菊月には弥生とお揃いの服を着せたかったですが、脱走したのに替えの服なんて持ってないだろうと断念。
その日、俺が目を開けると――目の前には、皐月の顔があった。無性に暑苦しかった訳を理解し、未だ覚醒しきっていない頭で布団の中を覗き見れば、皐月は下着姿で
「……む、おい。なんだ、起きろ……」
ちらりと布団の外を見回すと、脱ぎ散らかされた睦月型の黒い服が見える。
「――むにゃ、うー、もう食べられないよぉ〜っ」
「分かりやすい寝言を……。おい、良いから起きろ。というか皐月が何故此処にいる……!」
布団をばっと捲り上げ、
「……くうっ!!」
布団の端を持ち、ぐいっと引っ張り奪い取る。少し持ち上がった皐月の身体は、べちゃっと音を立てて布団へ落下する。少し痛そうだが、問題はない。
「ぐえっ!ぅ〜、酷いよ菊月ぃ〜っ」
「酷いも何もあるか。そもそも、なぜお前が私の布団へ潜り込んでいる……!」
「いや、昨日夜遅かったじゃんか。それで部屋に入ろうと思ったんだけど、ボク達の部屋ってドアが凄く軋むんだ。開けたらみんなを起こしちゃうから菊月に許可を取って布団に入れてもらうつもりだったのに、ボクが入ったらもう寝てるんだもん」
「……それで、入っていたと?」
「そうそう。起こそうにも、すんごい幸せそうに寝てるもんだから起こせなくてさ。ゴメンっ!」
「……別に、怒っている訳ではない。だから、その、気にするな。……そっ、それより!皐月、今日は私を皆に引き合わせるのだろう……?」
「あ、そうそう。それで菊月の服を用意しなきゃいけないよね。ボクは生憎替えの服が無くてさ、多分無いだろうけど誰か持ってないか聞いてみるよ。とりあえず今はそのコートでお願い」
「了解した……」
両手で髪を払いのけ、軽く頭を振ればコートに袖を通す。ファスナーを上まで閉じれば手早く着替えが終わる。ちらりと皐月を見ると、そちらも着替えが済んだようで
「さあ、行くぞ皐月……」
「うん、行こうか菊月!」
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「……皐月と祥鳳以外には、初の顔合わせか。睦月型駆逐艦、九番艦『菊月』だ……。共に行こう」
秘密基地じみた建物から出たところに、残りの艦娘は整列していた。皐月に促され自己紹介をし、一人一人の顔を眺めてゆく。
「はーい、じゃあ一番は私だね。睦月型駆逐艦一番艦、『睦月』!はりきって、まいりましょー!」
「睦月型三番艦、『弥生』です。菊月は、私と同じ感じがします」
「で、ボクだね。知ってると思うけど睦月型五番艦『皐月』。改めて、よろしくな!」
「あたしは、睦月型駆逐艦七番艦の『文月』!菊月ちゃん、よろしくぅ〜」
「ん、あぁ。睦月型の最後は私だね。十一番艦、『望月』でーす。いやー、菊月も大変なとこに流されちゃったねぇ」
一列に並んだ姉妹達と一通り挨拶を交わす。次いでその横、
「改めて。私は軽空母『祥鳳』、よろしくお願いしますね」
「御機嫌よう、初めまして菊月。わたくしが、重巡『熊野』ですわ。何もないところで大変でしょうけれど、存分に頼って下さいまし」
それぞれが駆逐艦と違い、力ある艦種の二人。特に重巡と組むのは初めてだ、言葉に甘えて頼らせてもらおう。
「はい、ひと段落つきましたね。本日の連絡事項は特にありません。今日海に出る担当は、文月と熊野ですね。朝礼はこれで終わりですか?」
「あ、ごめん祥鳳さん。あとは菊月の服なんだけど。ボクは替えを持ってないし、何か着るものを――ってまあ無いよね」
皐月の言葉に、全員が首を縦に振る。まあ、仕方がないだろう。コートがあれば当面は問題無い、時間のある時に深海棲艦の皮で何か繕うとするか。
「うーん、ゴメンね菊月。せめて着替えぐらい用意してあげたかったなぁ」
「……構わぬ。祥鳳さん、続けてくれ……」
俺の言葉に一つ頷く祥鳳。次いでその場から一歩離れて全員を見渡し、言葉を続ける。
「菊月の衣服に関しては、申し訳ありません。でも、これで顔合わせも済みました。菊月も晴れて私達の仲間となった訳です。みんなで力を合わせて、今日も一日頑張りましょう!」
祥鳳の言葉に、皆は思い思いの言葉を返す。
鎮守府とは何もかもが異なる光景だが……
コートの前を全部開けるじゃん?
深海棲艦の皮で帯作るじゃん?巻くじゃん?
着物菊月じゃん!!!