私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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初登場の艦娘が二人も出てきます。


はぐれ菊月(偽)、その五

日の落ち切った海を掛ける。吹き付ける潮風は冷たく、このコートが無ければ少々辛かっただろう。両手に手斧を一振りずつ、腰には必要なもの全てを詰めたウェストポーチ。更にウェストポーチ左右のラックに手斧を一つずつ提げ、左腰には護月を差してある。

 

「装備は……、この状況を鑑みれば最高に近いな……」

 

夕立から借りた砲は、万が一に備えて護月とは逆の右腰に括り付けている。また、レ級の尻尾の皮を加工しホルスターを作成。残骸から回収した魚雷はそこへ突っ込み、太ももへ装着している。残ったレ級の亡骸は土を掘って埋葬してきた、先の海を目指すに当たっての憂いは何も無い。

 

「……見えた……っ!」

 

しばらく海上を走っていると、予想通り前方から此方へ向かってくる駆逐ニ級の姿を捉えることが出来る。所々損傷しているのもレ級と同じ、これで尚更この先に何かがいると確信できる。

 

「グギャァァァアッ!!」

 

「……手負いの獣が……」

 

同じく、ニ級も菊月()の姿を捕捉したようだ。単眼を光らせると此方を睨み付けて大口を開け、そこから砲門を迫り出させる。レ級と誤認してくれればとも思ったが、やはり無駄だったようだ。

 

「……そんな砲撃、この菊月には当たらぬ……!」

 

二発、三発と放たれる砲弾を、海上を蹴り鋭角に移動することで避ける。こうした(ふね)では出来ない避け方が有効であるのはどんな艦種を相手にしても変わらない。

 

「……せぇぇぇぇえいっ!!」

 

砲弾を回避し終えれば、今度はこちらの番だ。裂帛の気合いを込め、思い切り回転をつけて手斧を投擲する。まるでブーメランのように空を切り飛翔する手斧は一本はニ級の胴へ、もう一本は目の側へ命中し突き刺さった。

 

「……ふ、威張れるものじゃないがな……!」

 

「ゴァァァアッ!!?」

 

被弾に身を捩らせるニ級へ一直線に接近を試みるが、その最中で復帰し此方へ魚雷を放ってくる。今の菊月()なら、一発でも当たればお陀仏だろう。だが、そんな安々と死ねるのならばこんな所に立ってなどいない。

 

「……くうっ!」

 

太もものホルスターから鹵獲した魚雷を抜き去り、此方へ迫るそれの予測進路上へ投擲する。その一瞬後に大きな水飛沫と爆煙が立ち上る。これで、ニ級には菊月()に命中したように見えただろう。

 

「その隙が、命取りだ……!」

 

躊躇いなく水飛沫へ突っ込みながら、左右の腰から護月と手斧をそれぞれ抜く。爆風に焼かれ、頭から水を被りながら全速力で駆け抜け、視線を上げればそこには目を光らせるニ級。その船体が手の届く位置に存在する。

 

「……運が悪かったな……っ!」

 

両足を揃え、海面を蹴り跳躍する。一番初めに突き刺した手斧を足場にし、次いで片手の手斧をニ級へ叩き付け突き刺す。それを思い切り引くことで奴の上まで身体を引き上げ、残った護月を脳天へと全力で突き刺す。

 

「ーーーーー!!?!?」

 

「……ぐっ、大人しくしろっ……!」

 

急所からは少し逸れたようで、びくびくと痙攣しながら海上を暴れまわるニ級。両手で護月を握り締め、まるで暴れ馬に跨るようにがくんがくんと揺さぶられながら肉を抉れば漸くニ級の全身から力が抜ける。

 

「……ふう、まずまずの戦果か……」

 

終わってみれば、自分で爆発させた魚雷の炎に少し焼かれた以外の損害を負うことは無かった。最後の詰めは甘かったが、被害を抑えられたことが何より重要だ。海面に横たわるニ級から手斧二つを引き抜き、視線を北へと向ける。

 

「……ここから、だな……」

 

よくよく目を凝らせば、遠く北の水平線がちかちかと赤く輝いているようにも見える。これが星の光や錯覚でないのなら、考え得る可能性は一つだろう。最後に沈めたニ級を一瞥し軽く頭を伏せると、俺はその光へ向かって走り始めた。

 

―――――――――――――――――――――――

 

その光の元へ近付くほど、目を疑いたくなってくる。そこで戦っていた深海棲艦は駆逐ロ級、ハ級が一体ずつ。また、近くにもう一体ロ級が横倒しになっていることから元は三体居たのだろう。対する艦娘は二人。どちらも菊月()へ背を向けていて、接近には気付いていないようだ。一人は片方の肩口を大きくはだけ弓を構える艦娘――軽空母『祥鳳』、もう一人は――見慣れた黒い服に三日月のバッジを付け、手製の槍を振り回す(・・・・・・・・)艦娘、駆逐艦『皐月』であった。

