私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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菊月可愛い。(原点)


流されてミッド・ウェイ、その八

濃い灰色の雲の下、しとしとと降り始めた雨が島全体を濡らしている。

部屋着も出来上がって暫く経つ。暇潰しに島の海岸のあたりまで出向くことも考えてはいたが雨となると話は別で、結局俺は今日も布団に腰掛けつつ服の残りをちまちまと縫い続けている。今日の見張りは未だ来ていない。

 

「……ふむ。いい加減、覚悟を決めれば良いものを……」

 

――否、部屋に入って来れていないと言うべきだろう。廊下の床板が立てるぎしっという音がその人の来訪を告げるも、肝心のその人は部屋の前で立ち往生した挙句扉から少し離れてしまう。そんな事を繰り返して、早くも三十分が過ぎようとしているのだ。

 

ちくちく、ちくちく。一心不乱に針を進めようとするが、しーんと静まりかえった部屋の中に響く、雨風が壁を叩く音と廊下の床板が軋む音に邪魔をされる。雨音はともかく足音の方は如何ともし難い。

ぎしぎし、ぎしぎし。廊下を行ったり来たりするその音が、数え始めてから優に十を超えたあたりで――

 

「お、おっ、およっ?き、奇遇だね、菊月」

 

「……さっさと入れ……」

 

俺は我慢の限界を迎え、ドアを思い切り開きその前にいた彼女――『睦月』の腕を取り部屋に引っ張り込む。ドアが閉まる時に発する音を最後に、耳障りなぎしぎしという音は聞こえなくなった。

 

「……それで、どこで道草を食っていたんだ……?随分と、遅かったな……」

 

「え?、いやー、ちょっとね。ほら、その、一昨日文月ちゃんと――うぅ、言えるわけないよぉ!って、もしかして私閉じ込められた?ピンチ!?」

 

「……全く……」

 

目の前の彼女は、顔を真っ赤にしてあわあわと慌てている。本日の作業がどうと言う前に、まずはこの誤解を解かねば話になるまい。説明をする前に、話を聞かせる体勢にしなければならない。

口元に両手を当てて頰を染め、視線を彷徨わせている長女の頭へ、菊月()は布の束を丸めて作った棒を思い切り振り下ろした。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「――ごめんなさい」

 

「……構わぬ……」

 

説明を終え、改めて大きく組んだ腕を解く。眼下には膝を折り手をつき頭を床すれすれまで下げた、要するに土下座の体勢で此方へ相対する睦月が映っている。ちらりと見える頰は、先程とは違った理由で真っ赤である。

 

「……もう良い、睦月。私も少しやり過ぎた、済まないな……」

 

「うう、面目次第もございません。ごめんね、菊月ちゃん。私のせいでロスしちゃった時間分は頑張って仕事して、挽回するから!」

 

「ああ、頼む……。仕事が捗れば、もしかしたら今日中に完成するかも知れないのだ。上の服は熊野が作ってくれているパーツを組み合わせるだけで良いだろうし、今取り掛かっているスカートも完成間近だからな……」

 

「およ?なんか想像してた以上に進んでるんだね。結構びっくりしちゃった。うーん、お裁縫なら望月ちゃんが頑張ったのかな?昨日私の代わりに来た筈だし」

 

「……正解だ。良く分かったな……?」

 

「にひひ、そりゃみんなのお姉ちゃんだからね。姉妹の誰が、どんなことが得意かなんてのは全部把握してるのにゃ!ちなみに、今ここにいる艦娘だけでいいなら熊野さんと祥鳳さんの得意なことも知ってるよ」

 

睦月の意外な言葉に驚いてしまう。態度や立ち振る舞い、菊月()と文月について勘違いしていたことから無意識に軽んじていたのかも知れないと気を引き締める。尚更凄い、と俺が返せば睦月は恥ずかしそうに頰を掻く。

 

「でもまあ、私にできるのはそれだけなのね。ミッドウェーに来てから活躍してるのは皐月ちゃんだし、皐月ちゃんとか弥生ちゃんなんかの方がお姉ちゃんに向いてるんじゃ、なんて思っちゃったり。二人とも、人を引っ張っていくのが上手いから」

