私が菊月(偽)だ。   作:ディム

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祥鳳さんと任務。


流されてミッド・ウェイ、その九

何日か前から降り続いている雨は止むことなく、ミッドウェー島を濡らし続ける。吹き付ける風に海は荒れ始めており、黒雲は変わらず天を覆っている。

 

その中で、俺は一人海岸に立っていた。

 

身に纏うのは、みんなの協力を得て完成した新たな制服。皐月以下の睦月型が着る慣れ親しんだデザインのものを踏襲しながらも、細かい意匠は睦月のものや弥生のものを取り入れ華やかになっている。使った布の都合上、色は白と黒が入り混じっているがそれがむしろいいアクセントになっている。

 

「……久方振りだ、身体を慣らしておかねばな……」

 

首を慣らしながらぽつりと呟く。左腰にずっしりとした重さで主張する『護月』を佩き、右腰には夕立から借りた砲を括り付ける。ウェストポーチはしっかりと締めて固定し、最後に額に鉢金を巻く。鉢金以外は、新調した制服を着て皐月に掛け合い渋々返してもらったものだ。

 

「……遅かったな、祥鳳」

 

「ごめんね、おまたせ菊月。エントランスとか、屋根のあるところで待っててくれて良かったのに。寒かったでしょう?」

 

「構わぬ……。深海棲艦が、増えているのだろう?警戒をしておかねばならぬからな……」

 

「それを、菊月だけにやらせては駄目です。ですが、今までとは違うペースで増えているのも確かですから。少し、心配です」

 

本日、共に任務へ向かうのは祥鳳。この所の深海棲艦との遭遇率が上がっていることを鑑みて、病み上がりである菊月()の護衛についてくれるそうだ。有難いことは確かだが、俺としては『深海棲艦との遭遇率が上がっている』ということに少し危機感を覚えている。

 

「……私は、元々のこの海がどんなものだか知らぬからな。良ければ、元はどれぐらい深海棲艦とかち合っていたのか教えてくれないか……?」

 

「そうですね、任務に出る前に軽く言っておきましょう。初めて此処へ来て、三週間で遭遇した深海棲艦が二隻程度。しかも、初めの一週間は全く遭遇しませんでした。そこからずっと、平均して二週間に一体程度しか現れていません。――この、一週間と少し前までは。私達もそう長く此処にいる訳ではありませんが、増え方が明らかに異常なのです」

 

「成る程……。確かに、それと比較してみれば一日最低一匹と遭遇するという今は何かおかしいのだろうな……」

 

俺の言葉に、祥鳳はこくんと首肯する。

 

「……だが、だからと言って目撃してもいない未知の恐怖に怖気づいている訳にもいくまい」

 

「ええ、その通りですね。我々がその未知を見極め、判断を下さねばなりません。――頼りにしていますよ、菊月」

 

「……ふ、私もだ。行くぞ……!」

 

助走をつけて海へ跳躍すれば、ばしゃんという懐かしい音を立てて菊月()の身体は波の逆巻く海面へと着地(・・)する。勘を取り戻すように滑れば、祥鳳も後ろから追随してくる。単縦陣を組みながら、俺達は暗い海へと出撃した。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「……敵が多い、のではなかったのか?」

 

「おかしいですね、敵影が一つもありません。いえ、これが普通なんですけれど――何か、不気味ですね。嵐の前の、もとい嵐の中の静けさでなければ良いのですが」

 

島の周囲をぐるりと一周するが、覚悟していた割に現れる深海棲艦はゼロ。拍子抜けしないでも無いが、俺達は孤島に遭難同然に棲みついているのだということを考えれば戦闘など避けたほうが良いに決まっている。

 

「いやにあっさりしていますね。こんな事は影響しないと分かっているのですが、黒雲も蒸し暑い風も不気味です」

 

