私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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久し振りに一日一話投稿が遅れてしまいました。前に遅れたのが八話だったので、およそ50話ぶりですね。

はい、罰ゲーム案件です。


流されてミッド・ウェイ、その六

本日は曇空。灰色の雲が春を過ぎた空に浮かんでいる。

 

雨が降っている訳ではなく、開け放った窓から入る風も少し湿っているものの心地良いものだ。しかし、曇天と言うだけで気分が少し滅入るのは仕方がないだろう。ただでさえ、身体を動かしていないのだから。俺も今朝からずっと、針を動かして服を縫っている。

 

「……しかし、遅いな……」

 

今日訪れる筈の艦娘が、まだ現れない。朝食を運んできた皐月が言うには昼食後すぐに来る筈なのだが、既に正午は回っている。その艦娘が昼食を運んでくる手筈となっているのだ、俺はおあずけを食ったまま裁縫を続けているという訳だ。

 

「菊月ちゃん、やっほ〜」

 

ぎいっと軋む音を立てて戸が開く。姿を確認するまでもなく、この声と話し方で誰が訪れたか分かるものだ。見慣れた黒い服に茶色い髪、襟に三日月型のバッジを付けた彼女――文月は、にこにことしながら部屋に入ってきた。

 

「……遅いぞ、文月……」

 

「えへへ、ごめんね。ちゃんとじっくり焼いてたら遅くなっちゃったの」

 

そう言うと、文月は後手に隠した綺麗な皮袋のうちの片方をずいっと俺の方へ差し出す。中には、串に刺さった熱々の焼き魚が沢山入っていた。

 

「……なるほど、済まなかったな。だが、礼は言わぬ……」

 

「いいよ、お外に出られないんじゃ退屈だもんねぇ。それじゃ、あたしもいっただっきまーっす!――えふっ!?」

 

まだ湯気を立てる焼き魚の腹に思い切りかぶりつき、次の瞬間に涙目になる文月。さもありなん、見るからに熱いのだから。もごもごと口を押さえる文月を横目に、俺ははふはふと冷ましてから小さく噛み付く。じわっと滲み出る旨味が舌を震わせた。、

 

「……うむ。美味いな……」

 

「でしょ、じっくり焼くのがこつなんだよ。――うぅ、まだダメかぁ。あっつぅ〜」

 

「……ふっ、冷まして食べぬからだろう……」

 

「あ〜っ!菊月ちゃん、今あたしのこと笑ったぁ〜!」

 

感じた『菊月』の感情のままに思わずくすりと笑いを漏らすと、目ざとく文月に見つかってしまう。肩を竦めて誤魔化せば文月も笑って引き下がり、あとはお互いに黙々と焼き魚を食べ進める。

 

「んぐ……。しかし、皆にはやはり悪いな……」

 

「んぅ〜?どうしたの菊月ちゃん。お魚さんは美味しいし、悪いことなんてひとっつも無いよ?」

 

「いや、こうして毎日、食事を持ってきて貰うのが悪いと思ってな……。制服を完成させるにはまだ少しかかりそうでな。せめて、部屋着でもあれば食事にくらい出向けるのだが……」

 

「んむ〜、部屋着かぁ。簡単なの、ちゃちゃっと作っちゃえば良いんじゃないの〜?」

 

「……簡単に言うが、部屋着とて服だろう。ただでさえ制服に時間を食っているのだ、寄り道している暇は無い……」

 

「えっとぉ、そんな難しいお洋服じゃなくて良いんじゃないの〜?布をこうやって折って、しゅしゅ〜って縫って、ちょんって切れば」

 

どうにも擬音が多いが、その動きから何を意図しているかは容易に想像が付く。そして実際、それは簡単に完成する服だろう。

 

「……成る程、タンクトップを作るのか。それならば、確かに手間はかからぬ上、難しくも無い。……正直、私だけならば思いつかなかっただろうな」

 

「えへへ、あたしもちゃんとお姉ちゃんなんだから!頼っても良いんだよぉ〜っ」

 