 

「……そうなのか?私は、睦月も姉らしいと思うのだが……」

 

「ふふん、もっと褒めるがよい。――けど、やっぱり私は無力なんじゃないかーって思うんだ。特に今、こんな所じゃ。そうだ、菊月。他の姉妹には言えないし、ちょっと愚痴、いや弱音を聞いてくれないかな?」

 

「……まあ、長女なら疲労も溜まるだろう。他の姉妹には内緒にしておく……」

 

「ありがと、菊月。そだね、言っちゃえば『お姉ちゃんなのに、みんなを守れてない』って感じちゃうんだ、ミッドウェーに来てから。砲雷撃戦はそりゃ出来るけど、直接相手を攻撃する武器を使うのが苦手なんだ、私」

 

「……それは、当たり前だろう。もともと、艦娘とは砲で戦うものだ。武器を振るえるほうがおかしいのだろう……」

 

「でも、ここじゃそんなこと言ってられない。なのに、戦って生き延びなきゃいけないのに、少しも役に立ててないの。皐月ちゃんとか弥生ちゃんに任せっきりで、私はみんなが傷つくのを怖がってるだけ。せっかくミッドウェーまで逃げてきたのに、このままじゃみんな沈んじゃうなんて考えてる。ダメだよね、こんなお姉ちゃん」

 

いつの間にか、睦月の針を動かす手が止まっている。愚痴、と呼ぶには少々込み入ったものだ、今話してくれて良かったと思う。姉妹の一人とはいえ外から来て、なおかつ菊月()は強さも示した。気兼ね無く吐き出せるのは此処しか無かったのだろう。

 

「……そうか」

 

「うん、そうなのです」

 

「……私は今の話を聞いて、やはり我々の長女は睦月しか居ないなと思ったのだがな……」

 

「――へっ?」

 

菊月()の発する言葉に、間の抜けた声で返す睦月。しかし、この言葉は菊月(俺達)の、『俺』と『菊月』両方の意見だ。皐月や、鎮守府にいるだろう俺達の纏め役だった如月よりも、睦月こそが相応しいだろう。

 

「……私も、他の姉妹も、誰かが怪我をしたらその怪我を心配するだろう。傷つくのを怖がるのではなく、傷ついたことを怖がっているのだ。……睦月は、違うだろう。戦場に出る前から、自分の身よりも姉妹の身を案じている。……それだけ優しい、長女の睦月以外には出来ないことだ……」

 

真横の睦月から、ぽかんとした雰囲気が伝わってくる。

 

「……まあ、その。一番優しくて、それだから睦月は頼れるし、頼りたいんだ……。ここに長居してもいずれ沈むというのにも同意できる。私が睦月の分まで戦ってやる、だから……さっさと全員引き摺って帰ろう」

 

口を閉じた途端、言いようのない羞恥に襲われる。優しくて頼りたいなんて、言うもんじゃなかったと『菊月』が悶える。最後はぶっきらぼうに締めてしまうほどに、顔が熱くなっている。

 

「――そっか。ごめんね、ありがとう菊月ちゃん。代わりを頼むのは、ホントは嫌だけど、みんなを頼みます。菊月ちゃんが戦えるように、早く服を完成させなきゃだね」

 

お互いに顔を見合わせて、くすりと笑う。相変わらず雨は薄い壁を叩き続けていたが、もうそんなものは気にならない。しーんとした部屋で二人黙々と手を動かし続け、日は動き、沈み、月も天を行く。熊野も途中から、仕上げに参上した。

 

そうして夜が更けたころ。質素な、しかし輝かんばかりのセーラー服が完成した。




キャラの根幹を掴むために、いろんなものを参考にしてます。睦月はどちらかというとアニメより原作寄りに書いた気が。みんなの役に立ちたがってる健気可愛い子、みたいな。

菊月は普通に可愛い。一挙手一投足がそれぞれ可愛い。声も態度も表情も可愛い。

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