私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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菊月が可愛すぎて連日投稿。
何故か分かりませんが最近は読んで下さる方も増えたようで、菊月の可愛さを伝える機会が増えたことが喜ばしいです。




はじめての菊月、その六

「……ふむ。あれだけ盛大に爆発したのだ、跡形も残っておらぬと思っていたが……。嬉しい誤算だな」

 

駆逐イ級との激戦を終えた俺は、身体中に響く痛みと疲労に耐えかねて、倒れ込むように眠りに落ちた。覚えているのは砂浜に一歩足をかけたところまでだったが、目覚めたところはそれより少し島の中へ分け入ったところ、草の上であった。……湖に顔を映したところ、寝ぼけまなこに寝癖のついた菊月が拝め、大変眼福であった。

 

「しかし……改めて思うが、こいつは大きいな。昨日は無我夢中だったが、我ながら良く倒せたものだ……」

 

最大限に開けば菊月()くらいの大きさなら軽く呑み込んでしまえるだろうこの大口に、分厚く硬い身体、半分以上吹き飛んだ身体の傷から覗く砲身。凶悪なそれらを備えた深海棲艦は、もう二度と動くことはない。打ち上げられ、ひしゃげ抉れたこの死骸もせめて活用させてもらおう。

 

「轟沈した(ふね)の装備は諸共に喪われる筈だが……うむ、死骸は陸に有るからな。沈んではいない、ということか」

 

つまり、座礁放置されているという様な扱いになっているのだろう。……駆逐艦『菊月』と同じように。ともかく、俺としては有難い限りだ。唯の鉄の棒では叶わなかったが、コイツから採れる物でならば深海棲艦と渡り合うことも可能になるかも知れない。

 

例えば、イ級の歯。俺がコイツの歯と顎を『艤装ではないにも関わらず』脅威であると感じたように、またイ級が俺を噛み殺そうと突っ込んできていたように。この全身艤装のような深海棲艦の歯は艦娘……ないし、深海棲艦に通用する可能性を持つということだ。

 

また、イ級の口内から迫り出している、半ば曲がっている砲塔……『5inch単装砲』。これも期せずしてだが回収することが出来た。無論単装砲の外装は剥がれ、砲身も砲撃が不可能な程に曲がっている。しかし、『これは艤装として認識出来る』のだ。……つまり、使う・使わないは兎も角搭載しておくだけで海に出る事が可能になるという訳であり、もうドラム缶を背負う必要も無くなるのだ。……ランドセル菊月が見られなくなるのは寂しいが、背に腹は代えられない。

 

「……いや、私にランドセルなど不要だ。それに似合わぬ……似合わぬ筈だ。そうだとも、だから背負わぬのが普通だ」

 

更に、イ級の残骸から回収した(鋼材)をイ級の歯で削ることで腰に提げられる大きさのナイフを、剥いだ硬い皮を結うことで袋も作ることが出来た。

その上、イ級の残骸から取り出せた残った僅かの弾薬を袋に、船体の中に残っていた体液(燃料)をドラム缶にそれぞれ回収することにも成功した。……しかし、やはり人型でない深海棲艦は構造が人間とは大幅に異なるようだ。恐らくだが自分の身体になっている今は分かる、俺たち艦娘の体内には血肉が詰まっている。人型の深海棲艦だって、骨が鋼材で、体液がオイルで構成されているのでは無い筈だ。そう考えると、駆逐イ級を始め自我の薄い深海棲艦は艤装に近い存在なのだろう。だからこそ、俺はこの魚雷のようなイ級の全てから脅威を感じたのだ。

 

……まあ、全て俺の勝手な推測に過ぎない。特に人型深海棲艦なんて実物を見たわけでも無いのだから。そんな些細な事よりも、さっきから水面に映っている『頬を燃料で汚した菊月』の可愛さの方がよっぽど重要だ。……あ、菊月()が目を逸らした。

 

「……唯一確かなことは、これで私ももっと戦えるということだ……ふふ、腕が鳴るな」

 

俺の口から出る菊月の声も嬉しげで、少し弾んで聞こえる。やはり、安全だからと海岸で腐り続けるのはお気に召さないようだ。なら、せめて最大限菊月として戦えるよう俺も出来ることを尽くそう。

 

――――――――――――――――――――――――

 

どうにか持てるように加工した5inch単装砲、それに取り付けた紐を肩にかける。右腰には弾薬を詰めた袋、左腰には切れ味鈍いナイフをそれぞれ提げる。湖まで歩き湖面へ踏み出す。その中央で俺はおもむろに砲を両手で構え、水面を鏡に全身を映す。

 

そこには、『駆逐艦娘・菊月』がいた。

 

幾度も衝撃に煽られた服は草臥れているし、砲はスクラップ同然。しかしその姿は、それでも俺が知る菊月の姿に近づいていた。

 

「……ふふ、やはりこうでなければな。少しは様になって来たか……?」

 

水面に映る菊月の、凛とした顔に浮かぶ微かな笑顔。暫し見惚れてしまったが、珍しい笑顔を溢すほどに全身に感情が溢れているのが分かる。……これは、喜び。戦えるのが嬉しいのではない、姉妹艦、戦友達と轡を並べ、彼女達を守れるのが嬉しいのだと伝わってくる。

 

……だが、それも少し休養を入れてから。入渠は出来ないが、せめて疲労は取らなければならない。……ならば、彼女の台詞を借りよう。

 

「……ふふん、てぃーたいむは大事にしないとな……」

 

舌足らずな英語と、少し得意げな菊月の顔。

肉体はともかく、俺の心の疲労は一瞬で吹き飛んだ。




ぽんこつ艤装と引き換えに、ランドセルは喪われたのだ。

以下、菊月の艤装のスペック。

『5inch単装砲(大破)』
火力:-1
雷撃:-1
運:+1

『深海ナイフ』
火力:-1
雷撃:-1
運:+1

『ドラム缶改』
運:+1
可愛さ:+20

やっぱり奇襲野戦からのクリティカルしか勝ち目無いですね。

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