えへん、と得意げに胸を張る文月。そのまま立ち上がれば部屋の隅に置いてある布を抱えて戻って来る。どうやら、制服でなく此方の作成の方に助力してくれるようだ。

 

「よぉ〜っし、あたし頑張っちゃう!菊月ちゃん、あたしが上の服を作るからねっ!ズボンは自分で作ってねぇ〜」

 

「心得た……」

 

ふんす、と布へ向かい気合十分に作業を始める文月。同じく菊月()も自分の布へ相対し、針を持った――瞬間に、作業を始めた筈の文月に話しかけられた。

 

「えっとぉ、菊月ちゃん。身体の周りの寸法を測らせてくれないかなぁ?ちょっと大き目を作ろっかなぁ〜って思ってるんだけど、ちゃんと寸法を知っておかないと駄目じゃないのって」

 

ずい、と文月がこちらへにじり寄る。

 

「……む、適当で良いだろう。そもそも、私とお前はだいたい同じような身体の大きさではないか。自分の腰回りで……」

 

「うぅ〜、本物の服屋さんみたいに、ちゃーってサイズ測ったりしたいんだもん。駄目かなぁ、菊月ちゃん」

 

負けじと言葉を返すも遮られ、あろうことか反撃をされる。『菊月』の弱点は姉妹からの頼みごとだ。つまり、逆らう術は無いということになる。それでも、どうにかお茶を濁そうと試みる。

 

「……駄目では、ないが。文月の好きにすれば良いだろう……」

 

「ホントぉ?やっても良いかなぁ?」

 

「……ええい、胴の寸法くらい測れば良いだろう……!」

 

敗北。流石の『菊月』といえど、文月の前には完全に無力であるらしい。身体から伝わる『菊月』の感情も完全にお手上げ状態だ。その感情に従いながら、両腕を上に上げる。

 

「わぁ、ありがとう〜!それじゃ、おなかをぐるぅ〜っ、と」

 

無遠慮に腹を這い回る文月の手に、なんとも言えないむず痒さを感じる。そしてらその手が右の脇腹へ伸びた時――菊月()は、びくりと身体を震わせた。

 

「え、あっ!ご、ごめんねぇ菊月ちゃん。被弾したの、ここだったよね?」

 

なにやら不味い予感がする。菊月()が身体を震わせたのは別に傷を受けたからだとかではない。『菊月』の身体にとって、右の脇腹(右舷機関室)は弱点だからである。

 

要するに、ごく簡単に言えば、ひどく敏感なのだ。

 

「もう大丈夫、次はあたしが守ってあげるから!痛くなくなるように、お姉ちゃんが撫でてあげちゃうよ!」

 

「……なっ!?おい文月、待――」

「よぉ〜し、よぉし!痛くない、痛くなぁ〜い」

 

「……!?っ、く、ふぅ……っ!」

 

最大限の善意と慈愛の心で、無慈悲かつ残酷に攻撃を続ける文月。払い除けようにも既に限界で、必死に我慢するだけで精一杯である。顔が赤くなっているのも、目尻に涙が溜まってきたのも自覚出来る。当の文月本人には自覚など全く存在せず、ついには馬乗りになって襲い来る(撫で続ける)始末である。

 

「文月ちゃーん、お昼の魚を入れた袋を取りに来たよー、って――」

 

ぎしりと音を立てて扉を開けたのは、我等が長女『睦月』。そのまま硬直し、次の瞬間には『ぼっ!』と顔を真っ赤に染める。何やらぶつぶつと唱えながらそそくさと退散する睦月の姿に、不幸というのは積み重なるものであると実感する。そう、まるで今の菊月()と文月のように積み重なるものだと。

 

――最終的に、その日のうちにタンクトップもズボンも完成はした。しかし、睦月と顔を合わせることが出来る筈もなく。

 

結局、その日の夕食も部屋で摂ることになったのであった。

 




Q:なんで投稿出来なかったんだ!言え!

A:文月ちゃん動かすのすっげーむずい。

後書きには「戦闘シーン書くときはスパロボ想像してます」とか「菊月(偽)の戦闘BGMは桜花幻影でやってます」とか書くつもりだったのに釈明だけで終わっちまったよ。

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