東の空から朝日が昇り、草むらに寝そべっていた
「……くっ、ぁあ……。やはり、安心して眠れると言うのは良いものだ……」
大きな欠伸を漏らしつつ、枕代わりのウェストポーチから缶詰を取り出して開ける。そろそろ食料も少なくなってきた、沖へ出て釣りをすることも考えねばならないだろう。
「……サバの、味噌煮……」
ブロック状の保存食に比べれば幾分かはマシである。出来れば温めてから食べたいところであったが、火に投げ込んだら最後拾い出すことが叶わなくなるだろう。冷たい食事をする度に、間宮さんの料理の味を思い出す。
「……缶詰に、間宮さんを詰めれぬものか……」
未だ寝ぼけているせいか、妙な事を口走ってしまう。頭を振り、すっかり空になった空き缶を海水で洗いに立ち上がる。周囲を見回しても敵影は無し。やはり朝に深海棲艦がやってくることは無いようだ。缶を洗い草むらに干し、先日からの作業の続きをしながら考えを巡らせる。
この島に上陸してから一週間と少し。観察を続け、およそ二三日に一度あのレ級がここを訪れることを突き止めた。決まっていつも中破程度の損傷をしていることと出現頻度から、そこそこ遠くでではあるが海戦を繰り返しているのだろうと言うことが分かる。問題はその距離なのだが、そこまでは分からない。少なくとも目視できる範囲でないことは確かだろう。
「糸、良し……。オイル、良し……。枯れ草、良し……」
件のレ級は、少なくとも何度もここを訪れ、その度に余裕を持って撤退していることが見て取れる。つまり、レ級は
「……草むらの配置は元から完璧だな。粉塵は……直前で、か。あとは彼奴の耐久次第だが……耐える、だろうな」
故に、取り得る限りの方法を尽くす。悪辣だと罵るのなら罵ればいい、恨みを向けるのならば向けるが良い。それでも
「……頻度が正しければ、彼奴が来るのは今夜か明日の夜。それで最後だ……」
何度もチェックを繰り返し、穴が無いかを確認する。簡素だが効果的なこの罠に問題は無い、あるとすれば罠に掛ける前に
「……だが、私はこんなところでは沈まぬぞ……!」
ぼそりと零し、定位置へスタンバイする。そのまま息を殺し、只々機を待つ。ゆっくりと落ちてゆく陽光を感じながら、俺は感覚を研ぎ澄ませた。
―――――――――――――――――――――――
奴が現れたのは、張り込んだ次の日の夜だった。いつもと同じように北から現れ、そのまま北の海岸の少し先、海から突き出た岩に腰掛け眠りこけている。俺はそれを奴の真後ろ、低い岸壁の上から見下ろす。ちょうど入り江のようになっているこの海岸は、奇襲にはとても有難い。
「………っ」
すらり、と『護月』を抜き払い、両手で持って逆手に構える。音を立てずに岸壁の際まで歩きよっても奴は眠ったまま。ぐっと足に力を込め、跳躍の準備をする。狙うは奴の尾、そしてその先の異形の頭だ。護月を思い切り振り上げ、跳躍し―――ずぶりと、その尾の頭に白刃を突き立てた。
「ギィァァァアァアッ!!?!?」
「……まだだっ!!」
そのまま刃を縦に滑らせ、尾を真っ二つに裂く。一瞬ののちに順手に持ち替え、その異形の尻尾を根元から斬り飛ばす。ついで首を狙おうとした瞬間、奴の腕が俺に向かって振るわれた。
「……ぅあっ!!」
咄嗟に防ぐも、強大な腕力の前に護月は弾き飛ばされ砂浜へ突き刺さる。たった一撃を防いだだけで肉が裂けた、まともにかち合っては負けが確実だろう。海上を後ろへ跳躍、距離を取るもレ級は怒りに目をぎらつかせ滑り寄ってくる。
「グガァァアッ!!」
「……ぐうっ!!」
振るわれる拳をいなし、躱し、受け流す。その度に皮膚が擦り切れ、同時に返す拳を奴の顔面に命中させる。戦艦の装甲に対して駆逐艦の腕力だ、ダメージにはならないが怒りを加速させることはできる。そうしてちまちまと攻撃すれば、次第に痺れを切らせたレ級は一層大きく腕を振り被り殴りかかって来た。
「……そこだ……っ!」
拳に対して一歩踏み込み接近すれば、直ぐさましゃがみ込み足払いをかける。頭上を通りすぎる轟音と風、それに背筋を冷やしながらも体勢を崩したレ級の服を引っ掴み力任せに砂浜へ放り投げる。普通の人型深海棲艦にならこんなことは意味が無いだろう。だが、ことレ級に関しては話が別だ。
「……ッ!?グゥォオッ!!」
砂浜へ放り捨てられた奴は、先程までと同じように声を上げながらも立ち上がることが出来ない。奴の足が、そういう風に出来ていないからだ。あの尻尾でもあれば話は別だが、それを斬り落とした今ではあの足首から先の無い足では這うことしか出来ないだろう。そして、それを見逃す
「……恨んでくれても構わぬ……さらばだ」
遠くへ飛ばされた護月を拾い、トドメを刺す時間は無い。死に物狂いで海上へ逃げられてはどうしようも無くなってしまうからだ。故に、巡らせた策でこいつを撃滅する。
服をもう一度掴み、島の中の草むらへと投げ飛ばす。そう、枯れ草と、オイルと、
「……グッ!?ォオオオオッツ!!」
「……もう遅い。燃え尽きろ……!」
そして、同じく至るところに張り巡らせたオイル滴る糸の一つへ、ファイアスターターで火をつける。その一瞬後、
それを尻目に、護月の元へ歩み寄り引き抜く。そうして火柱を睨みつけていれば、予想通りにそこから這い出してくるレ級の姿を捉えた。奴の着ているあの服が装甲となり炎を防いだのだろう、焼けた奴の肌と対照的に軽く焦げただけの黒い服が目につく。
「……だが、此処までだ……」
うつ伏せで這い進んでいるレ級、焦げて弱くなった服の隙間からその背中を一突きする。しばらく痙攣したのちに、それは動かなくなった。
「……せめて、安らかに眠れ……」
もう一度動かないことを確認してからレ級をひっくり返し、その目を閉じさせる。力ずくでその服を剥ぎ取り、手を組ませて横たえる。明日の朝にでも、炎が収まり次第埋葬してやろう。
「……落武者のようで格好も付かないがな。その力を借りるぞ、戦艦レ級……」
得た物は大きい。少しばかりの哀悼をレ級の亡骸に捧げながら、俺は海岸の隅で眠りについた。
戦艦レ級は、船として考えたらどうしようもなく強い敵です。
ならば、船として戦わなければ良い。強みを完全に奪って嵌め殺しが一番利口ですよ。
そんな考えから生まれたのが今回の話です。どう見ても忍者戦士菊月。サツバツ。