私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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ひとすじなわでは いかないぞ!


流されてミッド・ウェイ、その三

菊月()がミッドウェーの部隊に合流してから数日。

本日は晴天、波は穏やかである。そんな海を、菊月()は二人の艦娘と共に駆けていた。

 

「……むぅ」

 

とにかく早く鎮守府へ帰り着かねばならない菊月()が、どうしてミッドウェーで数日も過ごしているのか。理由は簡単で、独りでは帰還することが出来なかったからである。

一昨日、睦月や皐月の制止を振り切って無理矢理帰還しようとした菊月(俺達)は深海棲艦の大群とかち合った。ミッドウェーから本土の方角へ半日ほど行ったあたり、そこを通ると際限なく深海棲艦が湧き出してくるのだ。結局数発被弾し、十隻弱の戦艦ル級に追い回された挙句逃げ帰ってきた。

 

「………う、むぅ」

 

『菊月』の身体から伝わる感情では、此方の姉妹達が気にならないというわけでも無い。それからと言うもの、鎮守府と此方との間ですっきりとしない感情を抱えつつ過ごしている。

 

「えへへ〜、菊月ちゃんと一緒に仕事をするのは始めてだねぇ。今日はいいお天気だし、深海棲艦も出ないといいなぁ」

 

「文月、油断はしないで下さい。いくらこの海域に深海棲艦が少ないと言っても、気を抜いて言い訳ではありません」

 

「はぁい、弥生お姉ちゃん」

 

祥鳳から通達された任務に同行してくれているのは、同じ睦月型の姉妹である弥生と文月である。此処では二人一組で海に出ることが多いらしいのだが、俺の実力がまだはっきりと分からないためこうして二人を俺に付けたそうだ。文月などは、積極的に菊月()の事を気にかけてくれる。それが『菊月』を迷わせる要因ともなっているのだが。

 

「……別に構わんだろう。気を抜くつもりなど無いが、こうも穏やかな日差しならば文月の言うことも分かると言うものだ……」

 

「あ、菊月ちゃん〜。そうだよね、ありがと〜。ふわぁ、眠くなっちゃう」

 

「もう、文月。菊月も、文月を甘やかさないで下さい。――あ、その。別に、怒ってませんから」

 

慌てて訂正を入れてくる弥生。弥生は弥生で『俺』の知っている通りに表情はあまり動かない。今の顔も確かに無表情で、見ようによっては怖く映るかも知れない。だが、無表情でぶっきらぼうと言えば『菊月』の顔も似たようなものだ。

 

「……知っているさ。私も、同じようなものでな……」

 

「――やっぱり菊月は私と似た感じです。気を遣わなくて良いと言うのは、楽ですね」

 

「あ〜、ずるいよ弥生お姉ちゃん〜。あたしも、菊月ちゃんとお話ししたい〜っ」

 

弥生を先頭に陣を組み、そのまま喋りつつ海を行く。ふと、思いついた事を弥生に尋ねてみることにした。

 

「……少し良いか、弥生」

 

「どうしました、菊月?」

 

「今日の出撃なんだが、私はてっきり深海棲艦の撃滅を目的に行われているものだと思っていてな……。それにしては、二人の口調は海戦だけを目的としているようには思えない。済まないが、この任務の目的を教えてくれないか」

 

俺の言葉に、弥生は納得がいったとばかりに首を一つ縦に振り口を開く。

 

「分かりました。目的は単純、周辺海域の哨戒です。深海棲艦は基本的に、人の多い本土や島へ向けて攻撃をします。従って人のいないこの辺りは必然的に深海棲艦は襲ってこないのですが、何も皆無というわけではありません。気紛れで襲ってくるレ級の例もありますから」

 

話しながらも警戒を続ける。ちらりと周囲を見回した後、弥生は更に口を開いた。

 

