私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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なんか艦これやってなさすぎて怒られるような気がした今回の内容。

それもこれも菊月バレンタインボイスが無いのが悪いんや……


はじめての菊月、その五――【挿絵有り】

―――今、俺は『駆逐イ級と向かい合っている』。いや、正確にはイ級が俺を目掛けて猛進して来ている、と言うべきか。魚雷のような船体と不気味に開かれた顎から覗く歯に、鯱のような威圧感を覚える。手負い―――恐らく中破、最低でも小破だろう―――の獣は恐ろしいと言うが全くその通りで、青白い光を宿した目だけは俺を射抜くようにして離さない。これからどうなるのかなど何一つ分からないが、ただ言えることは……俺かイ級、どちらかが沈まなければならないということ。

 

「っ………!駆逐艦『菊月』、出撃するっ……!!」

 

発した言葉とは裏腹に、俺の脳裏には今朝から今までの記憶が浮かび上がる。これが走馬灯では無いようにと願いながら、俺はイ級の突撃を躱すべく動き始めた。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

「ふっ、ふっ……おっ、と。……ふむ、漸く水上にも慣れられたか……」

 

深海棲艦―――駆逐イ級との戦闘を決意してから三日、だろうか?この三日間必死に訓練した甲斐あって、漸く俺も地上と変わらない……とまでは言えないが、無様でない程度には動けるようになった。常に揺れている不安定な足場、ふいに訪れる波に捕られる足、何よりも「水面一枚の下には何もない」という艦娘でない『俺』が感じてしまう特有の不安感。最後の不安だけは克服できる気がしないが、感覚的なものには慣れることが出来た。そして、『俺』の感覚が馴染むにつれて『菊月』の身体も動く様になり―――

 

「ふっ、はっ、くぅっ!!……うむ、上々だな……」

 

海面を駆け、幅跳びの要領で跳ね、片足で着地し身体を半回転させる。同時にもう片足を大きく伸ばし震脚、立つ波を自分の足でかき消し、背のドラム缶に差した鉄棒を抜きピタリとポーズを決め、静止する。我ながら完璧、思った通りに動けただろうし、同じように動いていた菊月を想像すればその凛々しさに心が震えてくる。今日は一度も行っていないが、今の俺は海上宙返りすら可能である程に『艦娘』として馴染んでいる、という訳だ。

 

「勿論、戦場で宙返りをするつもりなど毛頭無いがな……」

 

しかし、こうも動けるようになると嬉しく、つい必要以上に動いてしまう。ドラム缶を背負ったままこれだけ動けるのならば上等だろう。それに、菊月が駆逐艦であるというのも大きな助けになっているだろう。駆逐艦であるこの身体は動きが速く、小回りが利く。それに重心も高く無く、思ったように動きやすいのだ。これが戦艦だったりなどしたら、色々な意味で身体が馴染まずに転覆していただろう。

 

「……さすがは菊月、か。……おっと、いかんな。遊びに費やすには燃料が足りぬ……」

 

―――だが、俺に許された燃料が限られているというのも事実。これからは海岸に帰投し、イ級の観察に努めなければならない。この三日そうしていたように、島を挟んだ反対側の海域にイ級は居るだろう。一度上陸してから様子を窺いに……。

 

「―――――む?何だ、これは……殺、気?」

 

ぞくり、と嫌な汗が俺の背筋を伝う。弾かれたように辺りを見渡せば、島の陰―――イ級がいつも居る海域から此方へ向けて疾駆する黒い影がはっきりと見えた。

 

「な……なにっ、まさか、イ級―――」

 

俺の言葉をかき消すように放たれた野太いような甲高いような咆哮。それを認識して初めて、俺は自分が狙っていた獲物に『獲物として狙われている』ことを理解した。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「……くぅっ!!」

 

イ級の突進を辛うじて躱す。今朝のことも昨日のことも、今この瞬間にはどうでもいい。余分なことを考える暇は無く、今はこの一戦に集中せねばならない。出来なければ、俺は菊月を沈めてしまうだけだ。―――勿論、そんなことが許される筈はない……!!