後ろから掛けられる祥鳳の声に返事を返しつつ、周囲を隈なく見回す。背後を確認し、左右、全方位。度々上空も確認しつつ、対空に備える。そして俺の視線がミッドウェー島の沖、丁度遥か先に本土が有るであろう方向を向いた瞬間――ぞくり、と背中に悪寒が走った。

 

「……祥鳳」

 

「分かっています、菊月」

 

風で沸き立つ白い波の合間に、忽然と現れた一つの深海棲艦。遥か遠くからでも分かるその殺意は徐々に此方に接近しつつある。目を凝らせば見える、全身から吹き出す雷光のように眩く輝く黄金の気焔。それと同じ色を宿した目は、冷たい意思を乗せて此方を射抜いてくる。白浪と見紛う程の、ある種の美しささえ感じさせる純白の悪魔――『戦艦タ級・旗艦(flagship)』が、ゆっくりと俺達の前に姿を現した。

 

「っ!散開だ、祥鳳……!」

 

「分かっていますっ!!」

 

二手に分かれた一瞬後、今まで居た場所へ大きな砲弾が撃ち込まれ水柱を噴き上げる。流石のフラグシップだ、当たれば怪我では済まないだろう。

 

「……せえぇぇぇえいっ!!」

 

次々に放たれる砲弾を回避し、斬り払う。剣捌きも身体も鈍っていない、菊月(俺達)の思う通りに身体は動く。駆逐艦特有の足の速さで肉薄し、渾身の力を込めて『護月』を一閃。

そこまでの動きは悪くなかったが、勘だけは少し鈍っていたようだ。

 

「……くうっ!」

 

がきぃん、と鈍い音を立てて、振るった『護月』が防がれる。奴は左腕を振り被り、腕に装備した艤装で菊月()の攻撃を防いだのだ。突きを繰り出していれば、と内心で歯噛みする。

 

「援護します、菊月っ!」

 

背後から聞こえた祥鳳の声に身を躱し射線を開ければ、放たれた幾つもの矢が戦艦タ級へ降り注ぐ。流石は旗艦(flagship)と言うべきか致命傷は一つも与えられていない。

 

「グゥァアァアッ!」

 

俺達二人へ向けて、タ級から砲弾が放たれる。菊月()へ来るものは回避し、祥鳳へと向かうものは斬り落とすことで祥鳳を射撃に専念させる。

 

「第二射、放ちますっ!」

 

先のような無数の矢ではなく、限界まで引き絞った弓から力強い矢を放つ祥鳳。威力も速度も段違いのそれは、容易くタ級の胴体へ突き刺さる。

 

「グゥァア、ゥゥウ……!」

 

単艦(ひとり)で出てきたのが、運の尽きだ……!」

 

大きく怯んだタ級の首へ、今度は間違えずに鋭い突きを放つ。確かな手応えを感じると共に刀を抉り斬り下ろすと、眼前の大きな身体は痙攣し、そして力無く崩れ落ちる。それが二度と動かなくなったことを確認してから、菊月()は刀を引き抜いた。

 

「やりましたね、菊月。もう万全、ですか?」

 

「……うむ、勘だけは鈍っていたな。コイツの艤装や、資材も回収したいところだが……」

 

そこまで言って、二人して沖を見る。感じるのは嫌な予感、此方には気づいておらず、此方に向かってもいないようだがそこそこの数の深海棲艦が確認できる。

 

「……見つかると、面倒だろうな……」

 

「あんな沢山、一体何があったと言うの?――いえ、今は撤退しないといけないわね」

 

沈んでゆくタ級の身体を一瞥し、軽く頭を下げてから踵を返す。戦艦を沈めたというのに、その先を想像すれば気が滅入ってくる。あの数が全てではあるまい、何かしらの対応を考えねばいけないだろう。

 

まるで今の空のように、俺達の心には暗雲が立ち込めていた。

 




祥鳳さんとは良い仕事仲間な関係。
多分、ミッドウェーから帰った後に深い親交を結べるタイプの人だと思います。

追記。
タイトルを間違えていたのを訂正しました。

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