「加えて、我々には資源がありません。資材も、です。深海棲艦の、特に駆逐艦などと会敵した際はそれらの死骸を持ち帰ることも任務のうちです。――まあ、深海棲艦に出会うことは滅多にないのですけど」

 

弥生の話と先日体験したことを吟味する。ふむ、と頷いていれば、今度は弥生の方から俺へ話しかけてきた。

 

「菊月。あなたは何故、鎮守府へ戻ろうとしたのです?あなたは馬鹿でない風に見えます、鎮守府へ帰ることに――」

 

「――すまない弥生、話は後だ。文月も構えろ、奴らが出た……!」

 

二人は俺の言葉に、弾かれたように遠くの影を注視する。丁度海の底より姿を現したのは、不揃いな艤装に白い仮面と特徴的なシルエットを持つ『雷巡チ級』。一直線に此方へ向かっていることから、その意図は明らかだ。横を向けば、槍を構えた弥生とナイフを持った文月が見える。

 

「奴の雷撃は面倒だ、出来る限り早く仕留めるぞ……!」

 

二人に声を掛けると、俺も『護月』を抜き払う。同時に、ウェストポーチから取り出した掛け替えのない鉢金(誇り)を身につける。

青い海に刻まれる真っ白な雷跡を避けながら、俺達は戦闘を始めた。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「これで、どうっ!」

 

狙い澄まされた一突きが、雷巡チ級の首に突き刺さる。その姿は弥生に隠れて見えないが、両腕の大きな艤装がびくびくと痙攣してから海へ崩れ落ちた以上沈めたと見て良いだろう。

 

「終わりか……。あの雷撃を喰らうことがなく済んで良かったな」

 

「うん。なんだか呆気ないけどあたしたちの勝ちだよねぇ〜」

 

水面に突っ伏すチ級から槍を引き抜き、その死骸に背を向けて弥生が歩いてくる。その姿を見つめながら、隣の文月と言葉を交わす。あの大きな艤装を盾のように使い『護月』の一閃を防がれた際は焦ったものだが、最後は弥生が決めてくれた。

 

「あれぇ、弥生ちゃんなんだか考え込んでるみたいだね〜。お〜い、弥生ちゃぁ〜ん?――う〜、聞こえてないみたい」

 

「……弥生には何か考えることがあるのだろうが、ここでする事でもあるまい。私が呼んでこよう……っ!?」

 

がしゃん。

 

弥生の元へと行こうとした俺と、後ろの文月の耳に小さくも重々しい鈍い鉄の音が聞こえる。咄嗟に見れば、倒れ伏したまま此方へ――否、弥生の背へ艤装を向けるチ級の姿を確認出来る。駆け出しながら腰の12.7cm連装砲B型改二(夕立砲)を引き抜き、砲撃。満身創痍のチ級は吹き飛ばしたが……遅かった、雷撃は放たれた後。

 

「弥生ちゃんっ!!」

 

流石に砲撃音は聞こえたのか、驚きに硬直する弥生。ダメだ、あれでは避けられない―――!

 

「……弥生っ!!」

 

『菊月』が決意し『俺』が従う。本当ならば菊月を傷つけるようなことはしたくないのだが、菊月を悲しませるわけにもいかない。即ち、身体を張って姉妹達を助けるということだ。

 

一瞬の逡巡。そののち海面を大きく蹴り、茫然とする弥生へ飛び込み、両腕で突き飛ばす。吹き飛ぶ瞬間にちらりと見えた弥生の目には、何故だか恐怖や驚きの他に後悔が浮かんでいるようにも見え―――

 

「菊月ちゃんっ!!」

 

俺の意識は、熱と痛みの渦へと放り出された。

 




そう簡単に帰還させると思ったら大間違いです。

ところで、那珂ちゃん改二の特徴ってなんでしょう。
川内さんはマフラー、神通さんは鉢金ですよね。那珂ちゃんはって考えたら、なんなんでしょう。あの白い手袋?

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