 

「……な、アレは」

 

どちらも、『俺』はともかく『菊月()』は見た事のない艦娘だ。息が合っていることから、それなりに長く共に戦った経験があるのだろう。とはいえ、見る限り二人とも疲労が溜まっているようだ。目の前で沈まれるのも願い下げだ、援護に入るとしよう。

 

「……おぉぉおぉおぁぁっ!!」

 

敢えて咆哮を上げ、戦場の全員へ存在を知らしめる。思惑通り、二匹の駆逐級の視線は此方を向いてくれた。

 

「――っ、まさか戦艦レ級っ!?うそ、こんな時に!」

 

「ぐ、祥鳳さんっ!ボクが抑えに――え?」

 

声を上げる二人のど真ん中を突っ切り、二隻の駆逐級へ接近する。次々と放たれる砲撃を躱し、抜き払った護月で斬り落とす。

 

「おい、そこの……っ!向こうのロ級はお前達が狩れっ……!」

 

皐月、と言いかけた口をぐっと閉じる。進路を急激に曲げ、駆逐ハ級と相対し突撃をかける。奴の口から放たれる砲弾がひゅん、と音を立てて菊月()の側を掠めてゆく。その砲弾とすれ違うように肉薄すれば、嫌らしく光る単眼へ思い切り護月を突き入れる。

 

「ゴガァァァァア!!?!?」

 

「……沈めっ……!」

 

突き入れた護月を一気に引き抜き、離脱。同時にハ級の顔面を目掛けて魚雷を投擲し、爆散させる。振り返れば、ちょうど皐月が矢が幾つも突き刺さったロ級の鼻面へ槍を突き入れたところのようだ。あれなら決着が着いたも同然だろう。護月に付着した体液(オイル)を払い、鞘へ仕舞いながら二人を待つ。すると、彼女達は此方へ武器を向けたままじりじりと寄ってきた。

 

「どうやら、戦艦レ級じゃないみたいですけど。深海棲艦?」

 

此方へ弓を向けたまま問い掛けてくる祥鳳。既にそれは引き絞られており、直ぐにでも放つことが出来るだろう。突きつけられるその矢が、深海棲艦と相対するのとは訳が違う『研ぎ澄まされた恐怖』を此方へ与えてくる。

 

「……何を。私のどこを見れば深海棲艦に間違えると言うのだ……」

 

「何をって、そのコートじゃんか。どう見たってそれ、レ級のでしょ?」

 

此方は皐月、槍の構え方が堂に入っている。かなり長いことこの槍を使って戦っていたようだ。槍の穂先は見たところ深海棲艦の骨から削り出したものを加工したもののようで、青黒い体液に濡れている。これがまた、こわかったりする。

 

「……これは仕留めたレ級から剥いだだけだ。私は駆逐艦、睦月型九番艦の『菊月』だ……。そこの、名は知らぬお前とは同型だ」

 

「ボクと?んー、なんっか怪しいなー。白いし、目は赤いし、ぼそぼそ喋るし」

 

酷い言われようである。仕方がないのでコートの前を開け、ばさりと脱ぎ去る。上服こそ破れ去って存在しないが、下に履いているズボンの色やデザイン、腰の爆雷投射機、そしてそこに付けられた三日月のバッジは目の前の皐月のものと同じだ。

 

「そのバッジ。確かに睦月型みたいだね」

 

そのまま皐月は顔を背け、何やら横の祥鳳と会話を始める。少し待ったあと、二人は此方へ向き直った。

 

「――私達は、あなたを信用します。私は軽空母、『祥鳳』。後で説明しますが、皐月や他の艦娘達を率いています」

 

「で、ボクが皐月。睦月型五番艦の皐月だよ。よろしく、キミが増えたら他の姉妹達も喜ぶよ」

 

「……何、他の……?」

 

「うん、まだ結構居るんだ。おっと、それはともかく。積もる話は置いておいて、まずは言うことがあるんだ」

 

そこまで言うと、皐月は祥鳳と顔を見合わせて口を開く。

 

「「――ようこそ、ミッドウェーへ!」」

 

ミッドウェー。想像だにしていなかったその言葉に、菊月()は呆けた顔を晒して居るのが自覚出来る。

 

本土から遠く離れた孤島。菊月()の帰還は、まだ当分先になりそうだ。




Q:何で祥鳳さんを出したのだ。

A:空母の中で唯一サバイバル出来そうだから。

追記。
タイトルに(偽)が抜けていたのを訂正。やっちまいました。
また、一箇所ニ級をレ級と誤字していたのを修正です。

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