り立った。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「……う、くそっ」

 

日は既に傾き(・・・・・・)、海は鮮やかなオレンジに染まっている。はぁ、はぁと荒い息を吐きながら、イ級の脳天に突き立てた『護月』を引き抜く。同時に噴き出す体液が、菊月()の身体に降りかかる。

 

「次は、貴様だ……!」

 

けほ、と咳き込みながらも視線は次のイ級へ。その船体には俺が付けた無数の切り傷が存在するが、理性の無いイ級にはダメージにすらなりはしない。

 

「げほっ、ぐぅぁあっ!!」

 

イ級の口から放たれる砲弾を斬り払い、肉薄。その場で反転し尾を叩きつけられる。菊月()の小柄な身体は、掬い上げるようなその攻撃に宙を舞うが……これでいい。多少の傷なら耐えて、さっさと終わらせなければ。

 

「……ぐう、っ!!」

 

そのまま落下の勢いを活かし、脳天に『護月』を突き刺す。奴の目の前に身体はぶら下がる形になるが手を離さずに力を込める。そうしてその目から青い炎が消えるのを見て、漸く俺は全身の力を抜いた。

駆逐イ級二隻相手に半日をかけ、その上無駄に体力を消費した。ぎこちない身体での、後がない戦いは及び腰になり、ずるずると長引かせ傷まで負った。

 

戦術的敗北だろう。

 

「……く、けほっ。なんと言う、無様……っ!」

 

いや、無様と言うよりも思い上がりと言った方が正しいだろうか。『俺』も『菊月』も、相手が単なる駆逐イ級だからとタカを括っていたのだ。それがどうだ、このザマだ。満足に身体も動かず、砲すら使わない。理性の無い深海棲艦は獣、それも恐ろしい猛獣同然だと言うことは身に染みて分かっていた筈なのだが。

 

「……っ、全く、情けない……」

 

人型には効果的でも、獣である彼奴等にも同じく効果的だとは限らないのだ、刀は。増してやろくに刀を振れないような身体と気力なら尚更だろう。そこに、その慢心に奴らイ級が後期型だったからなどという言い訳は無意味だ。――驕っていたのだ。戦果を上げすぎた、いや、上げた戦果に酔っていたのだ。

 

「……しかし、幸運だったのだろうな……。げほっ」

 

心を入れ替えろ、と『俺』と『菊月』がお互いに叱咤する。忘れるな、この身は駆逐艦なのだ。吹けば飛ぶ、当たれば沈む。しかし――この心の炎だけは誰にも負けない。そういう(ふね)であることを思い出せ。戦艦ではない、誇りある駆逐艦であるということを。

 

「……鎮守府へ帰れば、また訓練を受けるか……」

 

ぼそりと零し、くすりと笑う。そうだ、生きて帰らなければならない。その為には慢心など捨てなければ。

 

遠く水平線を眺めれば、今にも沈もうとしている真っ赤な太陽が目に入る。そしてその側には、凪いだ海にゆらゆらと揺れている鉄板も。日が沈めば見失うだろう、菊月()は少しだけ勘を取り戻した身体を引き摺り鉄板へと滑っていった。




近接武器の弱点、人型をしていない深海棲艦。

なんというか、格上キラーな気がするんですよね。
装甲とか耐久とかブチ抜いて、クリティカルれば防御無視の大ダメージ。プラス人型特効。

そのかわり、元の耐久や装甲がそうでもない奴には対して効果が無いと。

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