「やっほー、菊月。今日はあたしだぞ」
最早恒例となった、俺の監視。気怠げに扉を開けて入って来たのは末の妹――『俺』の知る艦これに登場した睦月型駆逐艦姉妹の中では――である『望月』だ。今日から
「本当は、今日は睦月の担当だった筈なんだけどねー。なんか、顔を見れる気がしないって言い張っててさ。一体何やったんだか聞きたいんだけど、菊月?」
「……睦月が?……ああ、うむ。仕方無いだろう……あれは事故、なのだがな……」
「え、マジでなんかやったの?あたしも気になるなぁ、なんて」
此方を追求してくる望月に、昨日起こった不幸な事故についての顛末を説明する。勿論、『菊月』に不利な部分は都合の良いように改竄して、だが。
一通り話し終えた頃には、望月の表情はにやにやと厭らしいものへと変化していた。口元が引き攣っているあたり笑いを殺そうとしているのかも知れないが、全くの逆効果だということには気づいていないようだ。
「あー、何?睦月も文月も菊月も、みんな馬鹿なんじゃないの?いや、一番驚いたのは睦月だけど。どんな勘違いだっての」
「……全くだ。長女だと言うのならば、もう少ししっかりとして欲しいものだ……」
「つーか、普通に考えて逆っしょ。文月が菊月を押し倒すより、菊月が文月を押し倒すってのが信憑性あるでしょ」
「馬鹿を言うな、何か論点が違うだろう……。まあいい、さっさと作業に取り掛かるぞ」
「うぁー、忘れてくれなかったか。あたし、面倒なんだけど」
そう言いながらも針と糸を持つ望月。先程笑みを浮かべていた表情とは打って変わって口をへの字に曲げ、ありありと『面倒だ』という感情が透けて見える。本来ならば他者に不快感を与えるその表情さえ自然に受け入れられてしまうのが、きっと望月の魅力なのだろう。
「……私だって面倒だ。いいから手伝え……」
「うっわー、妹使いが荒いねぇ菊月『おねぇちゃん』は」
時折軽口を叩き合いつつ、黙々と作業を進める。欠伸をする望月をちらりと見れば、その手元に出来上がりつつある服のパーツの完成度は
「あー、ねえ菊月」
「……なんだ、突然」
「ん、あのさ。此処にいる以外の姉さん達って、どんな人なんだって、知りたいんだ」
望月の問いに作業する手を止め、顔を上げる。此方を見つめる望月の目は、隠しきれてない興味で一杯だった。
「……姉妹か、そうだな。……如月は、周りへの気配りが上手い。さりげなく私たちの補助をしたり、落ち込んでいたらすっと寄り添ってくれたりな。向上心もある。最初はあった油断が無くなりつつあったし……指揮官に向いているかも知れん。……あと、すこぶる『あだるてぃ』だ。……いい姉だ」
「……卯月は、そうだな。とにかく明るく、騒がしい。……信じられるか、あいつの語尾は『ぴょん』なんだぞ。……だがまあ、その明るさに救われたことも多い……。姉らしく在ろうともしている、私が一人でしていた訓練に付き合ってくれたりもしたな。私達をからかう事も多いが……ああ。いい姉だ」
まだまだ語り足りないが、言葉を切って『ぅんっ』と喉を鳴らす。
どうやら望月は
「……次は、長月か。あいつは、一番近いような気がする。名前も同じ九月で、一つ上の姉だしな。……姉妹というよりは、戦友という感じが強い。恐らく、あいつも私のことをそう思っているだろう。……とにかく、信頼できる奴だ。海戦の時など、私がして欲しいことをその通りに補助してくれるからな。私も同じだが、二人で一人と言っても良いかも知れん。……こいつも、良い姉だ」
望月は、まだ何か考え込んでいる様子だ。じっと見つめていれば
「……最後は三日月か。三日月は、何かと私の世話を焼いてくれていてな……、私が鎮守府へ馴染んで趣味を作れるように気を回してくれたりしていた。買物で沢山の服を押し付けられたりしたが、私が楽しめるようにしてくれてな。……うむ、少し私にべったりとしてはいるが、三日月もまたいい妹だ」
考えてみれば、普段からは想像もつかないほど沢山喋った気がする。ふぅ、と息を吐いて望月の方を見れば、彼女は少し嬉しげに微笑みつつ
「何つーか、ご馳走様って感じだよね。菊月、頰すっごい緩んでるし。それに、みんな『いい姉、妹』って言ってばっかりで菊月自身がダメな奴みたいに聞こえるし」
「……む」
言われて頰を触れば、確かに口元が緩んでいる。しかし『菊月』から感じられるのは喜びの感情だ、これは仕方がないことだろう。
「んー、あたしがこっちの姉さん達について話すことも無いことはないけど。菊月はもう皆のことを知ってるし。けど――そだね、睦月はちゃんとした良いお姉さん。頼り無かったり、迷ったりもするけどちゃんとあたし達を守ってくれる。で、文月は天使」
「……うむ。私は、悪魔のようだとも感じたがな……」
「ま、アレは人を堕落させるからね。で、弥生と皐月。弥生は生真面目、んで物静か。皐月はやんちゃで元気。対照的な二人に見えるけど――覚えといてね、お人好しの菊月。あの二人は、ああ見えて結構小狡いよ。特に、二人が組んだ時なんか要注意だから。デザートのプリン、取られたりとかしたし」
なにやら此方を見ながら意味深に呟く望月。そこに含まれる真意を汲み取ることは出来ないが、それでも聞き流して良い言葉であるという訳ではないだろう。心の片隅に、留め置く。
「あーあ、菊月の話を聞いてたらそっちの姉さん達に会いたくなったよ。――なんて、そんな顔しないでって。嘘だっての」
「……ふむ、まあ良い。どちらにせよ私は、ここの全員を連れて帰るつもりだからな……」
「え、菊月。それって――」
「……その為に、さっさと服を完成させなければならないのだ。手伝ってくれ、望月……」
「あー、そういうこと。うぁーっ、やっぱ菊月はダメな奴じゃんかぁ!」
うーあーと声を上げる望月を急き立て、作業へと戻る。めんどくさい、めんどくさいと漏らしてばかりの彼女がパートナーだった今日の作業だが――
その彼女の働きによって、今日の作業はこれまでで一番工程が進んだのだということをここに記しておく。
ネタだけは用意して書けないという悔しさよ。
それもこれも菊月が可愛いからだね。仕方ないね。