 

「どちらにせよ、いずれは戦い倒さねばならぬ敵……。ならば、退く訳にはいかぬ……!」

 

俺の真横を通り過ぎたあと、すぐさま反転して此方へ突撃するイ級。ここが好機とばかりに俺は背のドラム缶から鉄の棒を抜き、すれ違いざまに奴の鼻面へそれを振り抜く。

 

「―――っ!?硬い……ぅうっ!!」

 

……しかし、俺の一撃は奴に傷一つつけることが出来なかった。そればかりか、イ級とすれ違う際に発生する衝撃が俺にダメージを与える始末。攻撃力が足りないだけか、はたまた鉄の棒は艤装として認められないのか。どちらにせよ、攻撃の手段が無いと言うのは分が悪すぎる。心なしか、イ級の大きく開かれた口の端がつり上がったかのように見えた。

 

「ぐうっ、く……ぁあっ!!?」

 

奴の突進が俺を掠めるたびに、衝撃が俺の体力を削ってゆく。どうやら突進のたびに顎を大きく動かしているところを見ると、俺を喰らって栄養にする気らしい。

……ふざけるな、貴様ごときに菊月を食われて堪るものか。俺だってまだ菊月とケッコンしてないんだ、絶対に、一口たりとも味わわせてやらんっ!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ちいっ……不気味な奴めっ。まさか、ここまで苦労させられるとは……」

 

……だが、苦戦していると言うのは紛れもない事実であり、思わず悪態が口をつく。あれから何度か鉄の棒を打ち付けてはみたものの、効いているそぶりもない。気付けば日は傾き、予想以上に長い間攻撃され続けていたのだと気付いた。

 

圧倒的不利。

 

しかし、この三日でこういう事態を想定していなかった訳ではない。初戦から賭けなど最悪に近いが、四の五の言っていられる状況でもない。俺はイ級の突進を躱しつつ、海岸ギリギリまで後退する。

奴が万全ではないのが幸いした。弾薬が切れているか、残り少ないか。砲を撃たないのがその証拠であるのだが、本当にそれに助けられた。

 

「……さあ、私の退路は無くなったぞ。ほら、弾も無い。どうせまた私目掛けて突っ込んできて、その口でこの身を喰らうつもりなのだろう?」

 

深海棲艦が言葉を理解できるのかは分からないが、また口角を釣り上げたように見えた。……ビンゴ、疲弊しきった奴はどうしても俺を腹の足しにしたいようだ。

涎のように口の端からオイルを垂れ流し、接近するイ級。俺はその前で大きく両手を広げ―――

 

「……だれが、喰らわれてやるものかっ……!!」

 

そのまま一歩踏み出し(・・・・)、イ級の下顎を全力で掴む。勢いを利用し身体を倒しつつイ級の船体を蹴りあげる。

 

「重、い……っ!!ぁあああっ!!」

 

火事場の馬鹿力でも何でもいい、と力を振り絞り、悲鳴を上げる全身から目をそむけつつイ級を『巴投げ』し、海岸に打ち上げる。

 

勿論、そんなことをすれば体勢は崩れる。しかし――――――俺はそのまま、華麗に宙返り。

 

「……そうだな、そうなってはお前は砲を放つより他は無い」

 

振り向けば、打ち上げられた駆逐イ級はその目に憎悪を宿し、口内から『5inch単装砲』をせり上げ、此方に向けて放とうとしている。これだけ無茶をしたのだ、俺に避ける術は無い。

 

「―――だから、私の勝ちだ」

 

 

5inch単装砲から砲弾が放たれる瞬間、その砲の中に鉄の棒を槍投げのように投げ入れる。たとえ深海棲艦には艤装しか通じずとも、その砲弾にも通じないということはない。俺は鉄棒を投げ終えればイ級に背を向け、その瞬間に背後からは大きな爆音が聞こえる。口内で砲塔が爆散したのだ、無事でいる筈が無い。

 

―――勝った。無様も無様、運と偶然に助けられてばかりだったが、勝ったのだ。

 

「とはいえ、こんな事は威張れるものじゃないがな……」

 

……口から聞こえる菊月の声も、台詞とは裏腹に少し嬉しげに聞こえた。

 

 




イ級強すぎわろえない。
アニメ見たら想像以上に大きくて、ドラム缶オンリーでの倒し方に困りました。
個人的にも難産でした、「この内容はどうじゃろ」って言われれば修正するかもです。

あ、良ければ活動報告も是非。

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